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4章:産前産後における様々な課題

1)不妊治療の実態
現在、不妊治療をしているカップルは5.5組に1組と言われています。
晩婚化と晩産化により、不妊治療を受ける人が年々増加する傾向にあります。

不妊治療は健康保険適用外で、費用もバラバラです。
人工授精の場合、1回あたり1万〜4万円、体外受精は20万〜60万円、顕微授精は30万〜70万円くらいと言われています。特定不妊治療(体外受精および顕微受精)には助成金が出ています。1回で着床するとは限らないため、なかなかうまくいかない場合、回数が増えて金額が増していき、経済的な負担が増えていきます。

現在、政府は少子化対策として「特定不妊治療費助成制度」を作り、体外受精と顕微授精については1回15万円、妻の年齢が40歳未満の場合は6回(40歳以上の場合は通算3回まで)給付を受けることができます。2019年からは初回の治療に限り、30万円まで助成されるようになっています。

一般的に、不妊治療はタイミング法、人工授精、体外受精、顕微授精など方法があり、それぞれ状況をみて進んでいきます。余談ですが、それぞれ授精、受精には意味が異なるため、異なる漢字が使われています。

実際、妊娠=出産ではないため、無事に妊娠しても、流産する可能性があります。流産は自然妊娠でもおよそ15%の確率で発生しますが、高齢出産となるとその確率がより高くります。また胎児だけでなく、母体も高齢出産による死亡リスクが高まるという報告がされています。20代の出産と比較して、45歳以上の出産だと、およそ3倍リスクが高まります。

図4-1

(図4-1 高齢による流産のリスク)

図4-2

(図4-2 高齢出産に関するリスク(2))

生殖補助医療による出産も年々増加しており、2006年(平成18年)が19,587人(1,092,674人)に対して、2016年(平成26年)は47,322人(出生数 1,003,539人)となっています。また生殖補助医療の中でも、体外受精と顕微授精については助成対象となっていますが、それ以外の凍結・融解胚移植や男性に対する治療(顕微鏡下精巣内精子回収法など)などは対象となっていません。

図4-3

(図4-3 生殖補助医療の現状)

不妊治療を進める時の課題として、仕事との両立がクローズアップされてきています。このテーマに対して、2017年に厚生労働省が不妊治療と仕事の両立に関するテーマについて、調査した結果を、「不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査研究事業調査結果報告書」にまとめて報告しています。この報告書によると、不妊治療を行なっていることを把握している事業者は13%だけであり、わからないという事業者が67%ということで、ほとんどの人たちが会社に相談、報告することなく、仕事を調整しながら、不妊治療を行なっているという実態が明らかになりました。

また、不妊の原因は女性にも男性にもあるため、どこに原因があるのかを早く知ることが重要です。年齢とともに妊娠しにくいというデータがあるので、時間との勝負になります。だから夫婦で相談しながら、不妊治療を進めていく必要があります。

2)産後うつ、パタニティブルーズ
産後うつについて、日本周産期メンタルヘルス学会が発行している「産後うつ病の母親向けリーフレット」を参考に説明します。

産後うつは分娩後の情動的および精神的な要因によって起こり、日本での発症率は10%ぐらいと言われています。発症時期は産後直後が最も多いのですが、産後3ヶ月ぐらいまでは要注意のようです。
症状としては、抑うつ気分が現れ、育児不安や家事への不満や焦り、子どもの健康や発達に関して過敏に反応したり、母親としての自信を喪失するなどの特徴があります。

現在のところ、産後うつの原因はわかっていません。
しかしながら、妊娠と産褥期は生物学的に変動する時期であり、社会心理的にも適応が難しい時期であるため、心の病気が起こりやすいと考えられています。産後うつに関する最近の研究では、感情をコントロールする脳の神経伝達物質や遺伝、ホルモンの変化、社会や生活環境の変化などが関連しているのではないかと考えられています。

