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11章:母乳のメカニズム

母乳の複雑さと凄さ

母乳に関するメカニズムはとても複雑で、実はまだまだわからないことだらけで、現在も研究中です。
本書は、母乳を研究している専門家が対象ではなく、母乳についてはじめて学ぶ人、特にこれからパパになる予定の男性を対象と考えているので、テーマごとに整理し、分かりやすく説明しようと思います。

母乳は血液からできる
男性は母乳が血液からできているということを意外と知りません。
実際、母乳の中に含まれる白血球は血液中の白血球と比べると、100倍から500倍の白血球が含まれていると言われています。特に、初乳は白血球が多く含まれていて、赤ちゃんがお腹の中から出てきて、自分の体を自分の免疫で守らなければならないため、その支援をすることになります。だから、初乳を赤ちゃんに与えることは大事と言われる所以です。

血液は赤いのに、なぜ母乳は白いのか?
血液が赤いのは、ヘモグロビン色素を含む赤血球が赤いからです。
また、血液を構成する成分には、大きく「血球成分」と「血漿(けっしょう)成分」とがあります。
血球成分とは、赤血球、白血球、血小板と分類でき、それぞれは固有の形状をしていて、別々の機能をもっています。またそのほとんどは赤血球です。
血漿成分とは、血液から血球成分を除いた液状成分のことで約90%は水分で、残りの約10%が固形成分となり、主なものは炭水化物、たんぱく質(アルブミン、フィブリノーゲン、免疫グロブリン)、脂質、ミネラル(カルシウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、鉄、銅、リン等)などを含んでいます。そして、血漿成分の色は淡い黄色です。

乳はなぜ白いかについて、ちゃんと研究している人がいます。
明治乳業のWebサイトにそれを詳しく解説されているコンテンツがあります。

明治乳業Webサイト 「牛乳はなぜ白いのですか」
http://qa.meiji.co.jp/faq/show/1482

乳が白く見えるのは、乳の中の脂肪とたんぱく質に関係があるとのことです。乳は赤血球を含まないから赤くないというのは半分正解で、残り半分の理由があります。
例えば、乳と同じように血液から作られる汗や尿も赤血球が含まれないので透明です。ではなぜ乳は汗や尿とも違って白く見えるかですが、脂肪やたんぱく質が液体に溶けて、分散して存在していているので、そこに光が当たるから白く見えるということらしいです。もう少し詳しく言うと、たんぱく質でもカゼインと言う物質が、母乳を安定した水溶液に保つ役割を持っています。水分中に均質に分散した状態(粒子)となることで、水に馴染むところが光を反射する性質があり、白色光を反射するので白く見えます。
このような現象を散乱現象と言いますが、私には説明ができないので、辞書に頼ることにします。ブリタニカ国際大百科事典によると、散乱とは波がその波長に比べて小さい標的に入射するとき,その標的を中心として,外向きの波ができる現象ということで、平たく言うと、液体の中にある粒子に光があたることで、白く見えているということです。

母乳はどれくらい作られるのか?
まず血液の量が人はどれくらい体内にあるのかを考えます。
血液のことなので、日本赤十字社のWebサイトを探してみました。

日本赤十字社Webサイト 「血液の基礎知識」
http://www.jrc.or.jp/donation/first/knowledge/

血液は体重の1/13くらいだそうです。
たとえば体重が50㎏ぐらいの人だと、3.8ℓぐらいの血液があることになります。
※血液は1kgが1ℓとなります

1mlの母乳を作るのに、血液が乳房を400-500mlが通過すると言われています。
一日に赤ちゃんが母乳を飲む量は生後1ヶ月でおよそ650mlと言われていので、1日あたり乳房を通過する血液の量はなんと260ℓとなります。
また血液は心臓から出て心臓に戻る時間は30秒くらいと言われています。

ちなみに赤ちゃんが飲む母乳の量を計算式があります。
1日あたり
(70〜80)*(生後日数-1)ml

1回あたり(1日当たり7回くらい飲むので)
(10〜20)*(生後日数-1)ml

母乳はどのように作られるのか?
母乳は血液からできていると述べましたが、ではどのように作られるのかについて解説します。体の体液で有用な物質が出るということを、分泌と言います。逆に体から不要な物質が出ることを、排泄と言います。分泌は線細胞という細胞が働くことで起こります。母乳の場合は、乳腺細胞でその作用が起こります。つまり、母乳は乳腺で作られ、乳腺細胞は乳房全体にあるので、乳房で作られると言うことになります。
赤ちゃんが母乳を飲むための乳頭は乳管と言う管がつながり、乳管の先に乳腺小葉であり、その末端に乳腺胞があります。この乳腺胞と血管とつながり、体とつながっています。乳腺胞を包む乳腺細胞で、脂肪、タンパク質、糖質などの母乳の栄養成分を作ることができます。また母乳に含まれる抗体は乳腺細胞の近くにある形質細胞で作られ、乳腺細胞を通って母乳として提供されます。

