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【短編】タチ呑み屋さんとわたし-2
「らっしゃい!」
小さなL字型のカウンターが伸びる店内。カウンターの向こう側から和食コートを着た店主らしき人が愛想よく声をかけてくれる。
あれ? 立ち飲み屋さんのはずなのに椅子がある。これいわゆる座れる立ち飲み屋さんってやつ?
わたしの他にお客は一組だけ。若い男女のカップルだ。彼女の方が彼氏にしなだれかかって、猫が甘えるみたいな声を出してる。
カップルで来る感じのお店には見えなかったけどな。まぁ、わたしも女おひとり様で来てるわけだけど。
カップルとは一番離れたカウンターの端席に座り、頭の少し上の高さにかかった木札に目をやる。
「枝豆」「エイヒレ」「ポテトフライ」……
うーん、どうしてもカップルが視界に入る。彼氏の方は彼女の背中から腕を回して抱き寄せ、頭の横を撫でている。
他のお客がいたら離れそうなものだけど、そこはもう二人の世界なわけね。
それにしても、彼女の方はどちらかというとキリッとしてそうな印象の顔立ちで、彼氏の方は言っちゃなんだけど幼い顔立ちをしている。
見た目で言うなら役割が逆の方がしっくり来るんだけど、まぁかっこいい女性として生きるのも色々とストレスが溜まるのかな。こういう二人だけの世界で息抜きが必要なのだろうか。
(お邪魔してすみませんね)
と、ぼんやり思考を巡らせていると、店主がおしぼりとメニューを持ってきてくれた。
「お決まりのものはあります?」
調理の熱気によって汗と脂でコーティングされた店主の顔は、テカテカと蛍光灯を反射している。
「あ、すこしメニューを見てもいいですか?」
「もちろんです」
そう答えると店主は洗い物をしにカウンターの奥へと戻っていた。張り付いたような笑みを口元に湛えている。
わたしは目線を手元のメニューに落とし品書きを目でなぞっていった。
飲み物は、ビール。ハイボール。焼酎……んん? 性質(タチ)?
一般的な居酒屋ドリンクメニューに続いて、見慣れないカテゴリーがドンと出てくる。
強気……頑固、内気……惚れっぽい、自信家。
何これ、オリジナルカクテルか、何か?
まぁ、今日は炭酸でグッといきたい気分だから、ビールかハイボールの二択。
……いや、ここはビール一択。普段? そんなに飲まないってば。今日はいつもとちょっと違うことをして、ほんの少しでも違う自分になりたいのだ。
それが昼間何も言い返せなかったことへの静かな反省とリベンジ。小さな平和なわたしの革命なのだ。
「あ、すいません」
「はい!」
テカテカの笑顔を貼り付けて店主が注文を取りに来てくれる。
「生一つ……それから、ナスの浅漬け」
あ〜……いいや。
「あ、やっぱりヤメで、ポテトフライと唐揚げください」
「はいよ!」
せめてもの健康への気遣いに、野菜やローカロリーそうなものを選ぼうかと思ったけど、いつも通りの自分じゃダメダメだ。
ひそやかでもこれはわたし革命なのだから。今晩は気にしないでガツンと来るものを食べることにした。
小鉢に入った枝豆と一緒に運ばれてきたビールをクッと流し込む。喉奥が炭酸に弾かれてすこしむせた。涙目になりながら反省する。……らしくないことをするときは決断は大胆に、実行は慎重に。何かのドラマで見たセリフ。確かにその通りだ。
もそもそとポテトフライを食べながら、熱くなりすぎる前に口内をビールで冷やす。
あれ……なんか、あのカップル。様子が違う?
彼女の方は、見た目通りキリッとした感じに見え、
「ちょっと、恥ずかしいからやめて」
そう言いながら、彼氏の腕を払い退ける。
言われた彼氏は「あ、ゴメン」とさっきとは打って変わって眉をハの字にして縮こまっている。
一体どうしたんだろう? さっきとは別人みたい。いや、二人の見た目からすると今の方がしっくり来ているのだけれども。
「ほら、もう行くよ」
「あ、うん。お勘定お願いします」
そうして二人は会計を済ませて出て行った。去り際に
「あー、もうわたしどうしちゃったんだろ」
と彼女の方は頭を掻いていた。
ポカーンと二人が出て行った方を見ていると。
「お姉さんも試してみますか?」
と店主が声をかけてきた。
「え? 何を……です?」
「タチ呑み」
「立ち飲み?」
意味を汲めないわたしに店主はメニューを開きながら
「ほら、ここ」
と、先ほどのオリジナルカクテル? のページを開く。
「強気なタチとか、タチが悪いとか、そういう時に使うタチあるでしょ?」
「え、ええ?」
「酔ってる間は、その性質(タチ)になれるうち特製の酒です」
「だからタチ呑み?」
「そゆこと」
そんなバカな。……せいぜいそんな気分をイメージして作ったカクテルみたいな感じを大袈裟に言ってるんだと思った。
けど、今日はわたし革命に来たのだ。そういう”気分”になった気分、になれるんだったらそれも悪くない。
わたしは「主張が強い」というお酒を頼んだ。意志が強ければ、何かもっと強く言い返せてたかもしれないのだ。そんなちょっとした後悔を振り切るおまじないとして。
店主が、木の桝のなかに入った小さなグラスに瓶からお酒を注いでいく。見た目や匂いはさながら日本酒だ。
グラスの中の透明なお酒をちょっと飲んでみる。
あれ? なんだか、すごく嫌な気持ちになった。
酔いすぎた、とか、そう言う感覚じゃなくて。
昼間のことが、さっきまでの100倍は嫌なこととして思い出される。
……悔しい。あれ? 確かに嫌だなとは思っていたけど、こんなに悔しくて悔しくて仕方がない、なんてことは今までなかった。
なんか、なんだろう? 相手に腹が立っているのか、こんな状態になっている自分に腹が立っているのか。分からなくなってくる。
猛烈な違和感。わたしがこうなっているのはおかしい! っていう自分自身への主張。
それを、いつものわたしが頭の片隅で見つめてる。え……と、なんか酔った時に似てるのかも。
しばらくそうしていると、次第に心の中に渦巻いていた感情がさざなみのように穏やかに引いてきた。
自分の中に存在していなかった感情。これがタチを呑むってこと?
「どーでした?」
店主が笑顔を絶やさず問いかけてくる。
わたしは、ふぅ……と息を吐くと、顔を上げた。
「あの……これ、持ち帰りできますか?」
<続>
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