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気まぐれ小説:「6年後」

バイトを早く上がらせてもらい、僕は急いで新幹線に乗り込んだ。今日はどうしても実家に帰らなければならなかった。
駅につき、バスに乗り換え小一時間ほどで実家についた。実家に帰ると父と母が出迎えてくれた。遅くまでご苦労様、と僕を労い作っていた夕食の用意を始めた。今日は3月10日。明日は日本で忘れてはいけない"あの日"である。
皮肉な事に明後日は僕が20歳の誕生日を迎える。明日は僕の人生を変えた日、"彼女"が消えた日でもある。

僕と彼女が出会ったのは中学2年の時だった。
同じクラスで席も近い事から彼女とよく話すようになった。彼女は学年でも人気があり他のクラスメイトの男子からも人気を集めていた。
それにも関わらず、彼女は僕によく僕に話しかけてくれた。僕はどうしてそんなに話しかけて来るのだろうと分からなかった。

ある時、僕は偶然にも彼女の告白現場見てしまった。いや正確には見つけてしまったのが正しい表現だろう。たまたま窓の外から彼女の姿を見てしまったのだ。校舎裏の人影がない場所で、彼女と、他のクラスの男子生徒の
2人の姿があった。告白にはうってつけの場所だった。相手はサッカー部のエースだった。彼も学校一で人気がある存在だった。僕はその場から直ぐに離れようと思ったけど妙に気になったので、こっそりと見た。すると、彼女は「ごめんなさい」と頭を下げ彼の告白を断ってしまった。彼はひどく驚いていた様子だったが、しばらくしてその場から立ち去ってしまった。取り残された彼女は俯いていた。気まずい状況を見てしまったなと僕は教室に戻ろうとした。


しかし、不意にも窓の外の彼女と目があってしまった。彼女は僕を見て少し驚いたが直ぐに去ってしまった。僕は気まずくて急いで教室に戻った。帰り支度をしたが遅かった、彼女が教室に戻って来た。彼女は僕の顔を見た瞬間静かな声で「見てたの?」と問い詰めた。僕は言い逃れは出来ないなと思って頷いた。
彼女はフッと息をつき、近くの席に腰を下ろした。暫くして笑いながら僕に話しかけた。
「いやー、なんか恥ずかしい所を見られちゃったな君に」
「どうして?」
「だってあんな現場見ていて気まずくない?まぁ君は好奇心が勝って見てしまったけどね」
「いや、別に…なんかゴメン」
「謝らないでよ。告白してくれた相手は真剣に想いを伝えに来たんだからね。君がここで謝っても何の得にもならない」
 僕は何も言えなかった。別に人の告白を冷やかす資格なんて滅法無い。
「まぁいいさ!ちゃんと丁重にお断りしたから。向こうも分かってくれたし。あ、この事は内緒にしといて。他の女の子の知れ渡るとめんどくさいからさ」彼女は笑って席を立って帰り支度を始めた。
「ねぇ、今日は君部活あるの?」
 突拍子も無く彼女が聞いてきた。
「いや、今日は休みだけど」
「じゃあさ、今から私とデートしない?」
 そう言って彼女は僕の手を引いて教室を飛び出した。

そんな事がきっかけで、僕と彼女はより多く関わる事になった。当然、他の男子からも顰蹙を買ったがあまり気にならなかった。僕は彼女に対して始め好意を抱いていなかったが、次第に好意を抱くようになった。
3学期が終わる直前の日。彼女が僕に尋ねてきた。
「ねぇ、君の誕生日っていつ?」
「3月12日」
「えっ、明後日じゃん!」彼女は焦った様子だった。
「何、祝ってくれるの?」僕はいたずらっぽく彼女に聞いてみた。
「いやー。別にそんなじゃ無いけど…、今度土曜日時間あったらなと思って…」
祝う魂胆がバレバレだ。でも僕は彼女が誤魔化そうとする仕草が愛おしかった。
「いいよ。予定空けとく。その代わり明日の卓球の試合だろ。明日に集中しなさい」
「あー私が強いって知ってるくせに。大丈夫だよ、ちゃんと勝つから。勝ったらなんか奢ってね!」
僕を祝うじゃないのかよ、と突っ込みたくなったが彼女は笑顔で部活に行ってしまった。


