The First Diet for Life
〜赤ちゃんにとって人生最初の食事について考えてみよう!〜
はじめに
株式会社こそらぼについて
私たちは、30代後半で結婚し、リーマンショック後の景気が冷え込んだ時期に子どもが生まれ、40歳くらいから子育てが始まったという男性が集まり、子育ての課題を次の世代に先送りするのではなく、自分たちで問題提起し、解決することを目標に、株式会社こそらぼを立ち上げました。
最初は、子育てに関する課題を自分たちの経験をもとにどんな課題があるのかを洗い出し、それは個人としての課題なのか、それとも社会としての課題なのかを整理するところから始めました。そんな活動の中で、母乳や授乳について考えるきっかけがあったので、現在、私たちは母乳や授乳ということをテーマに、アカデミアと共同研究を行なっています。どんなテーマかというと、現在の医療では母乳の状態や質を評価する基準がないため、母乳の状態が良好なのかどうかを判断することができません。だからデータを集めて、科学的な根拠を示し、母乳に関する基準を示そうと考えています。この背景には、は、女性の出産に関する環境やワークスタイルが変わったことで、女性自身が自分の体調に不安を持っている人が多く、自分の母乳の状態を気にする女性が多いということが、私たちの活動で見えてきました。
この本について
このような取り組みをしている時に、母乳や授乳について調べていると、体系的に整理された本がなく、いろいろな情報ソースからかき集めなければ、情報にたどり着くことができないという経験をしました。また、母乳や授乳に関する一般の人向けの本は女性を対象に書かれているので、どうすれば母乳が出るのかという方法がたくさん紹介されていて、おっぱいの描写が多く、男性がどこでも気兼ねなく読むことができない内容でした。また母乳に関するメカニズムを知ろうとした時、女性を対象にした母乳の本には母乳がどのように作られているのかということは書かれておらず、詳しく知ろうと思うと医学書でしか知ることができませんでした。
いつも1冊に母乳や授乳についてまとまった本がないのかなぁと思っていました。
また、子育ては女性だけでなく、男性も行うようになってきたので、男性でも母乳や授乳に関する概論を学ぶことができる本をがあってもいいのではないかと思うようになりました。まだまだ少数派かもしれませんが、今後体系的に母乳や授乳について学びたいと思う人が増えることを期待して原稿を書き始めました。
このような思いから原稿を書き始めたところ、「男性でも読める」とか「体系的に学べる」というところに、医師や助産師、保健師など医療従事者が反応されることが多く、医療従事者の方が読んでも楽しめるような内容になるように工夫してみました。
本書で広く浅く知識を得たのち、母乳や授乳に関する課題について、社会全体で議論して、課題を解決していきたいので、私たちと一緒に考えて頂ければと思います。
序章:The First Diet for Life
「The First Diet for Life」とは、私たちが母乳や授乳をテーマに活動するために作った言葉です。なぜなら母乳や授乳という言葉をそのまま使って議論しようとすると、母子との関係をイメージし、第三者が意見しづらくなるため、多くの人たちを巻き込んで、議論を展開できなくなるからです。
私たちが本書で扱いたいテーマは、赤ちゃんにとっての「食事」という意味での母乳や授乳ということであり、社会課題として扱っていきたいと考えています。そして、食事は日々行われるものという意味だけでなく、ある期間に摂取した食べものやその時の環境も含めて考え、それがその後どのような影響を与えるのかも考えたいと思っています。だから少し広い解釈を持つ「The First Diet for Life」という言葉を作り、赤ちゃんにとって人生最初の食事をテーマに、本書で様々な視点で議論を展開していきたいと考えています。
赤ちゃんにとって人生最初の食事について考えてみよう!