また妊娠、出産におけるメンタルヘルスという視点では、産後うつとマタニティブルーズとを区別して考える必要があります。産後うつは精神疾患ですが、マタニティブルーズは一過性の情動障害で、涙もろくなり、不安や焦燥感、抑うつ気分、集中力の低下が起こり、産後10日ほどで自然と回復し、日本では30%ほどのお母さんが経験すると言われています。

このような産後うつの予防や治療において、助産師や保健師などの訪問サポートや電話によるケアは有効で、信頼できる人間関係に基づくサポート体制が重要であると考えられています。

Dennis CL, Dowswell T :Psychosocial and psychological interventions for preventing postpartum depression. Cochrane Database Syst Rev. 2013 Feb 28;(2):CD001134.

現在、産後うつのスクリーニングには「エジンバラ産後うつ病質問票;EPDS」という質問票が採用されています。この質問票にある10個の質問に回答することで、スコア化することができ、産後うつの状態を評価することができる仕組みです。また、産後うつの状態を質問票ではなく、血液や母乳などの生体サンプルを使って検査できないかという研究も進められていますが、まだバイオマーカーが同定されていないため、もう少し時間がかかりそうです。
日本助産学会理事の市川香織先生による「産後ケアの文化的背景と現代の課題についての一考察」という論文の中で、文化人類学者の松岡悦子先生が、産後うつやマタニティブルーズがなぜ生まれてきたかということを説明しています。産後うつやマタニティブルーズは西欧社会で1960年ごろから見られるようになりました。その理由は産褥(妊娠期間を過ぎ分娩が終了した母体が妊娠前の状態に戻るまでのこと。その期間は6週間から8週間)という考え方が希薄化し、母になった女性への援助がなく、母親という地位への認知や注目がか欠けたからではないかと指摘しています。この背景には、1950年ごろから西欧では出産を家庭から医療機関で行うようになり、安全性を中心に考えるようになったため、共同体や家族から伝承されていた援助やお母さんを保護するといった意識が希薄化して行ったことが影響しているのかもしれないと述べられています。

市川香織: 産後ケアの文化的背景と現代の課題についての一考察 文京学院大学保健医療技術学部紀要 第8巻 2015年 23-30

これまで、出産によって女性が産後うつという精神疾患に罹患するというお話をしてきましたが、男性も子どもが生まれて、育児がはじまったあと、精神疾患を患うケースが問題視されています。所謂、「パタニティーブルーズ」です。

パタニティーブルーズは2005年にイギリスで大規模な父親を対象とした産後うつに関するコホート研究の成果がLancet誌に掲載されたことで、父親における産後うつに対して世界的に関心度が高まりました。科学的には何が原因かはわかっていませんが、状況から考えると、父親が育児に参画するようになって、育児に参画する期待が高まり、そのプレッシャーを強く感じるようになって、精神的に辛くなることが影響しているのではないでしょうか。

出産、育児で心の余裕を母親も父親も持って取り組める方法を当事者だけでなく、家族や社会も巻き込んで考えていく必要があります。

3)産後クライシス
「産後クライシス」とは少し古い言葉になりますが、2012年にNHKが提唱した出産後2、3年ほどの間で夫婦仲が悪化する現象を表現する言葉です。育児によって夫婦における信頼関係が崩壊することを意味しています。
実際、厚生労働省の平成23年度「全国母子世帯調査」によると、子どもがいて離婚した夫婦に対して母子世帯となった時の末っ子の年齢について調査した結果があります。子どもの年齢が、0-2歳が35.1%とあり、0-5歳で見ると56.0%となり、子どもの年齢と離婚との関係がありそうな数値が出ています。

また、日本の母子世帯の貧困率は世界的にも高く、離婚は貧困と関係していると指摘されていて、その子どもの教育機会、職業へも影響し、格差が生まれる要因であると考えられているので、深刻な社会課題です。

