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SS⑧

その日は幹部候補による施政方針演説のための総会だった。

2年生の先輩の幹部候補5人が前に並び、来年の方針を述べる。
それに対しての質疑応答がされ、最終的には全員の承認をもって新しい幹部として認められるはずだった。

しかし、総会はものの5分で打ち切りになった。
新会長候補の先輩が高熱の為、演説の途中でその場に倒れ込み、そのまま下宿まで担ぎ込まれる事態となりそれ以上の継続が不可能となったからだった。

その後、どのように新幹部候補と現幹部の間でやり取りがあったのかは僕ら1年生には知らされることはなかった。しかし、次の総会を前に2年生全員がサークルを辞めるということだけが知らされた。

同じ学部で内務候補だった先輩は、講義で会った際に
『ごめん!これ以上無理だったわ。俺らもう全員辞めるから』と言って詳細は話してくれなかった。いろいろなことがあったのだと思う。


翌春からは就職活動や卒論に取り組む新4年生は事実上ほとんど引退状態になる為、新3年生の抜けたサークルを新2年生が幹部をするという事態になった。

辞めていった上級生には入学当初からホントに良くして貰っていたし、同じ大学の一番身近な先輩として慕ってもいた。
だから皆そうした状況になり悲しい思いをしていたし、突然に今後の運営をすることになり同期の間でも今後どうするかを巡って意見の対立、内輪でのモメ事も増えていった。

そのうち同期の中から幹部をやるという気概をもった者が5人でてきた。
会長は同期唯一の二浪生で2つ年上のシバタくん、内務はヨコイ、会計は紅一点のカヨコ、合宿はタイチ、プロコンはニシくんに決まった。

方針としてはこれまでの伝統を継承しつつ、これまでのイベントを中心に少しづつ外部の活動も増やしていくということで、元幹部の先輩たちからは『お前らの考えでやってみろ』と一応の承認を得たようだった。

それに乗じて伝統の赤ジャンパーから黒いスタッフジャンパーに一新することにした。
これはヨコイの『業者は黒』という意見が発端だった。
タグチが『俺らは業者じゃねえよ!』と笑ってツッコミをいれたが、確かにステージで裏方として動くにも黒がいいと思った。
取り寄せたカタログから一番カッコよいものを選んで、左胸と背中にはこれまでと同じスタッフロゴを採用し、全員が賛成した。
伝統の連帯感を保ちつつ、新しい風も取り入れよう。
まずは見た目から。

ヨコイはそんな状況から2年連続で内務(副会長)をやってきた。
サークルの運営全般に関わっていて、その朴訥だが実直な人柄は誰からも信頼されていた。
また、音響セクションの長としてライブの音作り全般を任されていた。
サークルの要としての役割柄、後輩の前では甘い顔はできなかったが、もともとは冗談好きで、面白いやつだった。

僕にとってのヨコイはサークル内でも一番の親友だったし、同じサークルの短大生がお互い彼女だったから、一緒に食事や遊びに出かけたりもした。
幹部は決して楽ではなかったし、真剣に悩み時にはぶつかることもあった。
ただ、こうしたリアルな人間関係で得たものは、今振り返ってみても決して悪いものではなかった。

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