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3章:子育て全般に関する課題【社会科学】

自らの経験から見えた子育ての課題

これまで数年間、子育ての課題を子育ての当事者かつ男性(パパ)としての目線とビジネスという観点から、少し俯瞰的に考えてきました。そこからいくつかの大きな課題があり、それらが複雑に関係していて、簡単に解決できないことを実感しています。この章では、子育てに関する課題を整理してみようと思います。

1)意識の課題
常識や前提を疑う
子育てに限った話ではありませんが、あらゆる常識や前提を疑う必要があります。特に、社会環境が変化する時代こそ、それが求められます。
そのためには思い込みを排除し、多様な意見を認める必要があります。思い込みを排除するためには、考え方や言葉ができた背景や理由を調べることから始め、なぜそれが求められ、なぜそれが受け入れられたかを考える必要があります。今回は「母乳」という言葉から考えることにします。

「母乳」という言葉が誕生したのは大正時代で、1910年ごろと言われています。産業構造が農業社会から工業社会となり、生活の中心が都市部へと変化し始めた時代であり、ヨーロッパから産業や技術だけでなく、生活様式までも吸収して、社会を変えていこうという時代でした。また、この頃、日本でも粉ミルクの製造が始まり、高価であったため広くは普及しませんでしたが、利用する人が出てきました。
「男性が外で働き、女性が家を守る」という考え方が普及し始め、それまでの村という共同体(コミュニティ)という考え方が希薄化し、家族という社会の最小構成で活動することとなりました。とは言っても、すぐには変化が起きたわけではなく、それが何世代か時間が経過することで、核家族という孤立した家族が増えました。
しかしながら、昭和、平成と時代が進んだ現在では、工業社会から情報、知識社会へと変化しており、男性も女性も共に外で働き、家事も二人でする時代へと変化しています。つまり時代背景が当時と異なり、それに合わせて前提も変わるはずですが、「母乳」という言葉は社会環境が変化したのに、その言葉が持つ意味はそのままだということが課題です。「母乳」について母子との関係に閉じて考えることになってしまっているため、第三者に相談しにくい状況にあります。そのため、産前産後の不安なお母さんたちは世間で言われていることを気にして、「呪い」をかけられやすい状況になっています。

男性の意識はファザーリング・ジャパンの活動によって大きく変化した
男性が子育てに参画するように意識が変わり、行動が変わったのは、NPO法人ファザーリング・ジャパン(2009 年設立)の活動の功績が大きいと思っています。「イクメン」や「イクボス」という言葉により、男性が子育てに参画する意識が醸成され、それがかっこいいことだというイメージを作り出しました。
しかしながら、当初はまだ女性が子育てをするものという大正時代からの母性イデオロギーが主流の時代に、男性が女性の子育てを助けるだけで、あくまでも補助(サブ)することで「イクメン」と言われ、注目されましたが、今ではサブではなく、主体的に家事、育児への参画が求められ、ちょっと手伝っている程度では「イクメン」とは言えず、逆に女性から反感をかってしまいます。
また男性の子育ての参画は個人の意識変革だけでは実行できません。社会構造がまだまだ男性主体の仕組みであるため、社会の協力、企業や組織の協力と理解が必要です。今の組織の上層部の男性はほとんど子育てに参画した経験がないため、いくら社会が変わったからと言って、男性の子育て参画が理解できないところがあります。だから上司の協力を得るために、今は「イクボス」を推奨しているという流れとなってきて、社会全体の意識改革が進んでいます。

まだまだ子ども主体に繋がれないパパたち
ママの出産年齢が高齢化していることは知られていますが、それと同時にパパの高齢化と年齢のばらつきも問題となっています。女性は子どもを起点に子育てを話題に会話をママ同士はじめることができますが、男性はそうはいきません。男性同士は相手の年齢や所属している組織や地位の序列、自分より上か下かがはっきりしないと、会話ができません。だから、パパが子どもと公園へ行っても見ず知らずのパパ同士がいきなり、会話をはじめることはありません。多くのパパたちは子どもと公園へ行き、子どもが一人で砂場や滑り台で遊んでいる間、時間つぶしにスマホをいじっている光景がよくあります。
また保育園や幼稚園でパパ参加のイベントがあるとき、何かミッションを与えられると喜んでそれをすると、知人がブログで発信していたことがあり、まさにその通りだと思いました。一人でぽつんとなるよりも、何か目的を与えられて、活動しているほうが、気が楽になるからです。
パパは子育てや子どもに興味がないのではありません。多くのパパたちは何か子どもたちのためにしてあげたいと思っています。自分自身がアイデアを出して企画することは難しいですが、アイデアに乗っかるのであれば、協力するという人がたくさんいます。だから何かを誰かが企画すれば、パパたちの協力は得やすく、イベントをきっかけにパパ同士のパパ友ができやすくなります。

