見出し画像

日本企業はなぜ「横串」が難しかったのか?【第3話】

 前回の記事からずいぶんと間が空いてしまいましたが、今回はタテ型組織の特徴が悪い方向へ発露した事例をとりあげてみたいと思います。2005年に起きた福知山線脱線事故です。

 2005年4月にJR西日本が運営するJR福知山線(JR宝塚線)の塚口駅~尼崎駅間で起きた列車脱線事故は、乗員乗客あわせて107名が死亡、562名が負傷するという、戦後の鉄道事故史に残る悲惨な出来事でした。事故の詳細については、国の運輸安全委員会が詳細な事故調査報告書をまとめています。本稿も事実関係は当該報告書に依拠したうえで、タテ型組織の特徴について見ていきたいと思います。

福知山線脱線事故・事故調査報告書https://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/railway/bunkatsu.html

国土交通省運輸安全委員会

1.運転ミスを生じさせた日勤教育は真の事故原因なのか?

 鉄道事故調査報告書によれば、本件事故は速度超過によって起きた脱線が原因ですが、脱線を惹起するような技術的な問題は発見されておらず、脱線が起きたのは運転士の運転ミス(速度超過)によるものであることが明らかとなっています。

 当時、事故をリアルタイムで見聞きした方は「日勤教育」というフレーズをお聞きになったことでしょう。日勤教育とは、乗務員が起こしたミスに対して課される処分です。「反省⽂」をひたすら書かせるなど、教育的な配慮に欠けた懲罰的で屈辱的なものであり、JR西日本の社内で慣習化していました。

 福知山線脱線事故では、事故発生直前に停車位置を間違えるオーバーランが起きています。運転士は車掌にオーバーランの見逃しを依頼していました。当時、運転士はミスが重なっており、もしオーバーランの報告がなされれば、日勤教育を受けなければならなかったからです。このオーバーランが運転士に極度のプレッシャーを与え、直後の致命的な運転ミスを生じさせたとみられています。

 この点、運転士は死亡しており、当時の運転士の意識を含む身心状態も不明ですから、プレッシャーの有無も、プレッシャーの主因が日勤教育にあったというのも、すべてが推測に過ぎません。日勤教育がなされなかった場合の事故抑制効果との比較がなされていない以上は、日勤教育を事故の真因であると断定することは難しいでしょう。

2.無理のあるダイヤ編成が事故の背景

 事故が様々な要素が影響し合った結果の帰結であって、仮に最も大きな影響を与えた要素を「事故の真因」とするなら、それは私鉄他社との競合によって無理のあるダイヤ編成をおこなったことにあります。

 福知山線ではダイヤ改正により、宝塚駅~尼崎駅間の基準運転時間が3回にわたり合わせて50秒短縮されています。事故発生の1年4カ月前の平成15年12月のダイヤ改正時についての担当者の証言からは、もともと無理なダイヤ編成であったことがうかがえます。

駆け込み乗車がない場合であっても平均的に17~18秒要していた伊丹駅停車時間を運行計画上15秒としたことについては、整列乗車を慫慂することにより15秒に抑えることができるし、また、伊丹駅~尼崎駅間の運転時間を実測したところ約5秒の余裕があったので、問題ないと考えたことによるものである。ただし、整列乗車については、関係箇所へお願いに行ったが、実際には行われなかった。

(出所:運輸安全委員会『福知山線事故調査報告書』144頁)

 そのうえで、最も心理的な負担になり運転のミスにつながりやすい日常的な遅延原因として、運転士の半数以上が「列車ダイヤ上の運転時間が短いため、進行現示を見ながら所定の運転をしても、あなたの列車が遅れるとき」を選択しています(事故調査報告書,190頁)。これは、速度超過によって遅れを取り戻すことが常態化していたことを示唆しています。すなわち、事故発生前の福知山線では、無理なダイヤ編成と、それに対して現場が多少の無理をして合わせる形での運行実態があったのでしょう。

 事故を惹起した運転士は、確かに運転士としての技倆や勤務態度は並か並よりも下のほうだったかもしれません。その彼がつかれた表情を見せることが多かったといいます。バッファがない計画に、現場が疲労しつつも頑張り、実態のほうを合わせてきたわけです。

 たとえダイヤ編成が不合理であっても、私鉄との競合優位という「経営目標」には抗えず、運転時間が長めの区間で遅れを取り戻すという小手先の器用さ(現場力)で糊塗を続けてきた結果、取り返しのつかない大事故につながった。日本的なマネジメントの失敗事例であって、タテ型組織が悪い方に発露した結果であるといえます。

