自殺未遂したことについて

年明けました。久しぶりに書こうと思います。
実は私、昨年の11/7に自殺未遂してました。

まず行為に至るまでの経緯を話そうと思います。


前置きとして私は彼氏が出来てから死にたいとは思っていません。


辛くなった時自傷行為をすることが多かった私ですが、(読書する、音楽を聴く等の方法では発散できない)した後は彼氏に報告するようにしてました。彼氏はいつも何もできなかったと悲しそうにしていました。

ある日、電話で「もう切らないでほしい」と言われました。どうしてその話になったか忘れてしまいましたが、私は「もう切らない」と泣きそうな声で言ったのを覚えています。(やめられる気がしなかったですが、私が自傷行為をすることで悲しむ彼氏を見たくなかったと言う気持ちが大きく、頑張って我慢しようと思ってしまいました。)

今思うとこれは良くない選択だったと思います。

約束してから切ることはしませんでした。ストレスになる何かがあっても切ることができない、そのため腕を引っ掻いてみたりしましたがいまいち発散しきれていませんでした。何日かして突然飛び降りたい衝動が出ます。
この衝動が出てから頭で橋や家の2階の自室から飛び降りる想像をよくしていました。

そして11/5くらいの夜中、自室の窓に座って足を外に出してプラプラさせてみました。手を離したり重心を傾けたら落ちる、そう思うとやっぱり怖いものでガクガクしながらでしたが少しの間夜風に当たってその恐怖で落ち着かせて(?)眠りにつきました。

11/6の夜中も同じことをしました。この時“明日ここから飛び降りよう”と決心します。

11/7は学校でしたが終わってすぐ帰宅し、家に誰もいないうちにやろうと計画していました。前置きの通り死にたいわけではなく、ただ飛び降りたいだけだったので裸足で飛び降りれば足が痛いと思い靴を用意して窓に腰掛けます。しかし怖くなって中々出来ない。下校途中の小学生も度々遠くに見える、車も通る。そういった人の目もあり自室からは断念しました。

私の家は2階が吹き抜けになっていて2階からリビングへ飛び降りれる場所があるのでそこからにしようと思いました。

着地場所はそのままだと怪我すると思い大きなクッションがあったのでそれを敷きました。そして改めて腰掛けていつでも飛び降りれるようにしましたがやっぱり怖い。2、30分格闘していたと思います。日が暮れてきて段々暗くなってくる、親も帰ってくるかもしれない。何もわからなくなっていき、ついに‘今だ’と思い手を離し、壁を蹴って飛びました。

ある本には落下している最中の表現でフワッとなんて言葉がありましたが(飛び降りた高さにもよると思いますが)私は落下している間は確かな重力を感じ、一瞬のうちにクッションに体が叩きつけられました。

はじめは全身に痛みを感じた気もしますが、すぐに左足に激痛が走りました。痛くて叫んでいました。

飛び降りた後何をしたかと言うと、まず証拠を消さなければと思いクッションを元の位置に戻します。
そしてこの痛みはやばいと思い親に連絡を取ろうと思いました。しかしスマホを自室に置いてきてしまっていたので取りに行こうと這いつくばりながら移動し始めました。階段を登ろうとしましたが痛みで力を入れられませんでした。どうにか3段ほど上がった所で母が帰ってきました。
声をかけましたが死角になっていたり、この時間に私が帰ってきていると思わなかったらしい母は気づかないでリビングの方へ行ってしまったので(痛みもあり)泣いて存在を主張しました。
その声で気づいてもらえて足の痛みを訴えたら酷く腫れていたらしいです。階段にいたのもあり、階段から落ちたのかと聞かれたのでそういうことにしておきました。

そこから病院に行こうとなりましたが私が動けない+泣き叫んでいたため、救急車を呼び病院に行きました。
時間が遅かったため応急処置で固定されましたがこの時点で捻挫か骨折はしているだろうと言われました。

翌日改めてCTで見てもらい踵に3箇所(ヒビの入った)骨折と診断されました。手術する程ではなかったため、ギプスをして松葉杖の生活がスタートしました。

ここまで呼んでいただきありがとうございます。
長くなってしまったためこの後どう過ごしたかなどは次の記事を作っていこうと思います。是非最後まで読んで頂ければと思います。

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