赤ちゃんにとって人生最初の食事ついて考えてみようと言ったとき、それはいつのことを言っているのでしょうか?という疑問が出てきます。なぜなら、人生はどこの時点から始まるのかという見解が、考える立場によって変わるからです。
精子と卵子が受精した時の受精卵と考える人もいれば、お母さんのお腹の中から出てきた時と考える人もいるからです。そして、その時の食事となると、胎児のときにお母さんのお腹の中でもらったもの、それとも生まれてすぐにもらったもの、もう少し長い期間でとらえた授乳期や乳幼児期の食事や環境から得たものなどいろいろな解釈が存在します。
私たちは決して「母乳」だけのことを言っているのではありません。現時点では母乳という言葉は非常にセンシティブで、いろいろな状況に置かれている人がいることを考慮すると、この言葉について今以上に議論することができません。母乳に関する様々な課題について解決するために動くことができなくなります。ここで「Diet」という言葉を使う意義は、日常的に食べたり飲んだりする食べものをテーマにしたいからです。赤ちゃんが生きていくために日常的に飲んだり食べたりする食べものについて考えます。そのためにはいろんなことを考慮する必要がありますが、意外とそのことに気づき、考えている人が少なく、正しい知識を持っている人も少ないというのが現実です。
物ごとを見るときに視点を変えたり、前提を変えたりすることで、議論が進むのであれば、議論を進めてみたいと思います。そのためには、私たちは批判を恐れず、まずこの赤ちゃんにとっての人生最初の食事、「The First Diet for Life」について固定概念や慣習にとらわれることなく、多様な意見を認め、オープンな議論をはじめ、課題解決にむけて活動していきたいと考えています。
また既存の考え方に左右されないという意味では、医師や助産師、保健師などの医療従事者でもなく、授乳を経験している、した女性でもなく、子育てを経験した男性という立場で考えるということは、非常に有意義であると考えています。なぜなら、母乳育児という議論がはじまると感情的になりやすく、経験に基づく話やハウツーの話が多くなるからです。だからいろんな考えや意見を聞き、オープンな議論ができる環境を作る必要があると考えています。またより多くの人たちを巻き込むために、何らかの科学的根拠(エビデンス)や再現性のある事実に基づいたテーマを設定し、感覚的な話や感情的な議論ではなく、論理的に説明できるテーマにする必要があるからです。
そうすることで、赤ちゃんにとっての人生最初の食事、The First Diet for Lifeというテーマを、女性だけでなく、男性も入り、社会を巻き込んでいろんな人の意見を反映できると考えています。
なぜこの議論をするのか?
妊娠、出産、育児は、お母さんだけでなく、お父さんも、社会も巻き込んで考えるテーマにしたいからです。妊娠、出産、育児を女性だけの課題と考えるようになったのは、直近100年の話であり、それ以前は社会の課題として捉え、対応していたことは、現代においてはあまり知られていません。現代のように男性も女性も仕事をしながら、家事、育児をすることが一般化している時期だからこそ、現代に合うように、何をどのように変えなければならないのかを考える必要があります。
また子育て支援について、民間および行政、ボランティアなどの活動を考えたとき、いろんな支援施策やサービスが誕生しており、利用者はいろいろ選択できるようになっていますが、妊娠期のケアや出産直後のケアのところはまだまだ空白が多いように思います。そのことに気づいている医療従事者の方は多く、個別にNPO法人などを立ち上げて活動されている方もたくさいます。また2019年12月から成育基本法が施行されることによって、医療分野において産前産後ケアが進みそうであり、2019年11月に母子保健法の改正を行うことを国会で決めたことで、産後ケアを充実させるという方針が示されたので、こちらも合わせて社会で産前産後ケアを考える流れになってきていると感じます。
海外の医療分野では、「Preconception Care」という考え方が議論されています。
Conceptionとは受胎という意味で、これにPreとつくので、お腹の中に生命が宿る前からという意味になります。つまり、Preconceptionとは、妊娠の前からしっかりサポートをしていく必要があるという考え方です。そのためには、妊娠を計画する女性だけではなく、そのパートーも自分たちの生活や健康に向き合う必要があり、いろんな分野のスペシャリストが関わって、妊娠を計画する人たちをしっかりケアしていこうとする流れが、世界的に広がっていて、WHO(世界保健機関)が推進しています。米国では米国疾患管理センター(Centers for Disease Control and Prevention)も取り組んでいます。日本では成育医療研究センターが最初に組織を立ち上げて活動しています。