2)家事・育児の分担の課題
(1)共働き子育ての家事、育児の問題
子育て中の家庭では頻繁に家事、育児のことで衝突します。これはほとんどの家庭で起きていることですが、家庭内の問題を第三者に説明しても、本人が不満に思っていることが相手に温度感まで伝わらないことがよくあります。男性からすると、女性から感情的に言われても理解できないので、この章では問題を構造化することに取り組んでみようと思います。

図3-1

(図3-1ライフステージにおける家事負担の変化)

 (2)家事・育児には得意、不得意がある
実は男性も女性も、家事、育児には得意不得意があり、できることできないことがあるということを、お互いに認め合う必要があります。そのためには、家事と育児と分類するのではなく、育児を遊び相手とお世話に分けて考えます。女性だから赤ちゃんが好きでお世話ができると思っている人が多く、それができずに悩んでいる女性が多く存在するのも事実です。一方、子どもといつも一緒にいる男性は子育てに積極的な印象を持たれますが、一切家事はできないという男性がいます。できるから良い、できないから悪いではなく、できる人ができることを行い、できないことは誰かに助けてもらえば良いと考えると、精神的に楽になります。
そもそも共働き子育て世帯で、仕事と家事、育児を二人で行おうとすると、少しでも仕事の比重が高まったり、家事、育児での負担が増えてしまうと、リソースは不足します。そのリソースを補う方法としては、二人で補完し合う方法と外部にリソースを求める方法、合格点を下げる方法とがあります。誰かに助けを求めるため、外部のサービスを利用することは悪いことではないので、自分たちにとって最適な選択肢を選択することで、イライラを溜めずに、気持ちに余裕を作ることが大事だと思います。

(3)子どもの成長とともに家事、育児のバランスが変わる
産後すぐは赤ちゃんに意識が集中し、育児はお世話が中心です。数時間おきに授乳とおむつ替えが必要となり、まとまった睡眠時間がとれない時期が続きます。産休の間は寝ることができるときに寝ることで休息はとれますが、仕事に復帰してもお世話は続き、夜中もまとまった睡眠がとれずに体力的に辛い状況となります。この時期に、家事と育児をすべてこなして、仕事もトップスピードに戻すというのは至難の業です。だから、何かの優先順位を落とし、自分一人でやろうと思わず、パートナーとの分担や分業、それでも不足するリソースは外部のリソースを活用することが必要です。ただ母乳による授乳はパパにはできないことなので、それ以外をどうするかが大事です。
日本ではベビーシッターを頼むことに抵抗をもつ人がまだまだ多いですが、使える可能性があるオプションは全部試すくらいの気概が必要な時期です。

生後半年くらいすると、育児もお世話だけでなく、遊び相手が求められてきます。赤ちゃんにも動きが出てきて、人とかかわることでいろんな感情が表情にも現れてくるので、赤ちゃ
んと遊ぶ時間が増えます。この時期くらいから赤ちゃんと遊ぶことの得意、不得意が課題になります。ずっと遊んでいても苦にならない人とそうでない人がいます。赤ちゃんと遊ぶことが苦手な人は赤ちゃんと一緒に参加できるベビーヨガや絵本読み聞かせなどの子育て支援イベントを活用しましょう。都市圏であれば毎日児童館や公園、商業施設などでたくさんイベントが開催されているので、赤ちゃんと一緒に参加し、自分と赤ちゃんという1対1の関係にせず、赤ちゃんを中心に1対多の関係にすることも1つのアイデアです。
また赤ちゃんとずっといると大人と話がしたくなりますが、赤ちゃんと一緒にいても気を遣わない場所がなかなかないため、赤ちゃんがいる家で複数の家族が集まり、ホームパーティを開催すると、赤ちゃんに慣れた人が順番に赤ちゃんの遊び相手をしてくれるので、一息つくことができます。

