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夏休み

 ある夏休み、
クラス全員で、学校の裏庭にある池の掃除をした時のこと、休みにも慣れた頃、久しぶりに会える喜びにみんな沸き立っていた。
水を半分ほど抜いたところで、そろそろ鯉をすくい上げることになった。
 その時、中央の深みを覗いていた道代の背を、悪友の一人がドンと突いたものだから、たまらず道代は、金だらいのような深みに両手付きで落ち込んでしまった。
背中を残して、顔から下まで半身ずぶ濡れとなった。
それまで、陽光にひらひらと舞っていた白い麻のワンピースが、無残に濡れ道代の体にピッタリと張り付いた様を見て、僕は自分でもビックリするほどの大声で叫んだのだった。
「おまえも落ちろっ!」
僕の剣幕に、その悪友は、まるで叱られた子供が湯船に浸かるように、ちゃぽんと、その金だらいの中にしゃがみ込んだ。
 周りの、あっけにとられた級友たちの目も気にせず、僕は、道代の手を取り引き揚げると、そのまま先に立って歩き出した。
付いて来いとも、送ってやるとも言わず、ただズンズンと先導したのだが、日頃は気の強いところのある彼女も、その手を引っ張る僕の力が強すぎたのか、
「イタイっ!」と小さく言っただけで黙って付いて来た。
 学校から1kmほどの道のりを、二人して黙々と歩いたが、興奮している僕の歩調に合わせ切れない道代の胸が、何度か僕の背中にくっついた。
濡れて冷たい、これまで感触したことのない、その不思議なやわらかさが、僕の背中を刺激した。
 道代の家の玄関に着き、そのままの勢いで、僕が道代のお母さんにことのいきさつを申し述べようとしているのを察した彼女は、
「もういいわ、ここで」と制止した。
「あぁ、そうか。じゃぁな」と
 そこで終われば良かったものを、僕は余計なことを吐いてしまった。
多分まだ興奮していたのだろう。(あ、いや、悪友の仕業に)
「道、おまえ、もうした方がいいぞ、アレ」
「アレって、何よ」
「ほら、ブラジャーとか云うやつだよ」
そこで、いきなり道代にビンタを喰らった。
 その後、僕もそのまま家に帰ったが、誰にも会わなかったのは幸いだった。
左のほっぺたに、まっ赤な道代の手形が残って、しばらく消えなかったから。

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