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本当に恐れていたのは、自分にガッカリしてしまうことだった

やりたいことや取り組もうとしいることのヴィジョンが見えていて、やっていくことも分かってるのに、なんとなくそこへ向かわず、もう少し他に…もっと他に…と探してみてはヴィジョンの詳細をただ集め出す。

もう十分わかっているのに、取り組んでいくんだって感じているのに、スルリと気を逸らして逃げていく。そんな自分に気がついた。

そうする自分の隣に座りよくよく話しを聞いてみると、「もう、自分にガッカリしたくない。もう、自分にガッカリされたくない。」という、本音がポロポロと溢れ出す。

何度もトライしてみては、何度もうまくやれなかった過去がある。その度にわたしは私にガッカリされて、私はわたしにガッカリしてしまう。

期待をしては、裏切られて、そしてわたしは私に呆れられてしまう。そんなわたしを切り離し、さよなら、と深く深くに沈めてしまう。わたしはその時の私の顔が忘れられない。
そうだった。私は何度となくわたしを見捨てて置き去りにしたんだ。

信頼が育まれてきて、随分と私はわたしと仲良くなった。だけど、まだどこかで、またガッカリされて、見捨てられてしまうんじゃないかって不安が根強くあったんだなぁ。

期待することと、信じることは違う。もう、この期待は必要ないなと思う。

「もっと、ちゃんとやれたら社会に認められるかもしれない。」この、期待はもう必要ない。

私がわたしを認めているし、これからも、認めていく。…というか、そもそもはじめっから、いつでも認められていたんだ。もう大丈夫。今までごめんね。こうしてまた、私はわたしと歩んでいくんだ。




𝗂𝗋𝗈 𝖺𝗇𝖽 ∞ #紡ぐ日々

/ 𝟤𝟢𝟤𝟤𝟢𝟫𝟤𝟫


ことごと紡ぐ、






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