3歳くらいになると、子ども同士で遊びはじめ、常に親と子との関係だけではなく、育児の遊び相手という内容が変わってきます。四六時中、遊び相手を求められなくなり、また育児のお世話も少しずつ手が離れていきます。自分のことは自分できるようになり、食事も自分で食べるようになります。とはいえ、まだまだテーブルいっぱいにこぼしながらなので、目が離せませんが。コミュニケーションができて、意思疎通ができるようになるので、育児の遊び相手もお世話もかなり楽になります。

小学生になると、自分のことは自分でできるようになり、親と遊ぶより友だちと遊ぶようになるので、遊び相手もお世話もほとんどしなくてよくなります。

図3-2

(図3-2 子どもの成長と親の係わりについて)

(4)「自分の時間」の重要性
子育てはママが自分一人でしなければならないと考えずに、まわりの協力を得ながらすればよいと思うと余裕が生まれます。そして協力をしてくれる人たちは親やパパだけでなく、周りにはたくさんいます。そして、自分の時間を確保し、心の緊張を開放することも大事です。そうしないと、日々必死に過ごしていると、余裕が生まれず、イライラ、不満が蓄積されてしまうからです。

(5)子育ては夫婦(ママとパパ)で話し合いながら進めるものへ
当社がWebアンケート調査を何度か実施した結果から、子育ては夫婦で話しながら行っているという実態が見えてきました。アンケート調査に協力いただけるという時点で、子育てに関心がある人を対象にしているため、世の中全体でということは難しいと思いますが、傾向としてはそのような流れだと考えてよいと思います。ママが育児に関して相談する相手の1位は実母ですが、2位はパパです。またパパもママからどれくらいの頻度で相談

があるか質問すると、頻繁にと回答した人が8割を超えていました。そして、そのパパは相談を受けたことを解決するために、ネットや同僚・友人に聞くという回答が多かったです。
ママ一人で悩まないということは大事なことであり、男性も子育てに積極的になっています。そして、男性は子育てを「お手伝い」ではなく、当事者として主体的に活動する時代になっています。

3)出産、育児に関する協力体制に関する課題
母乳に関する悩みは今も昔もあった
当社では母乳の健康度をアカデミアと協力し、評価する仕組みを作ろうとチャレンジしています。その準備の過程で過去の歴史を調べる機会がありました。日本だけでなく、海外でも「乳母」と言う仕組みがあり、粉ミルクなどの代替品がなかった時代、その問題はさらに深刻でしたが、社会で解決を試みていたことがわかりました。

子育ては江戸時代、村(共同体)という社会(=ネットワーク)で行っていましたが、医療の進歩、衛生状態の改善、そして産業構造の変化によって、農村から都市で生活するようになった大正時代ごろから、先に述べたように「良妻賢母」という考え方が広がっていきました。しかし、昭和から平成の時代に女性の社会進出が進み、女性も大学へ進み、男女関係なく仕事をする時代となったことで、従来の「良妻賢母」という考え方が成り立たななくなっています。核家族化が進み、身近に子育てを支援してくれる家族がいない場合、夫婦二人で仕事と育児を行う必要があり、従来と同じレベルで仕事も育児も行おうとすると、リソースが2倍必要となります。では二人という条件を変えずにパフォーマンスを維持しようとすると、2倍の負荷がかかり、どこかで頑張りすぎて限界に達してしまいます。この不足するリソースをどのように確保するかという方法とリソースを利用してもよいのだという精神的な壁が課題になっており、根本的にやり方を変えることが求められています。特に、後者は大正時代に作られた良妻賢母という考え方の基礎となる母性イデオロギー、「母親は〇〇すべき」という価値観は社会にかなり根深く浸透しており、女性は我が子を何とかして自分で育てなければならないという思いが強く作用します。しかしながら、多くの前提条件が当時と変わっているので、その変化を考慮した新しい価値観が求められています。イデオロギーなるものを変えることは相当にハードルが高いですが、それができればいろんな選択肢を選び、多様な子育てが実現できます。