「産後クライシス」という本では、その原因は男性が出産による女性の変化に気づかないことにあると指摘しています。女性は出産によって、身体的危機、精神的危機、社会的危機に直面します。
身体的危機は生死をかけて子どもを産むので分かりやすいですが、その出産によるダメージを回復する過程を男性が理解していなかったり、母乳を赤ちゃんに与えるため睡眠不足なり、乳首が詰まって乳腺炎になったりと、身体的な苦痛を伴うことがあります。また出産のために緩んだ骨盤が時間をかけて戻っていきますが、その際に痔や尿漏れなどが起きるので大変です。
精神的危機とは育児経験がない中、子どもを死なせてはならないという責任からプレッシャーがかかります。そして生まれたての赤ちゃんはどう思っているのかわからないため、なぜ泣いているのか、どうして欲しいのかが分からず、ずっと神経を張り詰めて、赤ちゃんに向いている緊張感の中で生活しています。
社会的危機とは子どもが生まれる前と生まれた後では環境が一変することで起こります。子どもとの時間が多くなるため、子どもの話題が中心となり、子どもが生まれる前までの会話とその相手が変わるため、同じような子どもがいる人たちとしか会話が合わなくなります。そして、毎日子どもと一緒の生活が続くと、何も喋らない子ども相手に話をしていると社会から隔離されたような思いになり、「大人と話がしたい」という欲求が強くなります。さらに、出産後、仕事に復帰しようと思ったとき、そのための準備として保育園に入るための準備をしますが、世の中では待機児童の問題が騒がれており、保育園に入ることができて、仕事に戻れるかがギリギリまで分からないので不安になるのです。

このような女性の危機による不安をパートナーである男性が気づかずに対応することで、女性の不満が蓄積され、爆発し、信頼関係が崩壊することで、「産後クライシス」が起こります。また、前述の健康に関する定義、身体的、精神的、社会的に良好であるという視点からも、産後の女性は健康であると言いづらい状況にあるため、そばにいる人たちは気をかけておく必要があります。

(図4-4 子育てでイライラしている人は増えている)

この状況を回避するためにはまず男性は女性の変化を知り、男性がきっちりケアをすることが必要です。そのためには、産後に男性が女性をしっかりサポートするための時間が必要ですが、長時間労働の問題があり、個人で対応することが困難であるため、社会で考えていくテーマだと言えます。

「産後クライシス」は出産をきっかけに夫婦関係が悪化することを表現する言葉であって、「産後うつ」のような精神疾患ではないので、産前産後に起こる女性の身体的、精神的、社会的な変化を理解しておくことで、回避できることなので、これから出産を控えている男性には是非覚えておいて欲しいことです。
4)晩産化
前章で述べた通り35歳以上で出産する女性の数は増加傾向にあり、母親になる年齢の幅が広くなることで、子育てをする年齢もばらつきあることで、子育て世代ということも一義に定めることが難しく、いろんな状況を想定する必要があります。

(図4-5 高齢出産の割合)
(図4-6 女性の出産年齢の変化)

その背景には、初婚年齢が上がっていることが1つの要因です。初婚平均年齢は2015年で、夫が31.1歳、妻が29.4歳です。30年前(1985年)と比較すると、夫は2.9歳、妻は3.9歳上昇しています。また、出生時の母親の平均年齢を出生順位別にみると、2015年においては、第1子が30.7歳、第2子が32.5歳、第3子が33.5歳と上昇傾向が続いており、30年前(1985年)と比較すると第1子では4.0歳、第2子では3.4歳、第3子では2.1歳それぞれ上昇しています。

(図4-7 初婚年齢の上昇傾向)