母乳の成分について

母乳の成分というと、いろんな基準で分類することができます。
一番大雑把な分類では、食事と薬と表現できます。食事は栄養で、薬は赤ちゃんが病気にならないようにするための抗体などの成分、詳しくは知らないけど、そんな感じと思っている人が多いのではないでしょうか。

また医学の世界で研究対象として、栄養、細胞、ホルモン、酵素(エンザイム)、輸送体、サイトカイン、免疫調整、成長因子と分けて、複雑な組織と考えられていて、いろんなテーマで研究が進められています。このレベルで理解するのはかなり難しいので、主要なテーマに絞って説明するようにします。

図11-1

(図11-1 母乳を構成する要素)


1)栄養について
母乳の中に含まれている栄養素は、炭水化物、脂質、たんぱく質、ミネラル、ビタミンであり、90%以上が水分で構成されています。これだけ言われても、だからって感じですね。
そもそも栄養素のそれぞれがどのように機能するか知らない方が多いと思いますので、簡単に説明します。

(主要栄養素)
(1)炭水化物(または糖質): 7.2%
体を動かすためのエネルギーで、デンプンやグリコーゲンなどの形で貯蔵もされます。また細胞間の連絡物質して機能します。

ラクトース
グルコース
ガラクトース
オリゴ糖

(2)脂質: 3.5%
体内でエネルギー源となり、細胞膜を構成する成分や生理活性物質として働きます。

中性脂肪
リン脂質
スフィンゴ脂質
ステロール
脂肪酸

(3)たんぱく質: 1.1%
骨格や筋肉などの体を作るために必要な物質で、食べ物中のタンパク質は消化され、アミノ酸に分解されて、体に吸収されます。

カゼイン
ホエイ
アミノ酸
ムチン

(4)ミネラル: 0.2%
体の維持、調整を行うための物質で、体の構成成分になります。

カルシウム
リン

亜鉛

マンガン
マグネシム
ナトリウム
カリウム
塩素
イオウ

(微量栄養素)
(5)ビタミン
体の維持、調整を行うための物質ですが、体の構成成分にはなりません。

ナイアシン
チアミン
ビタミンB6
ビオテン
葉酸
ビタミンB12
ビタミンC
ビタミンD
ビタミンE
ビタミンK

母乳だけで赤ちゃんを育てるとなかなか体重が増えないと心配している人がいます。粉ミルクは母乳に含まれている成分を参考に栄養素を考えて、構成されているので、赤ちゃんの体重が増えやすい傾向があります。しかしながら、粉ミルクや液体ミルクなどの人工乳は、栄養素を中心に考えられているので、不足する成分として抗体や細菌があります。

2)免疫について
「赤ちゃんは生まれてから6ヶ月くらいは風邪をひかない」ということを聞いたことがあるかもしれませんが、これは必ずしも正しいと言えません。
人の体は外部の病原菌に対して免疫という仕組みが機能することで、守られています。免疫とは体を守るための仕組みで、体内に入った異物を攻撃、排除しようとする反応を「自然免疫」と言い、自然免疫をすり抜けて侵入した病原体に対して、リンパ球が働き、異物を排除しようとする仕組みを「獲得免疫」と言います。
この獲得免疫は抗原(病原体)と出会いながら、抗体を作っていきます。そして、体内に侵入した病原体は認識、記憶されるので、再び同じ病原体が侵入してくると強く反応することができる特徴があります。だから、生まれたての赤ちゃんが出会う病原体は初めてのものばかりで、抗体を持っていないので、もっとも免疫の力が弱い状態であると言えます。

ただ赤ちゃんはお母さんのお腹の中にいるときに、へその緒を通じて免疫グロブリン(IgG)というたんぱく質をもらっていて、自分でIgGを産出できるようになるまで、赤ちゃんの体を守ってくれています。このお腹の中で得たIgGが生後6ヶ月くらいまで残っていると言われています。(注1)
またお母さんからもらった免疫(IgG)だけでは感染を防ぐことができない病気もたくさんあります。例えばインフルエンザウィルスやRSウィルスなどのウィルスや細菌、肺炎マイコプラズマなどの病原体などです。これらにかかると重症化する恐れがあるので、注意が必要です。