新しい考え方を受け入れることがすぐにできませんが、周りには協力してくれる人がたくさんいます。そしてその人たちに助けをもらおうと思えば、現代社会における子育ての「ネットワーク」が新しく誕生すると思っています。

4)子育て支援に関するマッチングの課題
私たちが起業してから子育て応援、支援をしている人たちと接点をもち、情報交換を行ったり、情報発信のお手伝いをさせてもらっていて感じることは、ほんとみなさん熱心であり、自分たちの金銭的な損得とは関係なく、子育て中のお母さんや子どもたちのためになんかしてあげたいと思っている人が多いということです。ビジネスの世界にいると、「これをしたらいくら儲かる」、「これをしてもメリットがない」などという考えによく出会いますが、子育て応援、支援をしている人たちにはあまりそのような考え方をする人がいません。ただ思いだけではそれを継続することも難しく、それをビジネスとして成立させている人は少ないのが現実です。しかしながら、この熱い思いを持って活動している人たちと子育て支援を必要とする人たちとの接点が少ないことが大きな課題だと感じています。
様々な情報をスマホやネットで取得することができるようになりましたが、地域(エリア)を絞り込むと該当する情報がほとんどありません。特に、赤ちゃんが小さい頃の移動手段はベビーカーかつ徒歩となると、その活動範囲は半径800mくらいしか活動できないため、その狭い範囲を対象とする情報にスマホからはたどり着かないということは深刻です。

5)育児に関わる専門家とのコミュニケーケーションの課題
初めての出産、育児は、自分たちで頑張ってという状況になります。妊娠期に両親学級などに参加して、なんとなくこんな感じでするのかなぁという程度の知識を得て、いきなり本番という状況に多くのママ、パパが置かれ、不安を感じながら子育てをしています。
その背景には、核家族で兄弟姉妹も少ない環境で育っているので、自分たちが子どもの頃、赤ちゃんのお世話を見たり、経験もしていないので、自分の子どもが初めてということで、戸惑うのです。
なお、原田正文先生(大阪人間科学大学社会福祉学科 精神科医)は、「大阪レポート」「兵庫レポート」で子育てを開始した生後4ヶ月の頃に、近所に気軽に話をしたり、赤ちゃんのことを話したりできる人がいるかということを、1980年生まれと2003年生まれで比較しました。1980年生まれでは、15.5%が周りにはいないと回答していますが、2003年の調査では、34.8%がいないと回答しており、その傾向はより顕著になっています。

図3-3

(図3-3 大阪レポート・兵庫レポート(1))

海外では、産後1−2ヶ月は専用の施設、産後ケア施設で母子同室で、お母さんの産後の回復と赤ちゃんの育児の最初を支援する仕組みがあり、専門家に育児を教えてもらいながら進めることができます。日本でも少しずつ注目されはじめていますが、まだまだ認知度が低く、ほとんどの人たちはいきなり育児がスタートし、なんとか自分たちでしているという人たちが主流かと思います。
 このような状況に対して、産後ケア施設のような至れり尽くせりのような仕組みを、いきなり作ることは困難ですが、育児をいきなり一人で始めるという状況を改善するため、妊産婦と専門家がいつでもコミュニケーションができる仕組みを作り、孤立を防ぐことはすぐにでもできると、私たちは考えています。そのように専門家が産前産後に介入して妊産婦をケアすることで、妊産婦の心理的な負担を軽減し、産後うつに罹患する人の比率が低下するという報告も出ており、有効な手段であると考えられています。

(医療従事者による産前産後ケアの有効性)
Meghan A Bohren., et al. Continuous support for women during childbirth. Cochrane Systematic Review - Intervention Version published: 06 July 2017


6)親になるための教育の課題
現状の育児は、いきなり始まります。だから事前に学ぶが機会が必要なのです。
それは妊娠期の直前の両親学級だけでなく、学校教育の中にあっても良いのではないかと思います。全ての社会の課題の解決を学校教育に求めることには疑問ですが、家族構成が変わってきたことで、子どもの頃に経験することも変化しており、生きていく上で必要な知識や経験が不足しているという課題は、育児だけでなく、妊娠、出産においてもあると思っています。その不足していることを若年期から学ぶことで補うことができるのであれば、それは1つの解決方法かと思います。