3.JR⻄⽇本は企業体質の問題と認識

 2018年にJR西日本がまとめたCSRレポートでは、福知山線脱線事故の原因を当時の企業体質の問題であるととらえ、次のようにまとめています。

・ヒューマンファクターを考慮した社員教育などの仕組みの不備:無理なダイヤ設定とペナルティ型の再教育がヒューマンエラーを防⽌するよりも、事故を誘発しかねない状況になっていた。
・経営の効率化に伴う技術⼒や安全に対する感度の停滞:業務運営条の余⼒減少によって⽇々のオペレーション維持に終始し、安全への取り組みが⾼められなかった。
・ヒューマンファクターの理解不⾜:経験⼯学に基づいた安全対策の積み重ねが結果として法令や規程に基づいていれば安全は担保されるという認識を⽣み、ヒューマンエラーによるリスク予測と事前対策の不備につながった。
・⾏き過ぎた上意下達や信賞必罰と責任追及:専⾨分野の縦割り意識と過度な上意下達の⾵⼟が各層のコミュニケーションと部⾨間の相互連携を不十分にした。
・成功体験による過信:⺠営化後の順調な経営実績の継続が過信に陥りやすい気質や現状を良しとする⾵潮を⽣み、組織を蝕んだ。

(出所:JR⻄⽇本旅客鉄道株式会社『JR⻄⽇本CSR REPORT』2018年,19-24頁をもとに筆者で⼀部⽂章を修正。)

 事故原因の究明と再発防止の観点から人間の行動特性(ヒューマンファクター)へ注目した記述になっていますが、太字で示した「縦割り」「上意下達」「現状を良しとする風潮」など、タテ型組織の特徴もしっかりと示されています。

4.福知山線脱線事故にみるタテ型組織の特徴

 運転ミスによる大事故が起きた要因を環境面でとらえてみると、次のようにまとめることができます。

(出所:筆者作成)

 第1話で指摘したように、タテ型の組織構造は組織内での末端までの伝達が早く、集団の意思統一がしやすいうえ、人間関係が直接的でエモーショナルなため、プラスに働くと大きな力を発揮します。ところが、エモーショナルで情緒的な手法というのは、非ロジカルで非理性的な側面を助長します。それが不適切な日勤教育として現れています。そして、縦割りと調和優先の組織原理は、現場の実態を無視した無理なダイヤ編成に現場が無理をして合わせる風潮を生みます。JR西日本が自ら「成功体験」と表したように、前例がいつまでも続くという錯覚は安全軽視として表出します。

 ところで、福知山線脱線事故では、事故当時、列⾞に2名の社員(非番の運転⼠)が同乗していました。ところが、彼らはあの大惨事の現場で救助活動をせずに⽴ち去っているのです。これはタテ型組織が顕著にあらわれているエピソードであるといえます。

個⼈が「場」に所属するタテ型組織では、複数の場に⾃⼰をおくことは不可能であるから、集団帰属が⼀⽅的かつ単⼀的になる。

(出所:中根千枝『タテ社会の⼈間関係』講談社1968年,66-67頁)

 すなわち、事故列車に同乗していたJR西日本という会社に所属する社員は、乗客を「ウチ」として認識できなかったのです。事故当時、仮に目の前で同じ社員が倒れていれば、彼らは予定を曲げてでも救助したでしょう。しかし、乗客は彼らにとっては「ソト」であって、手を差しのべる対象にはならなかったわけです。

 JR⻄⽇本は事故の背景を企業⾵⼟の問題として認識し、その改⾰につとめていますが、もしかしたら、タテ型組織の特徴と折り合いをどのようにつけるかが、改⾰成功の鍵となるのかもしれません。そうだとすると、これはJR西日本にだけにとどまらず、日本的マネジメントが徹底される企業すべてに共通する課題であるともいえます。

 日本的マネジメントが徹底される企業にとって、社員は顧客を「ウチ」として認識できませんから、多くの企業が「顧客第一」を掲げつつも実際は空文に終わることが多いでしょう。これは“ウチなる我が社”に対する“ソトなる顧客”というタテ型組織特有の排他的な傾向から生じますが、泣き落としや脅しで“ソトなる下請け”に理不尽な要求を呑ませるのも同様です。すなわち、今日的な企業マネジメントにおいては、顧客をどう「ウチ」に取り込むか、そして協業先である「ソト」に対しても「ウチ」と同様の気配りができる仕組みをどう構築していくかが課題になるといえます。

 次回は、タテ型組織としての特徴を良い方向に発露させ、企業成長を果たした事例を紹介したいと思います。タテ型組織の特徴を把握し、それに対するリスクコントロールをおこなうことが、今日の企業倫理の具体化であり、成⻑戦略たり得るのではないか、そのことを考えてみたいと思います。

(第4話:最終話につづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?