国立成育医療研究センター プレコンセプションセンター
https://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/preconception/
米国疾患管理センター(Centers for Disease Control and Prevention)
http://www.cdc.gov/preconception/index.html
世界保健機構(WHO) Preconception Care Policy
https://www.who.int/maternal_child_adolescent/documents/preconception_care_policy_brief.pdf
妊娠、出産期、赤ちゃんのことが気になりますが、お母さんのことも同じくらい気をつけてケアする必要があります。なぜなら日本では医療が進み、出産時にお母さんが死亡する確率は下がりましたが、過去は非常に死亡率が高かったからです。これは女性からはなかなか発信しづらいし、女性も自分の体よりも赤ちゃんに気が集中しているので、気づいていないので、男性から発信する必要があります。
現状、子育てに積極的な男性が増えてきましたが、まだ妊娠出産に関する知識が不足しているということは、当社が子育て経験のある男性を対象に「母乳育児」に関する意識調査をアンケート形式で実施した時に顕在化しました。なかなか事前に子育てや妊娠、出産について妊娠期から学ぶことは難しいとは思いますが、妊娠期から胎児のこと、胎児とお母さんとの関係、出産後のお母さんの回復の仕組み、日本以外の諸外国での産前産後ケアの実情などを知ることができると、子育てだけでなく、その前の妊娠期から男性の行動や意識や行動が変わると期待しています。
議論の結果、何を得たいのか?(ゴール)
The First Diet for Lifeは、赤ちゃんの人生最初の食事をテーマに議論をはじめますが、赤ちゃんだけのことではなく、お母さん、お父さん、社会の課題として継続的に議論するためのきっかけであり、健康な赤ちゃん、健康なお母さん、そして健康な家族、社会ができればと考えています。
そのためには、妊娠、出産、育児について、母子に閉じたクローズドな関係で考えることはやめて、多様な人たちとオープンな議論ができるようにし、社会の命題として取り組むことが大事です。
妊娠、出産期の胎児とお母さん(女性)の変化、メカニズムを理解し、お母さん(女性)の体調とケアの重要性を、ステークホルダーは当事者である女性だけでなく、お父さん(男性)も認識し、それに対する対応方法を考えていきたいです。
(母乳生成のメカニズムを理解することによる母乳育児支援の可能性)
水野克己: 母乳分泌の生理 小児内科 January 2018 No.1 vol.50
The First Diet for Lifeをみんなで考えるために
母乳は赤ちゃんがお母さんのお腹の中から出てきて、生命活動をするための「命綱」ですが、男性は当たり前のように出るものだと考えています。しかしそのほとんどの男性はそのメカニズムを知りません。例えば、母乳が血液からできていることを女性は知っていますが、男性はほとんど知りません。もし、それを知ったら、女性がどれくらい体力を使って母乳を作り出しているかが容易に推測できると思いますし、それによって奥さん(パートナー)への接し方も変わるように思います。
残念ながら、私は自分の子どもが授乳期に母乳のメカニズムを知りませんでした。
当時はとにかく目の前のこと、赤ちゃんのお世話に対応することに必死で、何とか乗り切ったというのが正直なところです。子どもが小学校へ上がる前くらいに、ライフサイエンスに関わる仕事をしている関係で、水野克己先生(昭和大学小児科教授、日本母乳バンク協会代表理事)とお話する機会があり、母乳に関するメカニズムを伺い、「母乳」に興味を持ち、調べはじめました。