少し古いデータになりますが、先に引用した原田正文先生の「大阪レポート」と「兵庫レポート」との比較で、示されています。「自分に子どもが生まれる前に、他の小さい子供に食事を与えた経験、おむつを替えた経験はありますか?」という質問に対して、1980年では40.7%が経験なしと回答し、2003年では54.5%が経験なしと回答しています。その傾向はより顕著になっています。

図3-4

(図3-4大阪レポート・兵庫レポート(2))

実際、結婚や妊娠をテーマにした子ども時からライフステージに合わせたプログラムが開発されていたり、赤ちゃんが生まれた後にお母さんになるための教育を受けることができる学校が誕生したりしています。学ぶことで不安や悩みが解消できるのであれば、学ぶことができる環境を準備する必要があります。


7)情報が多く、正しい情報にたどり着けない課題
出産、育児に関する情報は雑誌やインターネット、ブログ、SNSなど様々なメディアとママ友や親や兄弟姉妹から得ることができますが、それらの情報が必ずしも正しいとは言えないということが課題です。多くの場合、情報となるソースが経験に基づくもので、全ての人に適応しても同じ結果にならないということが、情報を受け取った側の不満を募らせ、不安になる原因になっています。また一部の情報を切り取って、商品を売り込むために情報を活用しているような人たちもいるため、それらの情報から正しい情報を選択できるようになる必要があります。つまり出産、育児に関する情報は、科学的根拠(エビデンス)に基づいた情報よりも経験に基づいた情報が多いのが現実で、今後はサイエンスの視点を入れて検証可能な状況を作っていく必要があります。



マクロ的な視点での子育てに関する課題について

1)社会環境についての課題
厚生労働省は、2001年から母子の健康水準を向上することを目的に、「健やか親子21」
という活動を行なっています。母子保健はすべての子どもが健やかに成長していく上での健康づくりの出発点であり、次世代を担うすべての子どもたちを健やかに育てるための基盤となると考えてきました。またこの活動から生まれたものとして、妊産婦に対する「マタニティーマーク」が有名です。

図3-5

(図3-5 マタニティーマーク)

この「健やか親子21」は安心して子どもを産み、健やかに育てることの基本となる少子化対策としての意義だけでなく、少子化社会において国民が健康で明るく元気に生活できる社会の実現を図るための国民の健康づくり運動(「健康日本21」)の一翼を担ったものになっています。「健康日本21」とは国民の健康寿命を延ばすことを目的とした活動で、2000年から始まりました。一方、「健やか親子21」は、2000年に「健やか親子21検討会報告書」が公表され、その翌年2001年に「健やか親子21」の第一次計画(2001-2014)が開始され、現在は第二次計画(2015-2025)が展開されているところです。


「健やか親子21」において子育てに関する課題認識としては、下記のように捉えられています。

・少子化の進行
・晩婚化、晩産化と未婚率の上昇
・核家族化、育児の孤立化等
・子どもの貧困
・母子保健領域における健康格差(小学生の肥満児の割合、三歳児のむし歯など)

第一次計画の報告から悪化傾向が見られる事象として、下記の2つの項目があり、次の第二次計画においてその課題に対する対策が図られているところです。

・十代の自殺率
・全出生数中の程出生体重児の割合

第二次計画では2025年に「すべての子どもが健やかに育つ社会」を目指して、すべての国民が地域や家庭環境に関係なく、同じ水準の母子保健サービスが受けられるようにと取り組んでいて、その重点課題はこちらです。

基盤課題A 切り目のない妊産婦・乳幼児への保健対策
基盤課題B 学童期・思春期から成人期に向けた保健対策
基盤課題C 子どもの健やかな成長を見守り育む地域づくり
重点課題① 育てにくさを感じる親に寄り添う支援
重点課題② 妊娠期からの児童虐待防止対策

