Service Design Global Conference19@Toronto:前半の雑感

サービスデザインの研究者と実務家による国際ネットワークであるService Design Network主催の年次カンファレンス”Service Design Global Conference”の今年度の大会が現在カナダのトロントで開催されており、今年も出席することができた。

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”Building Bridges”を年次テーマに掲げた今年の大会は、そのテーマの通り様々なものやことの間をサービスデザインによって橋渡ししていこう、という意欲的な話題提供が行われている。
すでに「デザインとビジネスをどうブリッジするか?」というレベルの話題は明示的には影を潜め、そんなことは当然のことであるという合意のもとにさらに進んだ議論がなされている、という印象を強く受けた。
(”Service Design Becomes New Normal”という2017年の年次テーマがこの2年の間に急速に現実化していることを感じる。)
会員限定のメンバーデイとDay1を終えた現時点で個人的に特に印象的に感じる点は2点。
1点目は、サービスデザインはすでにサービスのデザイン手法論に閉じておらず、サービスそのものはもちろんのこと、それら様々なサービスによって構成される社会環境自体を考え、デザインしていくためのエコシステムと捉えているという視点。
2点目は、サービスデザインのみならず「デザイン的に物事を考える」という背景的なムーブメントにおいてこの10数年デザイン領域のみならずビジネス領域においても広く知られ浸透しつつある「デザイン思考(Design Thinking)」に対する批判的な視点と態度の必要性(Criticism)の高まり。
の2点である。

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メンバーデイにおいて、英国デザイン協会のCat Drewは、彼女らの協会が2004年にデザイン思考の汎用プロセスを体系化するために定義した「ダブルダイアモンド」というデザインプロセスフレームワークを15年の時を経てアップデートしたモデルを提言した。

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ダブルダイアモンドのフレームワークは、ある課題(Challenge)を起点として

Discover(探索)→Define(仮説定義)→Develop(開発)→Deliver(検証)

という4つの手順を拡散と収束を繰り返しながら進めていくことによって成果(Outcome)に導いていく、というプロセスモデルである。
Catはこのフレームワークをさらに拡張的に捉え、ダブルダイアモンドは単なるデザインプロジェクト推進のための手法論のみならず、組織がこのダブルダイアモンドプロセスを定常的に用いることによって、組織全体の考え方の指針(Design Principles)が生まれ、さらにノウハウや知見が蓄積される(Method Bank)。
そしてそのサイクルが継続的に繰り返されることによって、組織自体が同じ方向に向いはじめ(Engagement)、自律的なリーダーシップが生まれる(Leadership)と提言した。
つまり、ダブルダイアモンドは手法論ではなく、企業や組織、ひいては社会においてクリエイティブ・リーダーシップを生み、イノベーションが生まれやすい文化と体質を創り出す姿勢になっていく、という主張だ。
このダブルダイアモンドを何と位置づけるか?の視点のアップデートは、今回のグローバルカンファレンスにおいて議論される「サービスデザイン、およびサービスデザイナーの役割と価値の変化」を捉えるうえで、非常にシンボリックな話題提供であったと感じた。

Day1においても、自身にとって大変興味深いプレゼンテーションを聴くことができた。
基調講演を務めたOslo School of Architecture and DesignのJoshina Vlink博士は、メイヨー・クリニックにおいて自身のチームが実践研究を行った患者にとっての院内体験デザイン(Patient Experience Design)プロジェクトを事例として、患者体験に関して現実に起こっている問題のみならず、影に潜んでいる問題に対する仮説(Underlying Assumption)についてステークホルダーに積極的な関与を促しながら最適なサービス体験のデザインを行うための組織を巻き込んだ取り組みを仕組みとして浸透させている実践例を紹介。

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さらに興味深かったのは、関与者を巻き込んだサービスデザイン的な取組みというと、最初からさまざまな立場のひとたちが共創的に物事を考え、つくっていくという姿がイメージされるが、Joshinaの主張では、初期段階のコンセプト構想は一人からはじめ、影に潜んでいる問題を探索する中で仮説の強度を高め、その過程において少しづつ構想を共有、広げていく仲間を増やしていくべきである、という姿勢をとっている点だ。

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これは、ある意味ベルガンティが提唱する「デザイン・ドリブン・イノベーション」における、個から始めてラディカルサークルの中で意味の強度を上げていくアプローチによく似ていると感じた。
デザイン思考的に行われることが多いサービスデザインの世界において、ある意味カウンターとも言えるこのアプローチは後のいくつかのプレゼンテーションにおいても文脈として共通するものが見受けられた。(後述する)
彼女はこの取組み自体を、”process of Shaping Social Structures”と位置づけている点が、組織におけるサービスデザインアクティビティが単なるデザイン活動ではなく、その結果社会の(理想的な)構造を形づくる仕組みである、と捉えている点が非常に進歩的であるし、これからのサービスデザインが担う役割としてまさに的を射た視点である、と感じた。