医学の世界に母乳だけをテーマにした書籍はなく、いろんな書籍や論文から1つずつ言葉を調べながら読み、何を言っているのかを考えるのですが、それがどういう機能や効果があるかが繋がらずに苦労しました。例えば、母乳に含まれる成分は何かを調べると、栄養素について書かれていると、それを構成する要素としての脂質、糖質、たんぱく質などに分類されます。まずそれらがどんな機能があるのかという基礎を私は知らないので、そこからでした。それがわかれば、それぞれ次の階層にある要素の違いによってさらに何が違うのかを考えることが必要であり、なかなか体系立てて物事を理解することができずに苦労しましたし、今も苦労しています。こんなことをみんながする必要はありません。赤ちゃんにとっての食べもの、The First Diet for Lifeについて議論するためには広く浅く、まずは知識をみんなが持ち、議論をスタートさせて、みんなで解決したいと考えているので、1冊でそれが実現できるものが必要と考え、本書を製作することを考えました。
1)知識のギャップ
妊娠期の胎児、お腹から出てきた赤ちゃんが日常的に食べたり、飲んだりする食べものについて、女性と男性で知識のギャップがあります。また、女性の中でも、妊娠期と産後の授乳期でも知識のばらつきがあり、特に胎児がお母さんからどのように栄養を摂り、胎児は成長していくのかまで知らない人が多いように思います。また医師や助産師、保健師など医療従事者の間でも、専門分野ごとにアプローチが異なるため、知識のギャップが存在しており、日々赤ちゃんやお母さんたちの課題に対応しているので、経験の宝庫ですが、それらの経験を再現性のあるサイエンスになっていないことも課題だと考えています。
一方、男性がThe First Diet for Lifeについて考えるためには、広く浅く知識を得るための入門書が必要です。まず赤ちゃんが生まれてすぐに口にする「おっぱい」、実はすごいことを知ってほしいのです。
「初乳」と言われる生後数日で出る母乳には、白血球が通常の血液と比べると500倍くらい高い濃度で含まれていて、外の世界に出た赤ちゃんの体を守るため免疫機能を働かせるために、母乳でサポートしています。
これ以外にも当然いろんな役割を状況に応じて、対応しているのですが、そのような仕組みを体系的に学ぶ機会はありません。本書からきっかけを得て、自分なりに広げていってもらいたいと思います。
ただ、育児に関する情報は、女性を対象とするものが多く、男性を対象とするものや社会課題を考える人たちを対象とするものはあまりありません。また、本や雑誌はより実践的なテーマに関するハウツーが多く、ネットは誰かの経験について書かれていることが多いので、男性が入門書として読んでもなかなか理解できないのではないかと思います。またそれらの本には図や写真でおっぱいの描写が多いため、電車やカフェで気軽に読むことができません。
母乳に関してメカニズムなどを解説している書物は医学書でもごく少数です。母乳育児について解説している中に、最近の研究テーマや成果についての記載があり、非常に重要なことが書かれていたりするのですが、そんなところまでThe First Diet for Lifeについてみんなで考えるためには必要がありません。専門書ではなく、まずは入門書が必要です。
赤ちゃんについて事前に理解していれば、子育ては変わります。
子どもが生まれて、赤ちゃんとの生活がスタートしたとき、男性であるパパはほぼ無力です。
また、ママもはじめての出産だと、初めてのことだらけで、知らないことばかりで、何をするのも恐々です。
私は子どもが誕生した瞬間、すごく感動し、興奮していたのも冷めないうちに、病院から赤ちゃんと奥さんを連れて家へ帰るとき、本当に育てることができるのかという不安と重い責任を感じたことを鮮明に覚えています。
出産前のプレママ、プレパパスクールや出産のときの病院での教えてもらったことを、リアリティがないときの経験の記憶をたどりながら、我が子でいきなり実践となります。赤ちゃんは当然、欲求が満たされないと、ずっと泣き続け、こちらはこちらでなぜ泣いているのか、何をして欲しいのかがわからず、どうしていいのかわからないことがしばしばありました。また、子育てに関する書籍やネットには情報がたくさんありますが、その通りにはいかない現実とのギャップに悩まされます。
両親から過去経験した子育てのことを教えてもらうという方法もありますが、今時の解釈とは違うことも多く、ママとおばあちゃん(実母)とで意見の衝突が起こり、誰に相談していいのかわからず、一人で悩んでいる人が多いように思います。一方、最近の子育てはママだけでなく、パパも積極的にかかわるようになってきており、ママは実母の次にパパへ相談することが多くなっています。パパもそれなりにしっかりした知識を持つことが求められています。ただ授乳期の育児に関する情報はママ向けのものばかりで、パパを対象とした情報はほとんどありません。