2)出生環境についての課題
(1)高齢出産率が高まる
現在の第1子出産のお母さんの年齢は30歳を超えています。また35歳以上での初産というお母さんも25%を超えており、全体では28.5%(2016年)とかなりの割合で、高齢出産の傾向が強くなっています。1975年では35歳以上での出産は3.8%だったことを考慮すると、急速にその割合が増えていることがわかります。また出産年齢の平均が上がっている理由は、女性の高学歴化が進んでいることが起因していると言われています。確かに、最終学歴が四年制大学という女性が増えている時期と重なっており、学校を卒業してから5年くらいで出産ということは依然と変わらないようです。
高齢出産における課題は身体的な課題以外に、コミュニケーションなどの精神的な課題も含んでいることが最近わかってきました。
35歳以上、所謂「アラフォー」という世代のママたちは、若いママたちとコミュニケーションができず、孤立してしまい、悩んでいるママが多いという実態があります。そのような課題を解決するためにアラフォーママネットワークというコミュニティ活動を全国に展開している組織があり、高齢出産における育児の悩みを抱える同年代の子育てコミュニティとして機能しています。

図3-6

(図3-6 出産年齢と最終学歴との相関)

(2)出生体重の低体重化、早産率の増加
赤ちゃんの出生体重の平均は少し古いデータですが、下記のように小さくなっています。

男児 3240g(1975年)→3040g(2009年)
女児 3140g(1975年)→2960g(2009年)

小さく産んで大きく育てようと言う方針もありますが、それと同時に早産率が高まっています。

2500g以下での出産 5.1%(1975年)→9.6%(2009年)

図3-7

(図3-7 出生体重について(1))

図3-8

(図3-8 出生体重について(2))

その背景には、若い女性の痩せすぎ、痩せ願望からくる低栄養の課題があるのではないかと指摘されています。

図3-9

(図3-9 やせ願望について)

なぜこのことを指摘するかというと、イギリスの公衆衛生学者であるデビッド・バーカー先生がイギリスで大規模なコホート研究から導いた「バーカー仮説」があるからです。
第二次世界大戦の時に、妊娠していて飢饉に直面した女性、つまりは妊娠時に栄養状態が悪かったお母さんからは早産になる傾向があり、出生体重は小さかったという結果があります。さらにその子どもたちの成長を追跡し、その子どもが50歳になった時まで追跡し、調査した結果、成人病になっている比率が高かったというものです。
この結果から「バーカー仮説」が作られ、妊娠期の栄養状態と早産、出生体重、そして成人後の成人病リスクの高まりとの関係に関する研究が世界中で進んでいます。
この仮説が正しいとするならば、現代の日本のお母さんたちの妊娠期の状態は、子どもの将来の成人病の発症リスクという観点から見直しが必要と思われます。

(バーカー仮説)
D J Barker ., The fetal and infant origins of adult disease. BMJ. 1990 Nov 17; 301(6761): 1111.

(3) 日本の子育て支援と女性の社会進出の状況について
女性で妊娠するまで仕事をする人は70%を超えて少しずつ増えてきています。また日本は諸外国と比べて、妊娠、出産による離職する人が多く、これまでM字カーブが急だと指摘されていましたが、最近は少し緩いカーブになってきました。

図3-10

(図3-10 女性の有職者 年齢別)

男性も女性も仕事をする時代へ
「男女共同参画白書」(平成30年度版)から第1子出産時の就業継続に関する調査レポートがあります。

図3-11

(図3-11 第一子における母親の年齢に関する推移)

出産における女性の仕事の継続について
2010-2014年では出産前の女性の就業率は72.2%で、その内46.9%(全体33.9%)が第一子出産後に離職しおり、出産後も継続して働く女性は53.1%(全体38.3%)という状況です。出産後に仕事を継続する女性はそれまでは40%ぐらいで推移していましたが、最近は50%を超え、子育てをしながら仕事をするという傾向がより強くなってきています。

図3-12

(図3-12 女性の仕事の継続性について)

合計特殊出生率について
2005年に1.26となってから、2017年に1.43まで回復しました。

図3-13

(図3-13 出生率の変化)

共働き世帯の増加について
子どもの有無には関係なく、世帯総数に関する割合で増加。
男性の家事、育児の参画に関しては諸外国との比較では低水準という結果でした。

図3-14

(図3-14 共働き世帯数の変化)

