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2章:The First Diet for Lifeについての仮説

The First Diet for Lifeに関する現状

現時点で、The First Diet for Life(人生最初の食事)がどうであれば健康的で、どうすれば改善できるのかと問われても、明確な答えがあるわけではありませんが、The First Diet for Lifeの意味から想像することでいくつかの仮説は作れると考えています。本書では、赤ちゃんの食事について考えるとき、お腹の中にいる胎児の時とお腹から出てきた赤ちゃんの両方で考えることにします。

胎児のとき
本書で後ほど胎児の成長過程を詳しく説明しますが、胎児とは「細胞」であり、それが時間をかけて人としての体が作られていきます。そう考えたとき、細胞が健全に育つ条件というものが存在するはずで、また逆にどんなことがネガティブかを考えることもできます。現時点で何か体系だったものがあるわけではありませんが、やってはいけないことは喫煙、アルコール、麻薬や薬物などで、胎児に対して健康リスクを高めるから避けた方がよいことは明確です。

(胎児と喫煙との関係)
Wickström R : Effects of nicotine during pregnancy: human and experimental evidence. Current Neuropharmacol. 2007 Sep;5(3):213-22.

(胎児とアルコールとの関係)
Jones KL, Smith DW :The fetal alcohol syndrome. Teratology. 1975 Aug; Wiley Company 2(1):1-10.


授乳期の赤ちゃん
実は、医学的に母乳を評価する基準が現在ありません。
現在は基準がないため、良い母乳、悪い母乳というを医療で評価することができません。しかし、母乳の状態を気にするお母さんはたくさんいます。当社でお母さんを対象とするWebアンケート調査を実施したとき、84%の人が自分の母乳の状態が気になると回答がありました。また母乳の状態に関する不安や悩みを誰に相談して良いのかわからず、なんとなく不安のまま授乳を継続しているということが、現実に起きています。一方、医療機関では母乳に関する基準がなく、評価ができないので、お母さんたちから相談されてもどう対応して良いか分からないのが現状です。
実際、医療機関では、母乳の状態が気になるようであれば、母乳そのものを調べるのではなく、お母さんの体を調べることになります。
私たちは、この課題を何とか解決したいと思ったので、母乳の基準を作り、医療で評価できる仕組みを作ろうと思い、アカデミアと研究活動を行なっています。そして基準ができて医療で評価できるようになれば、漠然とした不安のまま授乳するお母さんは少なくなり、少しでも不安のない楽しい育児ができるのではないかと期待しています。

そもそも「健康」とはどんな状態なのか

健康という言葉は非常に曖昧なため、何をもって健康というのかをまず考える必要があります。WHO(世界保険機関)では、「健康とは、完全に、身体、精神、および社会的によい(安寧な)状態であることを意味し、単に病気ではないとか、虚弱でないということではない」と定義しています。この定義をもとに本書では議論を展開します。

まずは前提を疑ってみよう

1)「母乳」に関する評価の基準
実は江戸時代、母乳を評価する基準がありました。
江戸時代は母乳の質を評価する方法と基準があり、乳母を選ぶ時、母乳の質をチェックする目的で使われていました。
江戸時代、乳母になる人の母乳の質を調べる前に2つのことが調べられました。1つめは乳母を希望する女性の顔色が良いか、また髪の毛が少なくないかなどの外見です。もう1つは乳母を希望する女性の家族に病の人はいないか、また家系にもいないかという素性です。特に、らい、梅毒、癲癇、疥癬などの病気に注意が払われたようです。
このようなことを気にした背景には、当時乳母の資質が乳を通じて子どもに影響すると考えられていたことと、自分の子どもを捨ててまで他人の子どもを育てる乳母には何か問題があるのではないかと疑われていたからです。

乳母を選ぶ時の母乳の質を評価するのに、乳の色、濃さ、味などを用いられました。
(1) 乳房の色、カタチ
乳頭の色は赤い方が良い
艶があって丸い方が良い
乳房は下に垂れていない方がよく
いかにも乳汁がたくさん出そうなものが良い
(2) 乳の色
色が白いか、かすかに青みを帯びている乳が良い(青色すぎると乳が薄いと考えられ、黄色いと脂肪が多いと考えらえていました)
(3) 乳の濃さ
乳を器や爪の甲に垂らしたときに速やかに流れ、後に白く残らない方が良い(早く流れすぎると乳が薄い、留まってしまうと乳が濃すぎると考えらえていました)
ガラス瓶に入れてしばらく放置し、沈殿物がないかを確認
(4) 乳の味
  甘い方が良い(酸っぱい、苦いは母親に病気があると考えられていました)