日常生活において、いろんなことをネットで検索し、スマートフォンを使えば、いつでもどこでも情報にアクセスし、調べることがで、便利な生活を送っています。しかし子育てがはじまり、ネットでいろんなことを検索すると、誰かの経験か単語の意味(辞書)しかないため、男性の思考プロセスで理解できるように、何かを体系的かつ論理的に知ることができないという課題に直面します。
2)前提を疑い、ゼロベースで
(1)粉ミルクについて
例えば、粉ミルクは牛の乳からできていると言うことを、意外と知りません。
赤ちゃんが産まれたら、母乳か粉ミルクを飲むものだと思っている人がほとんどではないかと思います。しかし、「粉ミルクはウシ由来です」と書かれたら、ちょっと考えませんか?牛乳と言うと子どもの頃から飲んでいるし、好き嫌いはあるかもしれませんが、身体の健康に良さそうなイメージが湧いてきますが、わざわざ「ウシ」とカタカナで表記されると、何か特別な意味があるのではないかと疑ってしまいます。
もう少し掘り下げてみると、粉ミルクとは育児用粉ミルクと言い、「乳児用調整粉乳」が法律等で出てくる言葉になります。牛乳の流通・加工については、国が厳しく管理しています。
「乳児用調整粉乳」は母乳の成分を研究し、牛乳の組成を母乳に近づけるため、栄養成分を置換、強化、除去などをして改良された食品です。また「乳児用調乳粉乳」と言う表示が消費者庁から許可されるためには、エネルギーやたんぱく質、脂質などの成分に関する20項目以上の成分組成の基準に適合する必要があり、他の食品と比べてかなり厳しい基準が要求される食品です。現在、日本では明治、森永乳業、雪印ビーンスターク、和光堂、アイクレオ、雪印メグミルクの6社が販売(5社で製造)しています。
(図1-1 乳児用調整粉乳に関する基準)
(2)「母乳」という言葉
「母乳」という言葉が誕生した歴史と背景を調べてみました。およそ100年前の大正時代、男性は外で働き、女性は家事、育児をするという構図ができ、それと同時に、母性イデオロギーが誕生し、乳は母子との関係を強く表す、「母乳」という言葉が誕生したそうです。それ以前は、母乳は母子との関係を表すものではなく、乳や乳汁などと表現されていて、母親の乳を飲まなければならないという前提ではなかったようです。つまり、現在の母乳に関して第三者が介入することができない空気感は、人間の本能からできた概念ではなく、人工的作り上げられた概念です。いろいろな局面で、「○○すべきだ」というイデオロギーは人々を苦しめますが、その1つが「母乳」という言葉にもその要素があります。
つまり、当たり前に受け入れていることが、過去からずっとそうだったのか、それともここ数十年、100年単位での変化なのかを考え、前提を疑って考えることが大事だと思います。なぜなら、妊娠出産期はいろいろ不安なことが多く発生し、情報が氾濫していることもあり、
何かを提供したい人たちが「〇〇は△歳までにしないと、大変になる」という根拠に乏しい言葉を発して、不安を煽るような「呪い」を掛けてきます。呪いにかかる前に、その情報は正しいのか疑って考えることが大事になります。
ちなみに、この妊娠出産期の不安を煽るような情報を「呪い」と表現されたのは、ある有名な産婦人科の女性医師です。彼女は子育て中で、医療に関わる情報を正しく、世の中に発信するために活動されていて、この「呪い」という表現は的確だと思ったので、使わせてもらいました。
3)社会課題として
オープンな議論にしないと多くの人たちを巻き込めない
私たちの活動を知らない人に初対面で母乳育児の課題を説明したとき、宗教的(妄信的)に聞こえると言われた経験があります。私たちはそんなつもりではないのですが、母乳という言葉にはどこか母乳育児が最高のもので、それ以外は認めないとう暗黙のプレッシャーがあるようです。私たちは、いろいろな選択肢から状況にあったものを自分たちで選択すればよいと考えています。しかしながら、まだまだ母乳に関する課題をみんなが認識しているわけでなく、オープンに議論できる状況でないのが現実です。社会における暗黙の緊張を解き、多くの人たちがいろんな意見を出せるようにする改善する必要があると感じています。
(1)自然科学として