また、女性の初婚年齢が上昇している理由には、女性の高学歴化があります。
女性が結婚する年齢は学校を卒業してから、5年くらいであることは、これまでと変わりませんが、4年制大学に進学する女性が増えたことで、初婚年齢が上昇しています。女子の四年制大学への進学率は、1976年は5.3%で、2017年は49.1%でした。1976年は短期大学へ進学する女子が2割くらいいて、全体で25%くらいでしたが、現在短期大学へ進学する女子は8.6%と減少しています。現在は短期大学(8.6%)、四年制大学(49.1%)、大学院(5.7%)へ進学する女子は6割以上となっています。

(図4-8 女子の大学進学率の推移)

高齢出産による身体的なリスクは母体への負担が大きく、周産期の死亡リスクも高まります。また生まれてくる赤ちゃんが低体重である可能性が高まることが指摘されています。

(図4-9 高齢出産に関するリスク(1))
(図4-10 低体重児と母親の出産年齢との関係)



また、高齢出産の女性にフォーカスすることが多いですが、男性が父親になる年齢も上昇傾向にあり、さらにその両親の高齢化も進んでいるため、子育てを両親にサポートしてもらうことが難しい状況になっているおり、課題が深刻化しているケースが出てきています。

(図4-11 父親になる年齢の高齢化)

5)男性の育児休暇の取得
男性の中には、産休と育休の区別がついていない人も多くいるように思います。
ここで、それぞれの違いを整理します。
まず、「産休」とは産前産後休業という言い方をし、女性の母体保護を目的とした休暇を法律で規定された制度となります。出産予定日の6週間前(双子以上の 場合は14週間前)から、請求すれば 取得することが可能です。 産後休業 出産の翌日から8週間は、就業できません。 産後6週間を過ぎた後、本人が請求し、医師が認めた場合は就業することが可能となっています。

「育休」は、1歳に満たない子どもを養育する男女労働者は、 会社に申し出ることにより、子どもが1歳になるまでの間で希望する期間、育児のために休業ができます。育児休暇という制度ができたのは、1991年に「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(通称:育児介護休業法)」によってであり、少子化対策における働き方改革の1つの施策として始まりました。

2018年の育休の取得率は、女性は82.2%ですが、男性は6.16%です。
これまでに述べてきたとおり、現在の子育てをする環境は未経験かつ知識不足でぶっつけ本番で育児がはじまります。子どもが産まれて間もない時期は、多くのサポートが必要なので、男性の協力が不可欠な状況であるということは理解できると思います。
しかしながら、男性が育児休暇を取得する意識が醸成されていないため、制度はあるが、活用が進んでいない状況です。このような状況に対して、政府は国家公務員の男性に1か月以上の育休取得を行うようにと目標を掲げ、その後民間へも波及させることを考えています。

そのためには、仕事の進め方、やり方を考える必要があり、場所にも時間に依存せず、パフォーマンスを高めるような働き方に変えていくことが求められています。

6)共働きにおける保育園の課題
子どもが生まれた後、共働きで子育てをしようとすると、保育所が課題になります。マスコミでは「待機児童」の課題が報道されていて、保育所に入ることが大変そうと言うことだけは聞いたことがあるかと思います。それがどんな仕組みで大変かまではよく知らないのではないでしょうか。
実際に保育所に入園するためには、いくつか条件があります。
保育所に入るための条件はそれぞれの地域によって異なりますが、親が就労していることが前提であり、就労のための通学や求職活動なども含まれます。

保育園の違い
保育園は法律用語では「保育所」と言います。保育所は国が定めた基準に準拠して運営している「認可保育所」と国が定める基準に準拠していない「認可外保育所」とがあります。認可保育所には公立も私立もあり、利用にあたっての契約窓口は地方自治体となります。認可保育所を運営するためには園庭の広さや保育士の数などの基準があり、その条件をクリアする必要があり、国が補助をして運営されています。
認可保育所に対して認可外保育所という存在があります。これまで国は保育所としての設置基準を満たしていないので、保育所としては認めておらず、存在は認めていましたが、国費を投入することを控えていました。
しかしながら、待機児童の問題が顕在化してきたことを受け、国は認可外保育所に対する考え方を見直し、小規模保育事業や企業主導型保育事業などに対して補助する政策へ転換し、対策を進めています。また、待機児童の問題が深刻な都市部の東京都では認可保育園に関する設置基準、特にスペースなどの条件を緩和し、「認証保育園」として、保育所の不足と待機児童の課題解決に向けて独自の対策を実施しています。