また調べる方法として、乳汁を目に垂らして、目がしみるかどうかも試していたようで、悪い乳は目がしみると考えていたようです。

江戸時代に出版されたいくつかの産育書に、乳の良し悪しを判断する方法が度々出ていたようで、授乳に関する悩みを医師が解決するために書かれた方法を、乳母を選ぶ時、乳母を仲介する「口入屋(くちいれや)」が活用していたようです。母乳に関する悩みは今も昔もお母さんたちの悩みであったようで、変わらないということがわかります。

2)「時間」に対する意識
子育てをしている人は、よく「時間がない」とか「自分の時間がない」と言いますが、現代の人間社会という観点で考えたら、本当にその通りだと思います。ここでは敢えて何がその根底にあり、その前提になっているかを考えてみようと思います。
まずヒトを動物と考えた時、その特徴は、ヒトは一人で生きていけないし、仲間と共感し、連帯して生活する動物であると言えます。だからこれまでずっと他人の影響を頻繁に受けながら、それに対応しながら生活してきました。しかし、都市で生活をするようになり、密度濃く係る家族以外の他人との係わる機会が増え、その数も多くなったことで、だんだんと辛くなり、自分の時間や空間を欲するようになりました。そして、その自分の時間や空間を獲得できるようになったのは、ほんの50年くらいのことです。つまり戦後の高度経済成長によって、周りに家族がいる環境を離れて、都市に住む人が増えたことで、自分が生活している空間は職場であれ、居住している場所であれば、家族のように信頼できる空間ではないため、本人にとってストレスを感じるようになりました。そのストレスから逃れるため、誰からも干渉されない時間と空間を欲するようになりました。
また高度経済成長であらゆる産業は効率化を目指し、効率化することが全てのゴールになっていたため、自分の時間や空間を確保することも同じ方法で効率化した結果、いろんなことを別々の仲間と行うことができるようになりましたが、共感や連帯ができる仲間が分散するため、関係性が希薄化し、孤独になってしまったのです。
そしてまた子育ても同じように効率化の対象と考えるが故に、自分の想い通りにならないことにストレスを感じ、「時間がない」とか「自分の時間がない」と感じます。つまりは子どもがいるから「ストレス」ということではなく、長年勉強や仕事で言われ続けてきた「効率化」という考え方が染み付いているため、子育てにおいて時間の使い方にストレスを感じているのです。自分の時間を持つことが悪だと言っているのではありません。大変な時こそ、誰かの助けをかりて、自分にかかるストレスを抜けば良いと思います。それが共同体、コミュニティを持つヒトという動物の特徴だからです。自分の時間が欲しい理由は、子どもが原因ではなく、信頼できない形式的なコミュニティの中で生活しているからであるということを言いたいのです。

The First Diet for Lifeに関する5つの仮説

The First Diet for Lifeについて、これをすれば良いとか、これをすればうまくいくとか明確なロジックが現時点ではありませんが、これから議論を展開するにあたって、いくつか仮説を作り、それらの仮説を議論することで、本書を進めます。

仮説1:健康なお母さんから健康な胎児と健康な赤ちゃん
まずはお母さんが健康であることが大事だと仮説を立てます。
ここでは病気であるとか病気でないとかという基準ではなく、健康とは、前述のW H Oの定義の通り、身体的、精神的、社会的に良好な状態であるという観点から考えてみたいのです。現代の社会環境で活動していると、なかなかお母さんが健康という人は少ないのではないかと思います。なぜなら社会の仕組みや思想などがいろいろ生活していると影響しているからです。

仮説2:産前産後の女性の健康を考えるときにポイントは食事、ストレス、睡眠!
健康についてシンプルに考えてみました。
食事、仕事、睡眠の3つが産前産後はポイントになると考えています。
食事はバランスよく食物を口にすることで、特定の成分にのみ反応し、そればかりを摂取することは避けた方が良いからです。ここであえて食物と表現したのは、加工食品ではなく、食物由来の食物繊維を多く含んでいる食べものがポイントと考えているからです。
仕事は出産に向けてペースダウンし、スレレスを軽減する方法を考え、産後はいきなりトップスピードで走ろうとせず、スロースタートで徐々にペースを上げていくことが大事だと考えています。
睡眠は眠ることだけでなく、休養をとることも含めて考えることが大事です。休養をとるためには自分で全てのタスクをこなそうとせず、初めから誰かに任せて物事を分担、分業をして進める必要があります。