(参考)日本小児科学会 こどもの救急 http://kodomo-qq.jp/
(注1)医学院「助産学講座母子の基礎科学 新生児の免疫学的特性第5版」P168(確認要)

3)抗体について
免疫を機能させるためには、免疫反応を起こすたんぱく質である抗体(免疫グロブリン)が必要です。お母さんのお腹の中にいる間は、胎盤を通じて胎児へ悪いものが入らないようにしているので、胎児が抗体をもつ必要がありませんが、お腹から出てきた赤ちゃんは自分で守る必要があります。だからお母さんから母乳を通じて免疫グロブリン(たんぱく質)をもらうことになります。特に、初乳に免疫グロブリンの1つである抗体IgAが多く含まれています。

免疫グロブリンには、IgG、IgA、IgM、IgD、IgEの5種類があります。

IgG
血液中に最も多く含まれており、免疫グロブリンの70〜75%ほどを占めています。
様々な抗原(細菌、ウィルスなど)に対する抗体を含んでいます。

IgA
人の腸管や気道の粘膜や初乳に多く含まれており、局所で細菌やウィルス感染の予防に役立っています。免疫グロブリンの10〜15%を占めます。

IgM
細菌やウィルスに感染した時、最初に作られる抗体で、そのあとIgGが本格的に抗体を作る仕組みになっています。つまり、病気の時、血液中のIgMを調べることで、どんな感染症に罹患しているかを調べることができます。免疫グロブリンの10%くらいを占めます。


IgD
量的には少なく、免疫グロブリンの1%以下です。まだどのような機能かわかっていません。

IgE
免疫グロブリンの中で最も量が少なく、免疫グロブリンの0.001%以下しか存在しません。気管支喘息やアレルギーを起こす抗体です。


4)細菌について
母乳の中にも細菌がいます。これは最近の研究で明らかになったことで、それまでは母乳中に存在する細菌は、お母さんの乳房や皮膚の細菌が混入されたもので、母乳に存在する細菌ではないと考えられていました。
母乳中にいる細菌は、腸に腸内細菌がいるように、母乳の中にも母乳細菌(まだ言葉がありませんが)がいて、乳腺に細菌叢(フローラ)があることが分かっています。細菌と言うと、何となく悪さをするイメージがありますが、腸内細菌と同様に善玉菌、悪玉菌と分類することができます。母乳の細菌の状態は赤ちゃんに何らか作用すると考えられていますが、まだ研究段階でこれから徐々に解明されていくと思います。

(母乳に関するメタゲノム解析の結果)
Tonya L Ward, Sergey Hosid, Ilya Ioshikhes, Illimar Altosaar : Human milk metagenome: a functional capacity analysis. BMC Microbiology volume 13, Article number: 116 (2013)

母乳中には、ラクトバチルス菌やビフィズス菌などの乳酸菌が多く含まれていますが、お母さんの健康状態によって細菌の種類が変わるという報告あります。1回の授乳で10万個の細菌が赤ちゃんの腸の中へ入ると言われています。また出産時の分娩方式が経膣分娩か帝王切開かで赤ちゃんの腸内細菌の構成が変わるということは知られていますが、陣痛を経験したか陣痛を経験してないかで、母乳中の細菌は変わるという報告があり、細菌に関してはまだまだ未知な領域です。

一方、人体に対して細菌に何らかの働きを促そうと考えたとき、2つのアプローチをします。1つは細菌自体を増やす方法(プロバイオティクス)と、もう1つは細菌に食餌を与える方法(プレバイオティクス)とがあります。
赤ちゃんは母乳の中にいる細菌を取り込むことで、腸内の細菌を増やそうとします、これをプロバイオティクスと言います。一方、プレバイオティクは、母乳の中にいるヒトミルクオリゴ糖がその役割を担っており、ヒトミルクオリゴ糖が赤ちゃんの腸内にいるビフィズス菌の食餌となり、赤ちゃんの腸内細菌の活動を活発にして、外部からの攻撃を守ろうとします。つまり免疫の機能が働きます。最近の研究では、母乳の中にいる細菌とともにヒトミルクオリゴ糖の重要性が注目されていて、研究が進められています。
実は人の母乳にはヒトミルクオリゴ糖が種類も量も多く含まれていますが、牛の乳にはオリゴ糖はあまり含まれておらず、種類も少ないことがわかっています。だから、人工乳では母乳に近づけるため、人工的に作ったガラクトオリゴ糖でも同じような効果があることがわかっているので、人工乳にガラクトオリゴ糖が添加されています。

