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3人の顔も知らない男と僕と高専の話 2

2人目の男

2人目は、僕の母校のひとつ上の代の先輩である。商船学科に在籍していたらしい。僕が高専に入学する直前にクラス内でのいじめが原因で命を絶ったらしい。

僕が高専に入ってからは、地元のメディアはその話で盛り上がっていた。しょうもない記事が上がり、しょうもない報道がされ、しょうもない噂が校内を周っていて、僕にとってはその全てが本当にくだらなかった。

僕は直接何も知らないので、この件については具体的には触れない。あくまで僕の学生生活ではその件がどのように体験されたか、という点を書いておく。

誤解の無いように書いておくと、母校の商船学科はとても良い学科だと思う。あの代は本当に手のつけようが無かった。くだらない男たちがくだらない女をチヤホヤしていて、くだらない事で大きな声で騒いでいた。

とはいえ僕は学科も学年も違ったし、彼らと関わることは(運の良い事に)ほとんどといっていいほどなかったので良かった。彼らの話は、個人的に親しかった数学のサバルワル先生が、仕事の愚痴をこぼす形で僕に話していた。

サバルワル先生は学生の生活環境に責任を持つ立場にいて、この件についての対応に追われていた。商船学科の不祥事を一般科目の教員に対応させるのだからひどい話だ。

サバルワル先生は、数学の授業で余った時間を使って2次元空間にに生物φ君がいたとしてもそいつは恋ができないはずだ、と話していた。
また、学校の数学の進度よりはやく学習を進めていた僕のために黒板の隅っこ4分の1のスペースを使って、僕のために授業とは別に問題を出してくれた。僕が授業中に頭を掻いているとニコニコして話しかけてくれた。

僕は数学について彼と話すのが好きで、いつも放課後に彼の個室に足を運んでホワイトボードの前でウンウン言いながら問題を解くのが何よりも楽しかった。

彼は僕が4年生になったときに、突然母校を去った。「移動のことは誰にも言えなかったので、事前に共有できずにすまない。今から大学編入も考えるだろうに、このタイミングになって申し訳ない。」といって、去り際に学校の校章が貼ってある数学の問題集や参考書(おそらく彼が学校の経費か研究費で購入した物だろう)のシールを一緒に剥いで、こっそり僕にくれた。最後に笑いながら校章を剥ぐ作業は楽しかった。同時に無力さを感じて悔しかった。

学校の不祥事に対する対応は彼にとってこれ以上耐えられないくらいの負担になったのだと思う。

僕は彼がいなくなった高専で、ほとんど数学の話ができる友人を失ってしまった。その後は塞ぎ込んでただ黙々と彼が残してくれた問題集を全て解いた。

2人目の男は、高専での生活に何を求めたのだろうか。

彼が経験した高専生活は期待したものとどのように違ったのか。

彼のクラスメイトは、なぜ彼に酷い扱いをする必要があったのだろうか。

学校でのトラブルはそれとは関係がない多くの高専生にどのような影響を与えたのか。


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