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ショートショート102 「都会の花子さん」

 ----正直、自分がこんな騒がしい場所を訪れる日が来るなんて夢にも思わなかった。

 宙空に漂い都会を俯瞰しながら、花子さんはひとり心の中で呟く。

 目線を動かせば、見渡す限りの細長い建物……建物。そのどれもが天に届かんばかりの勢いで地面から生えている。自分が慣れ親しんだ校舎の平べったく横長い印象とは正反対。

 狭い土地を奪い合い、広さで競えないから高さで相手に勝ろうとしている壮大な比べっこが展開されているような印象がある。

 その隙間を人が埋め尽くし、歩行に合わせてうごうごと数々の頭が揺れているのが見て取れる。自分が幽霊になりたての頃は、空から見下ろす人の頭はどれも黒々としていて大差がなかったけど、今見ている人の頭は大半が黒いものの、時折油揚げみたいな色が混ざっていたり、紅色のものがあったり、針金のように縮れた髪もあったりと、なんだか忙しい。

 目が回る感覚がする……ただ、同時に飛び込んでくる色々な情報に心が躍っているのも確かなのだ。

 ----棲みついていたトイレのある旧校舎の取り壊しが始まったのは、先月のことだった。

 取り壊しの計画自体は何年も前から進んでいたのだろうけれど、それを棲みついているお化けにまで、いちいち周知をしてくれるほどその存在は市民権を得ていない。

 学校のお化け側からしてみれば、唐突な取り壊しにあたふたするしかない。抗議しようにも取り壊しはお化けたちが出没できない日中に行われ、夜になると作業員たちは帰ってしまうので、完全なすれ違いである。

 夜の校庭で人体模型が虚しくショベルカーをバシバシ叩く光景が展開されているのを人間たちは知る由もない。

 しかし抗ったところで事態はどうしようもない。いよいよ隣に建てられている新校舎に移住する時がきたのだ。

 実は今から15年ほど前、旧校舎の廃止が決まり、新校舎が建設された際、お化けたちも移住をするべきではないか、と言う議論がなされたのだが

「正直、人間脅かさなくても暮らしていけるんだし、いいんじゃない?」

 と消極的なエネルギーが寄り集まって、彼らはそのまま旧校舎に棲み続けていた。故に、新校舎に移ったとしていきなり人間に接触するにはブランクが大きすぎるのだ。

 変化を拒んだ結果、外圧によって強制的により大きな変化を迫られている今の状況は、身から出た錆だった。

 ---まぁ、せっかくだしこの機会に見聞を広げてみようじゃないかと。戸惑うお化けたちの中にあって比較的、前向きでマイペースな花子さんは、こうして、ひとりで都会にやってきたと言うわけなのである。

 都会だろうと田舎だろうと彼女の主戦場はトイレである。トイレのある場所に目星をつけようとするものの、建物の様子が違うので一体どこにそれがあるのやら見当もつかない。

 そんな中で、縦に長いばかりの建物の中で比較的、横に長い学校に近いフォルムをした建物が目に入った。

「●●デパート」と呼ばれるその建物に入ると、花子さんは面食らった。柱に張り付いた大きな女性の顔。これほどまでに大きく現れるとは、なんと言う怨念の大きさだろうか。にも関わらず口元は笑みを称えている。

「あ……あの、私、都会のことを勉強したくて地方からやってきました。花子と申します。あの、トイレはどちらでしょうか?」

 挨拶をするも、返事はない。都会は認められない限りは口も聞いてもらえない場所だと聞いたことがある。

 実力で認められるしかないのだ。

 ペコリと一礼し、自力でトイレを探す……が、広すぎて見つからない。仕方がないので、モジモジしている人間を探して後をついていくことにした。

 作戦が奏功し、ようやく花子さんはトイレにたどり着く。

 このトイレにも、都会の幽霊がいるのだろうか。

 ならば、脅かし方の見取り稽古をさせてもらいたい。

 トイレに入った人間の後にそのまま続く。

 すると見慣れない形をしているが、この白さはきっと便器なのだろう椅子のような姿の都会のそれが鎮座する個室へとたどり着く。

 ……花子さんは、仰天した。

 蓋がひとりでに開いたのだ。

 なんと言う呪力だろう。花子さんにできることと言えば、ノックされて「ハーイ」と答える程度。

 物理的に干渉できるとは恐れ入った。さらに驚いたのは、人間が少しも驚いていないことだ。

 共生している、と言うことだろうか?

 現代お化けの生き残り策として、これは理にかなっているのかも知れない。よく考えたら無理に驚かす必要はないのだ。

 人間が出ていった後に、勝手に流れていく水を見て、花子さんの予測は確信へと変わった。

 ……ここで、共生の極意を学ばせてもらおう。

「あの……私、私を弟子にしてください!!」

 ……返事はない。

 (大丈夫、焦らなくていい。少しずつ、少しずつ認められるんだ)


 それからしばらくして、某デパートの二階トイレには

「花子です、師匠おはようございます!」

 と威勢のいい声で挨拶する幽霊が出ると言う噂が立つようになった。


-了-

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