浦島匡, 朝隈貞樹, 福田健二:「ヒトミルクオリゴ糖の生理作用」 Milk Science Vol.56, No.4 2008

ビフィズス菌の働き
先ほどからビフィズス菌と言っていますが、何となく体にとっていい細菌だろうと言う前提でお話をしてきましたが、どんなに良いかをこれから説明します。ビフィズス菌が住む腸管は食物から栄養素を取り込むだけでなく、口から侵入してくる病原菌と戦う機能も持っています。そのために腸管では免疫細胞が腸管免疫系として機能して、分泌型IgA(タンパク質)が悪玉菌を体外へ排出し、腸内細菌叢の多様性を確保するように機能しています。
また、バランスが良い腸内細菌叢は腸管免疫系の発達を促し、分泌型IgAを作り出す能力を高めます。つまり腸内細菌叢と腸管免疫系の間で協力しあって体を守っているのです。

これらのビフィズス菌に関する機能についてはまだまだわかっていないことが多いですが、日本人の研究チームの活動によってビフィズス菌(プロバイオティクス)とヒトミルクオリゴ糖(プレバイオティクス)との関係において、ビフィズス菌がどのようにヒトミルクオリゴ糖を利用しているかと言うメカニズムが解明されました。

だんだん深い話になってきたので、ビフィズス菌とヒトミルクオリゴ糖の話はこれくらいにします。

5)ホルモンについて
赤ちゃんを妊娠してから出産、授乳と言う過程でホルモンの分泌が変わります。
これをわかりやすく和光堂のWebサイトで解説されています。さすが、日本で最初に粉ミルクを発売された会社だけあって、わかりやい説明なので使わせて頂きます。

和光堂 Webサイト「母乳のはなし」
https://community.wakodo.co.jp/community/milk/breastmilk/mechanism.psp.html


妊娠期
プロラクチンとプロゲステロンと言うホルモンの分泌が増えます。プロラクチンは乳腺の発達を促し、プロゲステロンは母乳が出ないように抑える作用があります。いじれも出産後に母乳が出るように作る準備しています。

出産後
赤ちゃんが生まれるとプロゲステロンの働きが弱まります。プロゲステロンに変わって、オキシトンが分泌するようになり、母乳が出るようになります。乳腺を発達させ、母乳を作るプロラクチンは赤ちゃんを守ろうとする気持ちを作るホルモンと言われています。またオキシトシンはお母さんに幸福感を与える作用があり、「しあわせホルモン」と呼ばれています。またオキシトシンは子宮を収縮することを促す作用があり、妊娠によって広がった子宮を産後回復しようとする働きがあります。

図11-2

(図11-2 産前産後のホルモンの変化)


ところで、ホルモンって何?
日本内分泌学会のWebサイトで、一般の人たちを対象にわかりやすく説明しているので、そちらを参考にして説明します。やはり専門家に聞くのが一番です。
ホルモンとは体の機能を調整する役割を持っていて、血液中にはごく微量しか存在しません。どれくらい微量かというと、50mのプールでスプーン1杯くらいしかないようです。またヒトの体には100種類くらいのホルモンが存在し、いくつかの機能によって分類することができ、4つに分類することができます。

・ペプチドホルモン(成長ホルモン、インスリン、サイトカイン)
・ステロイドホルモン(副腎皮質ホルモン、性腺ホルモン、ビタミンD3など)
・アミノ酸誘導体(アドレナリン、甲状腺ホルモン)
・プロスタグランジン

ホルモンは体のいたるところで作られます。もともとは内分泌腺という特殊な細胞でホルモンが作られ、血液中を流れ、遠く離れた標的の細胞へ到達し、ホルモンの機能が作用したと考えられていましたが、現在の考えでは作れられた場所のすぐ隣の細胞、または作られた細胞そのものにそのまま機能することがわかってきました。

母乳はホルモンによって日内変動が起こる
雪印ビーンスタークのWebサイトに、メラトニンと言う睡眠や覚醒を調整するホルモンが母乳に含まれていて、その量が日中と夜とで変わることを説明しています。つまり夜に飲む母乳は赤ちゃんの眠りを誘い、母乳を飲むとすぐに赤ちゃんが寝るのはこの影響かと考えられます。

