いちばん信仰されている神様の名前

『しずかに』というマンガを描きました。このnoteはそのあとがき的なもの、『しずかに』を描く前後で考えていたことをまとめたものです。すごーく長文になってしまった!noteに文章を載せるのははじめてでどきどきしております…。おヒマなときにお読みください。

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『しずかに』はコミチさんで「#わたしの居場所」というお題で描いたマンガです。居場所、というのはきっと、自分が自分らしくいられる場所のことでしょう。だからこうこうこういうプロセスを経て、わたしは自分の居場所を手に入れました、という流れの物語が王道なのだろうけど、ちょっとそういうものは描けなかった。居場所…なかなかないので。

場所にはその場所その場所の不文律として「いていい資格」のようなものがある気がする。その場所にいるためには、まずふさわしい肩書きがいる。学校にいるためには学生。会社にいるためには会社員。それプラス資格として、「学生らしさ」「会社員らしさ」のようなものも要求される。もちろんたとえば不良グループにも「不良らしさ」が求められている。(ルールを守ることで保たれる集団より、ルールを破ることで保たれる集団のほうがルールの破り方のルールはきびしい。)

家庭、にいるにしても家族という肩書きはいるし我が家らしさを守る資格はいるし、ほんとうにただそのままでいていい居場所というものはないな…。会社より家庭の方が居心地はいいとかはあるにせよ。

そして資格がないことを責める言葉として、私にはとても気になるものがある。
「おまえは普通じゃない」という時の『普通』だ。

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以前、夫と話をしていた時に、「『普通』というのはまるで神様みたいだ」ということを言っていた。

『普通』というのはムラ(村)のしきたり、当たり前、みんなに信じられている何か。そして他人に強制する時の言葉としてもよく使われる。「そんなのは、『普通』じゃない」「『普通』はこうしない」。そこでは『普通』の中身は説明されない。みんな知っているはずで、知らないことの方がおかしいので。「みだりに神の名前を唱えてはいけない」と言われるほど神様の力は絶大だ。そして神のように信仰されている『普通』の力も絶大なので、みだりに唱えられている。

「『普通』とはなんだろう?」と考えるとき、『普通』の定義(中身)が問題なのでなく、『普通』を守らないとコミュニティに入れてもらえなかったり、逆に『普通』を守らないことによって排除されたりする「『普通』によって生じる関係性」が本質だとする方が、ころころ中身の変わる『普通』を捉えやすいと思う。(ex.婚前交渉はちょっと前まで普通ではなかったけどいまは割と普通など。数十年で『普通』の中身は変わってしまう。)

そして『普通(=ムラの神様)』を信じていない人は異端になる。いま『マイノリティ』と呼ばれている人がそれに当たると思う。だから、関係性が本質とするなら、だれにでもマイノリティ性はある。日本国籍を持つヘテロセクシュアルの定型発達者だって、社会に理解されない嗜癖を抱えていたらその関係性においてマイノリティだ。

きっと、みんなが目指す幸せな人生のレールはくずれてしまった。会社に入って頑張って意見を持たない機械になれるように人生をすり減らしても、誰もわかってくれない。『生き方』が多様化して抑圧はなくなるかと思いきや、全体主義は生き残り『普通』もそれだけ多様化した。女の子は意見を持って男の人に負けずにセクハラはうまく受け流してきれいで結婚もして子供も産んで働いて税金おさめて女性活躍してね!病気も生活保護も自己責任だからね。それが普通、みんなやってる。

でも、みんなやってるなんて嘘でしょう。

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今回、インタビューでwithnewsの野口さんとお話しさせていただいた。その時に「マンガの中の『あなたのような人はたくさんいますよ』という言葉と、『みんなそうなんだからお前もがんばれ』という言い方は似ているけど違う気がする、どこが違うんだろう?」という話題になった。

思うに、『あなたのような人はたくさんいますよ』は無いことにされている現実をあぶりだす言葉、『みんなそうなんだからお前もがんばれ』はその現実に蓋をして、もっと上のあるべき姿を目指すよう、今を犠牲にすることを求める言葉なんじゃないだろうか。だから前者はホッとして、後者は苦しくなる。

現実の苦しみ、地獄を、ぱかっと蓋を開けて描くことは私がフィクションでやっていきたいことのひとつだ。なぜなら地獄が地獄であるための条件は、住人がそこを地獄と気づかないようにされていることのようだから。

子供のとき、大人は何が正しいかを知っているんだと思っていた。でもいま社会が動いていて、何が一番良い方法かを、きっと誰も知らないのだ。だからできれば、『普通』という言葉を使ってあなたを否定する人の機嫌にあわせて、人生を組み立てて欲しくないと思う。
誰も生き方を知らないのだから。

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