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入院の記③

突然、私の名前を呼ぶ声が聞こえました。何度も呼ばれ、目を開けると、「よしっ」という声が聞こえました。

先ほど予定通り手術終わりました、と聞き覚えのある声が聞こえました。説明を聞き続けると、病状を説明した女医さんということがわかりました。まだ頭も体も痺れている感じがしたまま、天井のみが動いていました。天井の動きが止まり、病室に着いたことを告げられました。

麻酔が大分醒めてきて、普通に会話できるようになりました。しかし、喉の奥がつっかえる感じがしたので、そのことを訴えると、鼻から胃に向けてチューブを入れているので、翌朝まではそのままということを告げられました。

鼻からチューブを差し込まれる経験は過去もありました。人間ドックでの胃カメラ検査です。そして、私は胃カメラを飲む時、普段は絶対上げないような悍ましい声を上げて、えづきまくるのが常なのでした。私の喉の嘔吐中枢が敏感なのかはわかりませんが、たった5分程度の検査でもこういう有様でした。

それなのに今の状態は、胃カメラを飲んだまま翌朝まで耐えろというのと同じことになります。麻酔が切れるにつれて、喉の不快感がどんどん高まってきました。このままどうやって眠ればいいのか、途方に暮れました。

妻からLINEが来て、先ほどの女医さんから電話で終了の報告があったとのことでした。やはり胆嚢の炎症があまりに酷い状態であり、命の危険があったため緊急手術に踏み切ったとの説明だったので、早く救急車を呼ぶべきだったというお詫びの言葉がありました。しかし、胃痛と高熱という症状は普通の風邪でもあり得るので、それだけで救急車を呼ぶというのは難しい判断であり、コロナ禍という時勢の下ではなおさら憚られるものがあります。

部屋の明かりが消えました。鼻のチューブが変に動いて喉を刺激しないよう、ベッドの上で動くのも慎重になりました。唾を飲み込むだけでも、かなりの違和感があり、うまくいかない時はぐええという声を上げてえづくことになります。これでは眠りようがありません。

そんな苦悶の状態の中、病院に行く前の夜、なぜあんなに気持ちよく寝ることができたのか、今更ながら不思議に思いました。ただ、病状の説明からすると、相当危険な状態だったということなので、ひょっとすると、死への旅路に踏み込んでいたのでは、ということに思い至りました。人は死ぬ時、例えばライオンに喰われる時とか、ある種の陶酔感に襲われるということを聞いたことがあります。

下手をすると、数ヶ月前に亡くなった父の後を、こんな短期間で追うことになってしまったのではないか。病院に行くのが一日遅れたらどうなっていたか。手術が失敗していたらどうなっていたか。麻酔から目が覚めなかったらどうなっていたか。・・・

鼻のチューブの不快感に耐えながら、なんとも空恐ろしい感覚に陥っていました。人はいつ死ぬか本当にわからない。これからどうやって、繋ぎ止めた命を使っていけば良いのだろうか。眠れぬ夜の中、あれこれ答えのない問答を頭の中で繰り返していました。

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