保育所を利用するときの利用料は、親や子どもの状況、親の年収などによって費用が変わります。また認可保育園や地域型保育事業(小規模保育事業や企業主導型など)は行政からの補助があるので利用料が安くなります。また認可外保育施設は国からの補助がないので、利用料が高くなります。しかし多様なニーズに対してフレキシブルに対応しているので、自分のワークスタイルやライフスタイルに合わせた選択が可能で、直接事業者との契約となります。

待機児童が解消しない理由
人口動態から見たとき、2014年(平成26年)出生数は100万人でしたが、2018年(平成30年)には91.8万人となり、毎年出生数は減少しています。また、待機児童の問題を解決するために、保育施設の数を増やし、収容可能人数も増加していますが、待機児童の課題は解決していません。詳細を見てみると、認可保育所の施設数は612施設減少し、定員は10万人減少しています。一方、認定こども園と地域保育型事業の施設数が増え、利用定員の数も増えています。それによって、保育利用定員は46万人増え、34万人を受け入れることができるようになっています。これによって、保育利用定員は280万人まで増え、利用している人は261万人までカバーでき、数字の上では十分に定員を確保していると言えます。ただ、この定員の数は全国での総数となるため、地域ごとでは不足しているところ、定員に余裕のあるところがあるので、充足率(保育利用児童数/保育利用定員)でみていく必要があり、その割合は低下しており、利用者数の増加に対しても、柔軟に対応できるように改善が図られているように思われます。
一方、育児をしている女性の就業率が、2014年(平成26年)から2017年(平成29年)で全国平均が52.3%から64.2%へと大幅に増加しました。人口が多い首都圏で、東京都(50.6%→61.4%)、神奈川県(41.9%→57.0%)、千葉県(46.9%→61.0%)と急激に増えたため、待機児童対策として施設数と利用定員数を増やす対策を行っていましたが、待機児童の課題が解消できないエリアが発生しています。この背景には、2016年に「ニッポン一億総活躍プラン」が策定され、女性や高齢者の就労者を増やし、就業者を増やそうという政策が実行されたことで、女性の就労者数が増え、女性が働くために子どもを預けるための保育施設が不足するという事態が発生しました。

図4-12

(図4-12 保育所等の定員と利用児童数)

図4-13

(図4-13 新制度よる変化について)

図4-14

(図4-14 育児をしている女性の就業率の変化)

図4-15

(図4-15 夫婦共働き世帯が高い都道府県)

幼児教育無償化は3-5歳、待機児童対策は0-2歳
保育所に関する政策は、必ずしも待機児童に関する課題解決のためではありません。幼児教育無償化は、女性の就労を促進することを中心に進められているので、子育て支援という観点から政策を考えた時に複雑に感じます。
日本では労働生産人口が減少し始め、人手不足が深刻になってきています。この状況に対して、未就労の女性や高齢者などにフォーカスし、就労人口を確保しようという動きがあります。その中でも未就労の女性を対象に就労を促進するためには、幼児教育の無償化と配偶者特別控除の改正が必要と考えられ、政策が実行されています。保育サービスを多様化させ、その費用が無償で、配偶者特別控除対象額が緩和されたのであれば、子どもを預けてパートタイムで仕事をしやすくなるのではないかと考えています。だから幼児教育無償化では、3-5歳を対象とした政策になっています。一方、待機児童の問題は0-2歳で起きている問題であるので、子育てに関する課題でも異なる目的のための政策であることがわかります。

