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SS⑥

僕の担当する合宿は毎年夏休み中に3泊4日で長野の高原に出かける。
冬はスキー場の高原だが、音楽スタジオを備えた宿場がいくつもあり、夏場に僕らのような学生サークルが全国からやってきては、バンドの練習をしたり、バーベキューや各種レクリエーション、夜には恒例の肝試しなんてものもやっていた。

春先には、そうした宿場と学生サークルの間を取り持つ、長野の旅行代理業の通称『ツネさん』がやってくる。
いつも事前に電話をくれたから、合宿担当と他の幹部で都合のつく者がツネさんと打合せをすることにしていた。

ツネさんは50代くらいのおじさんで、温和な笑顔を絶やさない。
電話の際にその年のサークルの状況を聞き、人数と施設の相性を考えながらいくつかの宿場を紹介してくれる。
その中から目当ての宿をしぼると無料で体験宿泊をさせてくれた。
オーナーの人柄、施設の良しあし、料理の内容や周辺の環境など入念にチェックをして問題のないことを確認の上で契約となる。

ちなみに同じサークル棟の2階にある軽音楽部や、隣のジャズ研究会、そして別棟の音楽研究会もツネさんのお客さんで、長野からやってくる際には一度にそれらのサークル幹部連中と次々に面談をするようにしているようだった。


ツネさんは僕らのサークル室にやってくると、昨年の合宿担当だったタイチを見つけると笑顔で挨拶と握手を交わし、タイチから紹介された僕に名刺をくれ同じ笑顔で挨拶と握手をしてくれた。

『行こうか』とすぐさまツネさんが言う。
ツネさんは時間を無駄にしない。
そのまま僕と内務(副会長)のヨコイの二人を連れだしざっくりと打合せをすることになった。

その年僕らのサークルは新入生が30名ほど入会する当たり年となり、僕ら3年生、2年生と併せると男女合わせて70名ほどの大所帯となっていたから、ツネさんにとっても大きな契約を取りまとめる為に気合が入っているようだった。

だからだろう例年ツネさんがやってくる時には、北門を出てすぐにある喫茶店エーワンで簡単な食事かコーヒーを飲みながらの打合せだと聞いていたのだが、今年は少し離れた『ハンバーグ けやき』まで連れ出してくれ、豪華なハンバーグセットをごちそうしてくれた。

僕ら学生には、けやきは滅多には出かけられない。
やはり、ツネさんもビジネスマンだから相手の予算に合わせた対応をしていたのだろう。


ツネさんのおすすめの宿はコテージタイプのもので、広い敷地内にいくつかの建物が点在するものだった。
食事棟、宿泊棟、スタジオ棟といくつものコテージがあり、村のグラウンドもほど近くにあり、昼間のレクリエーションや夜の花火にはもってこいだしいかにも楽しそうだった。

昨年まではホテルタイプの宿でスタジオは冬場の乾燥室を兼ねた地下室だったが、今回はスタジオ自体がいくつかのコテージに分かれているのも面白いと思った。
そしてオーナー夫婦の手作り料理が毎年好評であることや、オーナーのコレクションのミュージックビデオが24時間見放題というのも、ヨコイの興味を引いた。

体験宿泊の日程は残念ながら僕の都合に合わなかったのだが、代わりにヨコイが一人で行ってくれることになり、後日ヨコイの報告を聞きそのまま契約をすることになった。

僕はヨコイを全面的に信頼しているのだった。




















































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