これが最後の会話となるとも知らずに。

"あの日"、僕は部活を終えて帰るところだった。するとこれまでに経験したことの無い揺れが襲って来た。暫くして揺れは収まったが、揺れが未だ続いている感覚が残っていた。
すると警報がなり、避難発令が街中に響き渡った。学校では先生が慌てて僕らに避難指示を出し校庭へ避難した。何が起こったか全く分からなかった。携帯電話はパンク状態で家族との連絡も取れない、先生達はあたふためいている。
部活の友達も混乱していた。ワンセグを開くと見た事もない映像、この世とは思えない景色が僕目に流れ込んで来た。海が地元の街を飲み込んでいる。車も家も全てを飲み込み街を壊している、言葉が出なかった。これが今起こっている事なのだろうか。
ふと、彼女の事を思い出した。彼女は今日は試合で出掛けている。僕は彼女に電話を掛けた。
早く繋がってくれ、と思っても呼び出し音がつづくばかり、何度も何度も電話を掛けた。
気づいたら充電が無くなっていた。
結局彼女とは、繋がる事が出来なかった。
夜、家族と合流し学校で一夜を明かした。

3月12日。ようやく全貌が明らかになった。
街は水で溢れかえり、変わり果てた姿になっていた。僕は喪失感に襲われた。そして、彼女の安否。彼女はバスの帰り途中、海に攫われてしまった。それはテレビで知った。
最悪の誕生日だ。今日だけは与えられる存在であるのに全部奪われた。自然の猛威に怒りをぶつけたかった。僕は大勢の人がいるのにも関わらず、その場で泣き叫んだ。壊れてしまった。

あれから6年が過ぎた。
彼女の行方も分からないまま、僕は明後日20歳を迎える。僕は"あの日"になると必ず彼女の家に足を運んでいる。彼女がもしかして帰ってきてるという願望を抱きながら。
彼女の家に着き、彼女の母親が僕を快く迎えてくれた。僕は彼女の仏壇へ手を合わせた。
何度通っても、虚しさばかりが残っていた。
線香を済ませ、彼女の母親が僕を呼び止めた。
どうやらつい最近、彼女の私物が見つかったという。彼女の母親はそれを見せてくれた。
一見、箱のようだがそれは日記だった。
鍵付きの日記で、日記本体を箱に入れとく近年では流行っている日記だった。状態が良く、持ち主が誰であるかそんなに時間がかからなかった。6年振りに彼女の家に帰って来たのだ。
「当時、箱型の日記なんて馬鹿らしかったけど今となっては良かったかもしれないわ」
彼女の母親はそう言って僕に手渡した。
「最後のページに手紙が挟んでいるの、多分あなた宛の手紙だわ」
僕は日記を開いた。すると最後のページに手紙が挟んでいた。宛名は僕の名前が書いてある。
「読んでもいいですか」僕は聞いた。彼女は母親はこくりと頷いた。
おそるおそる手紙を開いて読み始めた。6年振りに見る彼女の字が久しぶりに感じた。

"春人くんへ

初めて手紙を書きます。これが人生初のラブレターかもしれません。ありがたく受け取るように(笑)
実はもう気づいていると思うけど、私は春人くんの事が好きです。それは2年生になって、同じクラスになったからではなくてずっと前から好きだったの。

あれは私が小学校6年生の時かな
小学校最後の卓球の試合で、ラケットが壊れちゃった時に君が私を助けてくれたの。
全然覚えてないと思うよね笑 私泣いてたから。
ぐしゃぐしゃの顔だったと思う。あの時は、ラケットの替えも忘れちゃっててどうしようもなかったの。
次は準決勝でどうしても勝ちたかった。絶望的な状態であなたが声を掛けてくれたの。
訳を話すと、君は何も言わずラケットを差し出してくれた。私はいいの?と言ったけど、
「僕は今日卓球を辞めるから、君にあげる。君強いし、僕の分まで頑張ってよ」と言ってくれたの。そのまま君は立ち去って言ったけど、
私はその瞬間、好きになった。ちゃんと君のゼッケンに書いてあった名前を覚えていた。
そしてその日試合は優勝したの。全部君のおかげ。だから君に出会って本当に良かったなと思う。優しい君がすき。
これで君が私を好きか嫌いかは君次第だけど、これからも私と仲良くしてほしい。君には感謝しきれない恩があるからね。そうじゃないと私怒るよ(笑)という事でこれからもよろしくお願いします。あ、これだけは最後に言わせて
「誕生日おめでとう!」
亜季奈"

6年前に戻った気がした。そして6年越しにこの言葉を貰った。僕は涙で溢れていた。
想いは届いた。6年の時を越えて。僕は彼女に感謝しかなかった。
彼女以外でも未だ行方が分からない人、帰ってこれないのが現状だ。街も戻りつつあるが、未だに足踏みが続いている。それでも僕らは前に進む。僕らは生かされているのだと。
"あの日"は決して忘れてはいけない、それは何年経とうが、この時に起こった瞬間を伝えなければならない。それは時を越えて必ず届く。
彼女の日記と同じように。

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