これまで医学では人の乳(母乳)は研究対象になりにくく、あまり研究がされていません。一方、牛(ウシ)の乳(牛乳)に関しては畜産業において非常に重要なビジネスの資産であるので、研究が進み、どのように飼育して、どのような餌を与えるとおいしい牛乳になるかなどがわかっているそうです。今後は、牛をはじめとする哺乳類の乳の研究から得た知見を、人の乳(母乳)に関する研究へ展開するチャンスだと考えています。
母乳に関する情報の多くは経験に基づく情報が多く、きっちり実験をしてエビデンスを示したものが多くありません。人を対象とした実験や研究は同じ環境を作りだすことが難しいため、再現性のある事象を証明することは難しいですが、ママ自身がもつ本能で感じる感覚を数値化、データ化するテクノロジーが進化したことにより、感覚をデータで証明できることはたくさんあります。今後は、これまでの経験に基づく母乳に関する情報もデータ化され、検証されていくことでしょう。
(2)社会科学として
母乳について話をすると、時々神経質な反応をする方がいます。母乳が出ない、母乳をあげることができずにいるママがいて悩んでいるから、誰でも出ることを前提に話をしないでほしいと。実際にママの疾患により、ドクターストップがかかっているママは2%くらい存在するのも事実です。いろんなことが絡みあっている母乳に関する課題を解決するためには、状況を整理し、みんなで議論できるようにすることが大事です。
子育ての課題を次世代に持ち越さないために
我が家は夫婦ともども仕事優先で独身を謳歌し、高齢出産を経て子育てがはじまった共働き子育て世帯、毎日目の前にあることをこなし、仕事も家事、育児をこなして、これはいつまで続くの?と思って、大変でした。周りからは、「いずれ手がかからず、懐かしく思うときが来るよ」と言われて、ほんといつ来るかと思っていました。確かに、0歳、1歳、2歳と子どもが成長するにつれ、だんだんと自分でできることが増え、コミュニケーションが取れるようになり、24時間センサーを張り巡らして赤ちゃんのことを気にする必要がなくなり、みんなが言っていた通り、楽になりました。
しかしながら、このまま懐かしい思い出にしてしまうと、次に子どもが生まれて、共働きをする世帯の課題は解決されないままで、私たちは次の世代に課題を先送りすることになります。そうしないために、課題を提起し、解決に向けて何らかの行動を起こさなければならないという思いが強くなり、それに共感してくれる人たちが現れ、「株式会社こそらぼ」を設立し、活動を開始しました。
会社組織を立ち上げて、活動を始めようとしていた時、ある女性から「女性から子育て支援というものはたくさんあり、男性が子育て支援をすると言い切らないと意味がない」と言われました。そのストレートな言葉に背中を押されて、私たちは男性の視点から子育て世代、特に共働き、高齢出産の人たちを対象として課題を解決することを目標に活動することに決めました。
現在、当社では、多くのお母さんが出産後に悩む「母乳」をテーマに、男性の視点から課題を解決しようと思って、活動しています。現在、医学的に母乳の状態を評価する基準がありません。だから、母乳の状態を評価する基準を作ろうと考えています。そのアプローチとして、母乳の中にいる細菌(マイクロバイオーム)に注目し、母乳中の細菌と赤ちゃんの腸管形成のプロセスとの関係をアカデミアと一緒に研究しています。
ただ母乳の状態が評価できることがゴールとは思っていません。なぜなら、健康な母乳を作るにはお母さんが健康である必要があると考えていますが、現代の出産を控えた女性を取り巻く環境は必ずしも健康な身体を作り出す状態にあると言えないとからです。だから私たちは単純に母乳に関するデータをたくさん集めて、基準を作って、検査する仕組みを作って解決とは考えておらず、ライフスタイルやワークスタイルなどの社会環境の課題についても考えて、少しでも多くの人たちが健康な状態で産前産後を過ごせる社会を実現できるように取り組んでいきたいと考えています。
自分たちだけでこの母乳に関する課題を解決できるとは考えていません。
思いある人たちが、得意分野や専門分野の知識や経験を持ち寄って、共感する人たちを増やしながら、少しずつ粘り強く活動することで、やっと解決できる課題だと思っています。
もし本書を読んで興味を持って頂いた方がいれば、ご連絡下さい。
ぜひ一緒に活動していきたいと思っています。
参考文献
(書籍)
森臨太郎、森亨子「ほんとに確かなことから考える妊娠・出産の話 コクランレビューからひもとく」医学書院(2018)
秋田喜代美「あらゆる学問は保育につながる 発達保育実践政策学の挑戦」東京大学出版(2016)
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