婚活でデート商法に遭遇した話。⑥
宝石商?の男、Kが出したローン申込書を目の前にし、私は今までのKの言動を思い返していた。
やたらめったら馴れ馴れしい、距離が近い→勧誘のカモであったため
デート(笑)の予定が変更になって不機嫌?になった→恐らく私を取り込むための予定が狂ったため
マッチングアプリ退会→足がつかないようにするため?
職場近くのコメダ指定→デートではなく勧誘のため
…全ては勧誘のためだとすれば、Kの数々の奇妙な言動はしっくりくるように感じた。
上手く言い表せないけど、バラバラになったパズルのピースが瞬時にぴったり合致したような感覚だった。
ああ、勧誘だったのか。してやられた。
ここに連れてこられて、恐らく小一時間くらい経過していたと思うが、その数十分の間、Kばかりがほとんどしゃべり倒しており、私はほとんど口を開いていなかった。
宝石も「綺麗」とか「すごい」とかは言ったと思うけれど、「欲しい」「買いたい」なんて一言たりとも発していないのだ。そもそも宝石ってそこまで欲しいもんじゃない。
勿論愛する彼氏から貰ったりしたら大事にするし、一目惚れした石があったなら欲しいと思うだろうけど、持ちたい気持ちがないのに初対面の相手から買おうなんて誰が思うんだろう。
それなのに私の目の前には契約書だ。潔いまでの強引な押し売りっぷりである。
こうでもしないと誰もこのお店から買ってくれないんだろうか。
Kは相変わらず、唖然とする私を後目に、宝石の鑑定書と思われる紙を出し
「ちゃんとした鑑定書もついてるからね、すごくいい石だよ」
みたいなことを言っていた。その証明書が一体何を証明してくれているのかを証明してほしいくらいである。
今時証明書なんていくらでも偽造出来るだろうし。
そしてKは、先ほど伝えた「私が月に出せる金額」でジュエリーが作れるかどうか、その予算で計算すると大体これぐらいだ…と紙に書き始め、提示してきた数字は、当たり前と言えば当たり前だが中古の軽自動車が余裕で買えそうな金額だった。
Kは本気なんだろうか。初対面の相手に、お互い良く知らない間柄なのに、こんな金額出させようとする?もうめちゃくちゃだよ!
…脳内ではツッコめるけど、勿論口には出せない。断ったらKが豹変するかもしれないと思うと、怖くてできなかった。
「これくらいで作れるかどうか、杉山さん(仮名)に聞いてくるから、頑張って交渉するから待ってて!」
何か新たな登場人物出てきたよー。
何でも杉山さんとは、アクセサリーを受注するところの責任者のような人だそうで、その人の許可が出れば私の希望する(全くしてないけど)価格でアクセサリーが作れるんだそうだ。
つまり「本当は高い石だけど、涼ちゃんのために特別に希望する破格で作れるように俺が頼んであげる」ということらしい。さっき頑張ると得意げに言い、抱き着いてきたのはこのことだったのか。全く恩着せがましい話だ。そしたらその人が提示する価格で最初から売りゃいいのに。あ、そしたら誰も買わないか。
そんな訳で交渉すると言い残し、Kはショールームから出ていってしまった。
ショールームにぽつんと一人残される私。
さぁどうしようか。今私は、全くもって欲しくもない宝石を高額で買わされそうになっている、普通に考えて結構やばい状況だ。
逃げようか?ドアを開けた先にKや怖い人が待ち構えているかもしれないから、それはしないほうがいいか。一体どうすべきか。
色々思案してまずこのショールームを調べようとした。
スマホを取り出し、「店名 ジュエリー」「店名 アクセサリー」「店名 〇〇(駅名)」で検索。
Googleではめぼしいものが一切引っかからない。この時点で多分普通のアクセサリーショップでは絶対にないのだなと思う。
「店名 詐欺」「店名 勧誘」これも何も出てこない。多分、規模としてはこの店が小さすぎるんだろうか。
「マッチングアプリ ジュエリー」で検索すると、正に今のこの状況と酷似したような体験が出てくる出てくる。
・待ち合わせは勧誘場所のカフェなどを指定
・本来の目的(購入)には当日その瞬間まで一切触れない
などなど…。
そして恐ろしいことに、手に入るジュエリーは購入金額の数分の1程度の価格であることも珍しくはないと…。一気に肝が冷えた。数十万出してゴミを掴まされたらたまったもんではない。
こういった勧誘は、デート商法と呼ばれるらしい。恥ずかしながら、この瞬間までデート商法なる単語と現状は全く結びつかなかった。
