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カンビュセスの籤と飼い葉桶の刑

先日、「アケメネス朝ペルシア」(阿部拓児著・中公新書)を読みました。副題に「史上初の世界帝国」とある通り、中央アジアから小アジア、エジプトまで支配を広げた巨大な帝国であり、何よりもギリシアとの度重なる戦いと、アレクサンドロス大王によって滅ぼされたことが有名でしょう。

(余談ですが、この著者も私のゼミの先輩です。井上先生と同じく、しばらくお会いしていません。ちなみに本書と、以前書いた井上先生の「シルクロードとローマ帝国の興亡」とは発売時期が近く、若干地域が被っているので、売上の相乗効果を見越して、発売時期に関しては同じゼミのよしみで両者談合した可能性があります)

さて、本書はアケメネス朝ペルシアの通史であり、概説書と言ってよい内容です。もちろん視点の主体はペルシアですが、通史を語るにあたってギリシアとの関係は切っても切れない(史料も、ヘロドトスをはじめとしたギリシア人によって書かれたものに依存せざるを得ない)ので、ギリシアの歴史にも紙面の多くが割かれています。

日本でも有名な戦争、例えば「マラソン」の語源となったマラトンの戦いや、映画「300(スリーハンドレッド)」にもなったテルモピュライの戦いや、アテナイのテミストクレスの指揮によって大逆転を収めたサラミスの海戦等は、当然にして余さず収められています。

しかし、さすが歴史学者の書いた本だけあって、史料を丹念に検討した上での、エッジの効いた記載も所々に見えます。前述の通り、ペルシア史はギリシア人の著作に依る所が多いのは事実ですが、碑文(有名なべヒストゥーン碑文等)や粘土板の文書(当時の富豪であったムラシュ家文書等)の、決して充実しているとは言えないペルシア側資料にもしっかりとあたっているところは非常に手堅いです。

また、読者を楽しませるという点でもエッジが効いている所があります。特に読者へのインパクトがでかいのが、「カンビュセスの籤」と「飼い葉桶の刑」でしょう。

「カンビュセスの籤」とは、アケメネス朝ペルシアの第2代国王・カンビュセス2世の治世で起きた事件とされます。エジプトを征服した後、さらに南のヌビアへの遠征を試みたが、半分も進軍しないうちに食糧が尽きたといいます。その結果、何が起きたか?

なんと、兵士が10人1組となって籤を作って1人ずつ引き、当たった1人を残りの9人が殺して食う、ということが兵士の間で横行したというのです。狂気で名高いカンビュセスも、さすがにこの惨状を聞いて遠征を取りやめたといいます。

なお、本書中でも紹介されていますが、藤子・F・不二雄の短編に「カンビュセスの籤」という作品があります。籤に当たってしまった兵士が、掟を破って逃げ出し、"時空不連続帯"に巻き込まれて未来にタイムワープして、見知らぬ少女と出会う・・・という不可思議な話です。F先生の膨大な短編の中でも1・2を争う傑作とされているようですが、実際、ヘロドトスの僅かな記述からここまで発想を膨らませることができるF先生の底のない天才ぶりと、あのドラえもんと同じ作者とは思えないある種の狂気を垣間見ることができる作品と言えると思います。

もう一つの「飼い葉桶の刑」は、日本では「スカフィズム」(scaphism)という名前の方が通っているかもしれません。ギリシア語でスカペー(σκαφη)に由来するものですが、この単語は「飼い葉桶」のほか、「小型のボート」という意味もあるので、英語ではthe boatsと呼ばれることもあるようです。

さて、どのような刑かというと、世界には残虐な処刑が数多くありますが、この「飼い葉桶の刑」はその中でも最悪レベルかもしれません。

その方法とは、その名の通り、お互いにかっちりと嵌まる2つの飼い葉桶を用意し、人間の首と手と足が外に出るように穴を開け、片方に人間を寝かせ、もう片方で蓋をし、動けないようにする。そして、牛乳と蜂蜜を混ぜたものを顔や手足に塗りたくり、そのまま太陽の下に放置する。するとやがて塗りたくった液体が腐り始め、そこへ無数の蝿が集り始め・・・

これ以上はとても書く気になれないので、本書に直接あたっていただくことをお願い申し上げます。

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