7)病時保育
共働きで子育てしていて、子どもを保育園に預けていると、突然の発熱で保育園から呼び出しや朝子どもの体温を測ったら37.5度以上で保育圏に行けないということが度々起こります。そのたびに、夫婦の間でどちらが仕事を休めるか、また病時保育に預けることができるかという事態が発生します。

実際に、どれくらい保育園を病欠しているかを、東京大学の産婦人科の医師 園田正樹先生らの研究グループが調査したレポートがあります。

0歳:  19.3日〜30.2日/年
1-2歳: 10.8日〜16.9日/年
3-5歳: 6.3日〜9.6日/年

自分の子どもがどれくらい休んだかは記録がありませんが、おそらく上記の日数くらい病欠したと思います。なぜなら1度熱が出ると、1週間ずっと休むということが度々あり、仕事を計画通りに進められずに苦労しました。また、子どもの年齢が上がるごとに、病欠日数が減っていったのも事実であり、3-5歳になるとほとんど休まなくなりました。

子どもが発熱して保育園に行けない時に、病気の子どもを預かってくれるのが、病時保育というサービスです。我が家は病時保育をよく利用し、仕事を休まずに済み、非常に便利に利用していましたが、病時保育に対する認知度は低く、利用した経験がある人も少ないという報告が、先ほど同様園田先生の研究グループから報告されています。
病時保育を利用した人は11.7%で、利用したことがない人が88.3%でした。
また、認知度においては、病時保育を知らない人が20.8%、名前は知っているけどという人が54.3%で、使い方も知っている人は24.9%という状況です。

では、そもそも病時保育とはどのようなものかということを改めて説明します。
病時保育について、東京都病時保育事業に関する説明を引用します。

東京都福祉保健局Webサイト
(http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kodomo/hoiku/byoji_byogoji/byouji.html)

病児保育とは、児童が病中又は病気の回復期にあって集団保育が困難な期間、保育所・医療機関等に付設された専用スペース等において保育及び看護ケアを行うという保育サービスのことです。対象となる児童の年齢や病状等の要件は、地方自治体や施設によって異なります。
「子どもが病気になった、でもどうしても仕事を休むことができない!」そんなときに備えて、地域の病児・病後児保育施設の情報を収集し、必要と判断される場合は事前登録を行い、利用方法を確認しておきましょう。

病時保育施設の予約は当日の朝に電話で行うことが多いため、子どもが病欠と決まってから受け入れ可能な施設を順番に電話していくことになります。風邪やウィルス性腸炎などが流行している時期は複数箇所電話しなければならないこともしばしばです。このような時に、事前に受け入れ可能な人数や条件をWebサイトで確認できるようなサービスがあればと、ずっと思っていたところ、現役の医師であり、前述の論文の著者でもある園田正樹先生が「あずかるこちゃん」という病時保育施設の予約サイトを事業として立ち上げる準備を進めており、今後の展開が期待されます。

また、病時保育には病気の子どもを施設で世話をしてくれる「施設型」と、自宅で行ってくれる「訪問型」とがあり、必要に応じて使い分けることもできます。

現在、全国には1,749施設(2018年度見込)あり、年間利用児童数は64万人(2016年度)で、施設の利用率は30%程度で推移しています。まだまだ病時保育施設は利用されていない状況ですが、子育てをしながら仕事をする人が増えることを考えると、今後認知されて、利用が広がっていくと予測されます。また「子ども・子育て支援新制度」でも地域子育て支援事業として病時保育事業も対象となっていて、今後さらに提供施設が増えていくと予測されます。

一般社団法人 全国病時保育協議会
https://www.byoujihoiku.net/

8)ワンオペ育児
私自身、この「ワンオペ育児」という課題は偉そうなことを言える立場ではありません。出産や育児において、夜泣きしたら抱っこし、ミルクをあげて、朝は保育園へ行くために子どもを起こし、準備して送って行き、週末はゴルフを一切封印し、子どもと過ごす生活に変えて、可能な限りサポートしたと思っていますが、妻からは「何もやっていない旦那だ」という評価になっています。