また新たな課題としては虐待や貧困の問題が顕在化してきました。

児童虐待対応件数 1,101件(1990年)→13万件(2017年)
また保育施設での重篤な事故件数が急増しています。

図3-15

(図3-15 児童虐待相談件数の推移)

図3-16

(図3-16 母子世帯になった時の末子の年齢階級状況)

図3-17

(図3-17 出生体重の低下および1500g以下の比率「健やか親子21(第2次)」参考資料P13)

図3-18

(図3-18 10代の自殺  「健やか親子21(第2次)」参考資料P51)

図3-19

(図3-19 10代の妊娠・中絶 「健やか親子21(第2次)」参考資料P54)

3)生活環境についての課題
清潔すぎる生活環境
以前、ある小児栄養に関して世界的に有名なアラン・ルーカス先生(ロンドン大学)の講演を聞きに行った時、「最近の赤ちゃんは土に触れない」と指摘され、その結果鉄分が不足している。昔赤ちゃんは土の上で転がっていたり、地面に手をつき、その手を舐めたりして、土が口からお腹の中へ入ることで、土から必要な成分を吸収していたのだろうと説明されていました。
またジャック・ギルバード先生(シカゴ大学 マイクロバイオームセンター長)が書いた「子どもの人生は「腸」で決まる(原題 “Diet is Good : The Advantage of Germs for your Child’s Developing immune system”)」という本では、早い時期から動物に触れ、土に触れることで、生きて行くために必要な細菌を得る必要があると説明しています。

気密性の高い居住空間について
最近の住宅は戸建てもマンションも気密性が高まり、隙間風などなく快適に過ごすことができますが、気密性が高まったことで、カビや菌が繁殖しやすく、アレルギーを引き起こす可能性が高まっているという報告があり、意識的に、換気をして空気を入れ替えることで、通気性を高めた方がよいようです。

高層かつ集合住宅(タワーマンション)
子どもが生まれたので自宅を購入するというケースはよくあると思います、また非常にお洒落なイメージのある高層マンション、所謂「タワーマンション」ですが、子育てという観点からすると、地域とのコミュニケーションという観点で課題があることがしばしば報告されています。

タワーマンションのエリアとその地域とのギャップ
タワーマンションが建つエリアは周りの地域とギャップが存在しています。タワーマンションが建設される前からその地域に住んでいた人とタワーマンションへ移り住んできた人では、職業や所得、価値観が異なることが多く、赤ちゃんを連れてタワーマンションのエリア内の公園へは連れて行けるけど、エリア外の公園へは行けないという人がいると聞きます。だから、外へ出かける機会が減り、ずっと部屋で過ごすようになり、ずっと赤ちゃんと一緒にいることになり、お母さんは精神面できつくなるようです。
このような課題に対して、タワーマンションがたくさん建つエリアには大型のショッピングモールがあるので、そこにママたちが集えるコミュニティスペースやママ向けのスクールなどが提供され、ママ同士、子ども同士交流するきっかけを提供している会社が出てきています。

またもう1つの課題はタワーマンションに限らず、最近のマンションはオートロックが標準となったことで、行政の担当者や保健師が自宅を訪問し、子育て世帯の家庭の事情を観察しようと訪問しても、中へ入ることができません。行政担当者は、家の中の様子を知ることができないため、幼児虐待や育児放棄、お母さんの産後うつなどの兆候を早期に検知し、早いタイミングで介入していこうと考えていますが、物理的な障壁によって介入できないという課題があるようです。

参考文献

(書籍)
常見陽平「僕たちは育児のモヤモヤをもっと語っていいと思う」自由国民社(2019)
ジャック・ギルバート、ロブ・ナイト、サンドラ・ブレイクスリー 「子どもの人生は「腸」で決まる」東洋経済新報社(2019)
原田正文「子育ての変貌と次世代育成支援 兵庫レポートにみる子育て現場と子ども虐待防止」名古屋大学出版(2006)
内田明香、坪井健人「産後クライシス」ポプラ社(2013)
狩野さやか「ふたりは同時に親になる 産後の「ずれ」の処方箋」猿江商會(2017


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