デート商法って電話で呼び出されて買わされるもんだと思っていたし
すぐには勧誘しないことが多いらしいが、私はすぐされたし
自分の話はあまりしない傾向があるらしいが、Kはたくさんしてたし
デートと言う割には、私はKに全く好意を持っていないし
とあるページでは勧誘員は美男美女であることが多いと書かれているが、Kはお世辞にもイケメンとは言えない。ああでもアプリのプロフ写真は可愛い系だったな。
きっと私がKに好意的でないことは明らかではあったが、恐らく押しに弱いと判断されてこんな無理やりな方法に持ち込んだのではないか、と推測した。押しに弱い…正にその通りです。
しかしデート商法だと分かったとして、この状況を打破するようなことはどこにも書いていない。気持ちは焦るばかりだ。
色々考えているうちにKが戻ってきたので、慌ててスマホをバッグにしまった。思ったより早かった(5,6分くらい?)ので、逃げなくて正解だったのかもしれない。
「涼ちゃん、やったよ!この金額で作れるって!」
本当に交渉したのかも謎だし、欲しくもないものを得意げに提示されても困るんだが。
Kは席に着くと、慣れた手つきでローンの契約書に色々記入しはじめた。
「こんなご縁がもてて嬉しい」
「涼ちゃんのために一生懸命作るから」
と本心は不明だが表面上は笑顔で、Kは私の心情なんて一切お構いなしだ。人の心情気にしてたらこんな仕事出来ないか…。
ああもう買わされてしまうのか…。しかし、普通に考えて私にも生活がある。決して多くはない給料を、ローンとはいえ欲しくもない高額(じゃないかもしれない)な宝石を買うことは絶対に出来ない。
だから言ってみた。
「あの……」
「うん?」
Kが顔を上げる。
「突然こんな高いもの、やっぱり買えない。自分が欲しいタイミングでに欲しいものを買いたいし、こういうものを買うのはまだ先に取っておきたい」
…と、心臓は口から飛び出しそうになっていたが、手から脂汗が滲みまくっていたけれど、絞り出すようにこんなことを言ったと思う。
Kはしばらく黙っていたが
「さっきまでそんなこと言ってなかったのにさ、そう裏切るようなことを言われると傷つくよ…」
と悲しそうに言うではないか。
裏切るって何を!?最初っから裏切る気満々だった人間が何を言うのか。私「欲しい」の「ほ」の字も口にしてないのに?
「涼ちゃん、趣味に使ったり、無駄にしてるお金って絶対毎月あるよね」
「そんなことより、手に残る財産に変えるほうがずっと賢いよ」
「せっかくいい縁が持てたと思ったのに酷いよ…」
「こんな話もう一生ないよ?絶対後悔するよ」
「俺は涼ちゃんのために言ってるんだよ」
等々埒が明かない。
こうやって打ち出せば何てことはない、ツッコミどころ満載な言葉たちだが、実際にKが言うと無言の圧とでもいうのか、とにかく「圧」がものすごい。ここまでも超強引な流れだったし、「断ったらどうなるのだろう」と得体の知れない恐怖が沸き上がるのだ。
私のささやかな抵抗は瞬時に撃破された。
言わば向こうは勧誘のプロであろうと思われるので、そんな人に私のようなド素人が太刀打ちできる訳がない。
ここまで来ると、もう買ってもいいかも…と思ってしまった。早く購入して解放されようと思った。きっとこういう手口なんだろうな。
思ったが、1つのとある可能性に気付いた。私はもしかしたらジュエリーを買わなくて済むかもしれない。
そして恐らくそれは決して低い可能性ではない…はずだ。
少々落ち着きが戻ったので、ローンの申込書に必要事項を記入していく。
記載済みの申込書を手にしたKは、この上なくにこやかだった。ちょろいカモだと思ったんだろうな~。
ジュエリーはハンドメイドなので、納品までに数週間かかるらしいとか、クーリングオフが出来るとか、そういう説明を受ける。
ああやっと解放される…長い時間だった…。
Kからは「それじゃまたね」みたいな言葉があると思ったが、
Kは契約書を持って
「じゃあ行こうか」と席を立った。
え…?まだ何かあるの……?正直ここで絶望に近いものを感じた。
「どこがいい?カラオケとか?」
ああそういえば、そういった遊びの面も忘れていなかったのか。
勧誘と言うメインイベントも終わったことだ。
Kと離れる気満々だったし、隙を見て逃げ出そうと思い、私とKはショールームを後にした。
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