仮説3:健康な身体からは健康な母乳
現時点で、どんな状態の母乳が良い状態かと提示できない状況で、良い状態の母乳はどうすれば提供できるのかを議論するのはまだ早いですが、健康な身体からは健康な母乳が作られるだろうという仮説は成り立つと考えています。なぜなら、母乳は血液から作られており、血液は現在の医療でも検査して状態を確認する目的で利用されているからです。逆に、不健康な身体から健康な母乳が出るとは考えづらいからです。
つまりは、母乳という体液の状態を数値化するだけでは健康を評価することができません。その母乳を作り出す女性の精神的な状態やその人が置かれている社会的な環境を含めて考える必要があるということです。非常に奥深いテーマとなりますが、テクノロジーが進化したことで、様々な情報を収集し、解析することで、解釈することができるようになったことで、母乳の健康をデータに基づいて評価できる可能性が出てきています。

仮説4:健康な母乳から健康な赤ちゃん
前述の通り、不健康なものから健康なものが生まれることはないと思います。
だから、お母さんが身体的にも、精神的にも、社会的にも健康であるならば、健康な母乳が作られ、その母乳を飲んだ赤ちゃんも健康であるだろうと仮説をもっています。ただ現段階では、その基準もデータも蓄積されていないし、エビデンスも存在しないため、断言することができません。まずはこれを証明するために、データを集めることを優先して進めていく必要があります。当たり前のことをなぜあえていう必要があるのかと思われるかもしれませんが、現代のような社会環境で生活している人は、少なからずストレスを抱えており、健康の定義で示す3つの要素が良い状態であるという人は多くありません。例えば、精神的にというところでは、産前産後のうつおよびその可能性がある人は10-20%くらいと言われています。また身体的には、若い女性の20%ぐらいは低栄養、栄養不足と言われています。社会的には妊娠期に70%くらいの女性が仕事をしており、産後も60%弱の人たちが子育てをしながら、仕事を継続しており、多かれ少なかれ家庭外でストレスを受けながら生活しています。だからまず健康な妊婦さん、そして健康なお母さんを探すのはかなり大変なことです。私たちは決して身体的、精神的、社会的な影響を受けて、健康じゃないから、女性が仕事をするべきでないと言いたいのではありません。私たちは、自分の状態を理解した上で、どうすれば良いかを考え、仕事も子育てを楽しんで欲しいと考えています。だから、その状態を「見える化」するところをビジネスとして支援したいと考えています。

仮説5:母子が健康であれば家族も健康
あたり前ですが家族の中に不健康な人がいると幸せではありません。
身体的、精神的、社会的に良好な状況は、家族やその周りにいる人たちが意識することでその状況は作ることはできます。


実際、「これは理想に過ぎないよ」と言われてしまいそうですが、敢えて妊娠、出産を考えている女性に言わせてもらいたいと思います。なぜなら、女性は仕事をしていると、日々の食事は外食が多く、知らず知らずのうちに自分が好きな食事で、時間がないこともあり、簡単に済ませようとします。その結果、食事に偏りが出ます。
そして、妊娠が分かった妊娠初期は一時的に体調が悪い時期がありますが、その後はお腹が大きくなりながら、仕事も出産ギリギリまでしている女性も多くいます。日々仕事で物事を考え、何かしらの交渉をしたりしていると、心休まる瞬間がなく、ストレスの影響を受け、健康の1つの要素である精神面に負荷がかかります。
さらに、出産後は育児も頑張らないと(一人で)と思っていると、いろんなことが思い通りにいかず、寝ることができなくなり、追い込まれてしまいます。だから、最初から全部一人でしようとせず、使えるものは全部使うくらいの気持ちで挑む方が良いと思います。そして、最近の男性の多くは、何かしら育児に関わっていきたいと考えているので、何をすれば良いかがわかれば、協力する気持ちの準備はできています。だから女性は一人で問題を抱え込まず、みんなで考えて、役割分担をすれば良いということに気づいて欲しいのです。

現時点での状況を書き出すと、どれもこれもいきなり変えることは難しいですが、1つでも妊娠期から変えることで、出産のときに健康な状態になる確率が高まり、健康な母乳を作り出せる可能性と確率が上がればと思っています。

参考文献

(書籍)
森臨太郎、森亨子「ほんとに確かなことから考える妊娠・出産の話 コクランレビューからひもとく」医学書院(2018)
沢山美果子「江戸の乳と子ども:いのちをつなぐ」吉川弘文館(2016)
山際寿一「「サル化」する人間社会(知のトレッキング叢書)」集英社インターナショナル(2014)

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