夫婦間で出産、育児に関する関わり方やそのレベル感は異なると思うので、何をどこまでやればお互いが認め合えるかは正直わかりません。ただ、現代の出産、育児において、どれほど過酷な状況に女性が置かれているかについては、これまで事実を並べて説明してきましたが、たくさんの子育てに関わってきた小児科の医師からの言葉は心へ訴えるものがあるので、これから育児が始まる男性には、ぜひ読んで頂き、「ワンオペ育児」について考えて欲しいと思います。

1967年に小児科医であり、社会思想家である松田道雄先生が出版された「育児の百科」にある「誕生から1週まで」の最初にある「父親になった人に」という章があります。

(引用)
赤ちゃんが帰ってくる。君もいよいよお父さんだ。家庭のお父さんである君に一言言っておきたい。
君は年々200人の母親が子殺しをすることを知っているか。「育児ノイローゼ」と言われるが、実は核家族時代の犠牲なのだ。

この一言で、家族や共同体が出産、育児を支えなくなり、女性一人で出産、育児をしなければならない過酷さがわかると思います。

そして、この続きに

(引用)
母親である人が、うろたえていたら、「そう、かっかするなよ」と言ってもらいたい。
著者である私も、まったくその気持ちでこの本を書いているので。

つまり、お母さんが子どものことでいっぱいいっぱいになっていたら、客観的に判断できる男性が冷静さを取り戻すために手を差し伸べることが重要であり、医師である松田先生もそれが最適な方法だと言っているのです。

また、この本には「父親のすること」について触れられており、「時代が父親に家事と育児との参加を要求しているのである」とはっきり書かれています。具体的にどんなことをやるかは、赤ちゃんの個性と妻の体力によって決まるため、夫婦で話し合い、状況に合わせて動けば良いと言っています。

また松田先生は母親に向けても言っています。

(引用)
妻は夫の援助がつたなくても、よろこんでうけいれないといけない。自分は育児失格と思ってしまうと、夫はその後の育児に協力しなくなる。

この「育児の百科」は高度経済成長の真っ只中に書かれた育児書で、50年以上前に書かれた本であるが、まったく古さを感じません。なぜなら、女性は社会で活躍し、共働きの核家族で子育てをすることが前提で、子どもは集団保育の中で生活するということが想定されていて、育児に関する様々な課題について書かれているからです。また長くこの育児書が読み続けられる理由は、医師という立場から解説しているだけでなく、どこか包み込むような温かさを感じ、心(こころ)がこもった対応を勧めているからではないかと思います。

もし出産、育児に困ったことがあったら、この本を手にとってもらって冷静に対応してもらえればと思います。

参考文献

(書籍)
常見陽平「僕たちは育児のモヤモヤをもっと語っていいと思う」自由国民社(2019)
ジャック・ギルバート、ロブ・ナイト、サンドラ・ブレイクスリー 「子どもの人生は「腸」で決まる」東洋経済新報社(2019)
原田正文「子育ての変貌と次世代育成支援 兵庫レポートにみる子育て現場と子ども虐待防止」名古屋大学出版(2006)
中山徹 「だれのための保育制度改革 無償化・待機児童解消の真実」自治体研究社(2019)
内田明香、坪井健人「産後クライシス」ポプラ社(2013)
松田道雄 「定本 育児の百科(上)」岩波書店(2008)
松田道雄 「定本 育児の百科(中)」岩波書店(2008)
松田道雄 「定本 育児の百科(下)」岩波書店(2008)

(論文)
園田正樹、森浩輝、大川洋二:病時保育の潜在ニーズの検討 病時保育研究第10号別冊(2019年7月)

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