図11-3

(図11-3 日内変動する母乳成分)

お父さんが粉ミルクを夜中に作って飲ませても、すぐに赤ちゃんは寝てくれないことがしばしば起こりますが、やはり母乳にはかなわないという1つの事例です。


母乳を意識して作られている粉ミルクについて

粉ミルクの開発は19世紀末にヨーロッパではじまりました。
日本ではそのころ(明治時代)牛乳が人工栄養として用いられるようになり、牛乳に砂糖を加える加糖練乳が広がりはじめたところでした。乳児用の粉ミルクは、1917年(大正6年)に和光堂薬局(和光堂)が加糖全脂粉乳の製造をはじめたことが、日本では最初です。その後複数の会社が粉ミルクを製造、販売するようになりましたが、当時は高価であったため、なかなか普及しなかったようです。

戦時中、1940年(昭和15年)牛乳・乳製品に関して配給統制規則が制定され、育児用乳製品も配給制の対象となりました。
その約70%は加糖練乳であったため、小児科学会から「加糖練乳は砂糖が多すぎて育児には好ましくない」と指摘され、粉乳の検討がすすめられました。1941年(昭和16年)に「牛乳営業取締規則」の改正により、育児用粉ミルクは「調製粉乳」と初めて規格が定められました。そして、1942年(昭和17年)に妊産婦手帳制度が始まり、物資の優先配給が保証され、その中に調製粉乳も含まれていました。

戦後、1950年(昭和25年)母子愛育会が乳児の「人工栄養の方式」を発表し、これがその後の人工栄養の基本となりました。
昭和26年には「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」(略して乳等省令)が公布され、厚生大臣(現厚生労働大臣)の許可を得て、「調製粉乳」に乳幼児に必要な栄養素を添加することが認められるようになりました。
1959年(昭和34年)に乳等省令で「調製粉乳」に加えて、「特殊調製粉乳」の規格が制定され、従来は牛乳に不足する成分を添加していましたが、より母乳に近づけるため、牛乳の成分そのものの置換が認められるようになりました。例えば牛乳に多いカゼイン(たんぱく質)を少なくして乳清たんぱく質を多くしたり、脂肪酸組成を変えるため牛乳の脂肪を一部植物性脂肪に換えたり、ミネラルバランスの改善などが行われ、各社の製品はすべて特殊調製粉乳に代わり、1975年以降粉ミルクに砂糖の添加するような製品はなくなりました。
1979年(昭和54年)、乳等省令が改正され従来の「調製粉乳」と「特殊調製粉乳」がひとつになり、新たに「調製粉乳」の規格が定められました。
昭和56年には、「栄養改善法」(現「健康増進法」)の改正で乳児用調製粉乳が特別用途食品の対象食品に指定されました。さらに、昭和58年の乳等省令の改正で、乳児用調製粉乳への銅、亜鉛の添加も可能となり、各社とも添加するようになりました。

図11-4

(図11-4 調整粉乳に関する成分について(1))

図11-5

(図11-5 調整粉乳に関する成分について(2))


1980年代以降は母乳の分析が進み、母乳に近い微量成分を配合した母乳に近い成分の製品が作られるようになりました。

日本における乳児死亡率は第二次世界大戦後急速に低下し、1977年(昭和52年)からは世界で最も低くなりました。
これは医学や公衆衛生の進歩によることが大きいとは思いますが、育児用粉ミルクも大きく貢献しているものと思われます。

赤ちゃんにとっての命綱である乳の確保が難しかった時代から、人工的に乳の代替品が作れるようになった技術革新により、授乳に関する課題が大きく改善し、ライフスタイルが大きく変化しました。

参考文献

(書籍)
浦島匡、並木美砂子、福田健二 「おっぱいの進化史」技術評論社(2017)
「母乳育児の疑問?Mr.&Mrs.水野が一挙解決」PERINATAL CARE vol.38(2019 March)
沢山美果子「江戸の乳と子ども:いのちをつなぐ」吉川弘文館(2016)
ブレット・フィンレー、マリー=クレア・アリッタ 「「きたない子育て」はいいことだらけ! 丈夫で賢い子どもを育てる腸内細菌教室」 プレジデント社(2017)
アランナ・コリン「あなたの体は9割が細菌:微生物の生態系が崩れはじめた」河出書房新社(2016)


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