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コーヒーブレイクを挟んで「Practice」と名付けられたトラックで3本のプレゼンテーションを聴いた中で非常に面白いを感じたことは、奇しくも3人中2人のスピーカーが、デザイン思考(正確に言うと、表層的な捉え方での「デザイン思考」)に対して批判的な視点による提言を行っていたことだ。
トロント大学の情報工学部でインクルーシブ・デザインやデジタルテクノロジーの教鞭をとるMatt Rattoは、上述の注釈付きの意味でのデザイン思考へのカウンター的アプローチとして(antidote<矯正手段>というタームを用いていたことも興味深い)氏が提唱する”Ctritical Making”というアプローチを提案し、デザイン思考を「問題解決のためのコンセプト」と捉えた場合に起こりうる問題について批判的に捉えていた。

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たとえば、多くのデザイン思考的プロジェクトの場合、ユーザーなど「個人の人間」にフォーカスを当て、その人の抱えている問題を扱うことが定石のひとつであるが、これについても、個人の人間の課題だけでなく、もっと背後に変化として起こりつつある「社会的な文脈や文化」の視点で問題を捉えてかないと十分ではない、ということを指摘。
例として、テディベアのフォルムをした小児科向けの輸血バッグについて採り上げた。
医療行為や、医療機器は小さな子どもにとっては恐怖でしかないものであることは明白ではあるが、だからといって輸血 バッグを子どもが大好きなテディベアにしてしまうと、場合によっては恐怖のブラッディ・ベアになってしまう。

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問題解決の考え方としては正しいかもしれないけれど、社会の文脈(世の中においてどう感じられるか?)に合っていないと、それは解決にはならない、と述べた。

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そこで、問題をクリティカルに捉えつつ、実際にそのアイデアがどう見える化、知覚されるか?のリアリティを問う方法として「つくってみる」ことを提唱している。
(同様に、3Dプリンタを使えば拳銃は簡単につくれてしまうけど、いや、それやっちゃダメだろ?ということは、実際に目の前に殺傷能力を備えた銃が現れるとわかるよね?という話)

続いて登壇したモントリオール商科大学のAnnemarie Lesageは、デザイン思考の不十分な点を埋めるアプローチとして、ポストイットを使ってアイデアを出すのではなく、タンジブルな(触れる)ものをどんどんつくってみることを推奨。

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例えば、紙にスケッチを描くのではなく、レゴブロックなどをを使って頭に思い浮かぶままにモノをつくってしまう、という方法が提案されていた。
しかも、デザインスキルを身に着けたデザイナーではないひと(ノン・デザイナー)にとって、この方法は非常に有効であることを提唱した。
デザインの経験、知識がないひとは、何かを考え、かたちにするとき、没頭すると無意識になにかの暗喩(メタファー)を思い描きながらつくるという。
たとえば、ITシステム設計のためのアイデアを考える際、システム全体の中でボトルネックになったり、ワークフローが滞ったりする問題が起きている状況を「魚の網に人々がからまっている状態」をメタファーとしてイメージし、レゴブロックをつかってその状況を再現するという具合だ。
ここで重要なことは、彼ら、彼女らが、何を考えてその模型をつくったのか?何を表現しようとしているのか?についての説明を求めてはいけない。
自分でもよくわからない状態で、しかし夢中でレゴを組み上げている間は「フロー状態」にあり、そのようなフロー状態の最中にこそ創造的なアイデアは生まれるので、その極度な集中状態に水を差すような行為をしてはいけない、のだとAnnemarieはいう。

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デザインスキルのあるひとは、ついついて頭で考えてスケッチを描いたり、アイデアをポストイットに言葉として書いてしまえるが、上述のような無我夢中の状態で生まれる、自分でも説明ができないようなアイデアこそが独創的でイノベーティブな解決方法につながる。
言うなれば、眼の前の問題をそのまま解決しようとするだけでなく、独自の視点で問題を捉え直し、新しい問題を再定義してしまうようなアプローチである、と言えるのではないだろうか。
このように、楽しんで独創的な視点で問題を捉えるアクティビティが定常的に行われる環境をデザイナーがファシリテーションしてつくっていくことで、企業や組織が自律的でクリエイティブになっていくと言う。

ここに紹介したいくつかの話題をとおして、冒頭に書いたような2つの大きな文脈を感じた2日間であった。
カンファレンス最終日となるDay2も、興味深いプレゼンテーションとワークショップが控えているが、前半戦の自身にとっての備忘録と解釈のメモとして。

もうフラッフラ。

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