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水面に浮かぶ影

序章: 静かな村

6月の山間の村、田植えの季節が訪れると、田んぼに水が張られ、緑の苗が風に揺れる。村人たちは早朝から田んぼに集まり、泥まみれになりながらも笑顔を絶やさない。彼らの笑い声や会話が水面を揺らし、田園風景に生命を吹き込んでいた。

高校生の玲奈は都会の喧騒から逃れるように、この村に帰ってきた。玲奈は都会育ちのため、田植えは初めての経験だったが、その素朴な風景と村の人々の温かさに心が和んだ。しかし、玲奈の心の片隅には、村に伝わる古い伝説が気になっていた。


欲望: 忘れ去られた伝説

「田植えの夜に田んぼの水面に影を見てはならない」──玲奈の祖母が子供の頃から語り継いできたこの伝説。しかし、玲奈はそれをただの迷信だと思っていた。都会育ちの彼女は、論理的で現実的な考え方を持ち、目に見えないものに対しては懐疑的だった。

玲奈の友人たちは、都会の夜とは違う田舎の夜の魅力を楽しもうと提案した。都会では味わえない満天の星空や、蛍が舞う風景に心を奪われ、田んぼのそばでキャンプをする計画を立てた。玲奈もその提案に興味を持ち、友人たちと一緒に夜の田んぼへと繰り出した。


行動: 禁忌を犯す

ある夜、玲奈は一人で田んぼに忍び込んだ。友人たちが帰った後も、何か引き寄せられるようにして田んぼに向かった。月の光が水面に反射し、彼女の影をくっきりと映し出していた。玲奈はその影をじっと見つめ、自分の姿が揺らめく様子に魅了された。しかし、次の瞬間、何かが自分の影の中で動いたような気がして、玲奈は一瞬息を呑んだ。

「ただの影だよね…」玲奈は自分に言い聞かせ、恐怖心を振り払おうとしたが、心の中に薄暗い不安が広がっていくのを感じた。

玲奈は再び水面を見つめた。すると、影の中からじわりと別の影が浮かび上がり、その形は徐々に人の顔になっていった。驚愕と恐怖が一気に押し寄せ、玲奈は叫び声を上げてその場を逃げ出した。


目的: 不気味な予兆

翌朝、玲奈は祖母に昨夜の出来事を話すと、祖母の顔色が一変した。「あの伝説を無視するんじゃない。影を見た者には、災いが降りかかるんだ」と、厳しい口調で言われた。

祖母は玲奈をじっと見つめ、ため息をついた。「昔、私の友人の一人が同じように田んぼの影を見てしまったんだよ。その後、彼女は家の中で奇妙な音が聞こえ始め、何かに追い詰められるような感覚に苛まれた。最初は物音や気配だったが、次第にそれは明確な形を取り始めた。夜中に窓の外で不気味な顔が覗いていたり、誰もいない部屋から話し声が聞こえたりしたんだ。」

「ある晩、彼女は耐え切れなくなって家を飛び出し、そのまま行方不明になってしまった。翌朝、村人たちが探し回って見つけたのは、田んぼの中で亡くなった彼女の冷たい体だった。顔は恐怖に歪み、何かを叫んでいるような表情だった。彼女が何を見たのか、何が彼女を襲ったのか、誰にもわからないままだった」

玲奈はその話を聞いて背筋が凍る思いをした。祖母の言葉が重くのしかかり、恐怖が現実のものとして迫ってきた。玲奈は、単なる迷信だと笑い飛ばしていた自分が愚かに思えてきた。しかし、もう後戻りはできない。彼女は自分の身に起こるであろう恐怖に立ち向かう覚悟を決めた。


試練: 恐怖の始まり

玲奈の日常は次第に恐怖に侵されていった。最初は家の中で何かが動く気配を感じる程度だったが、日を追うごとにその気配は明確なものになっていった。夜になると、窓の外から誰かが見つめている視線を感じ、背筋に冷たいものが走った。

ある晩、玲奈が寝室で勉強していると、不意に背後から囁き声が聞こえてきた。「ここにいるよ…」玲奈は振り向いたが、そこには誰もいなかった。心臓が激しく鼓動し、冷や汗が滲んだ。彼女は恐怖に震えながらも、無理やり平静を装ってその場を離れた。

さらに恐怖が増したのは、玲奈が田んぼの水面に見知らぬ顔を再び見た時だった。その顔は無表情で、じっと彼女を見つめていた。玲奈は叫び声を上げ、その場を逃げ出したが、背後から追いかけてくるような足音が聞こえた。恐怖に駆られながらも振り返ることができず、全速力で家に戻った。

その夜、玲奈は悪夢にうなされた。夢の中で彼女は田んぼに立ち、足元から冷たい手が伸びてくるのを感じた。必死に逃げようとするが、足が動かず、冷たい手は彼女の足首を掴んで引きずり込もうとする。玲奈は悲鳴を上げて目を覚ましたが、胸の中の恐怖は消えなかった。

次の日、玲奈の部屋の壁に、赤い文字で「戻れない…」と書かれているのを見つけた。玲奈は震える手でその文字を拭き取ろうとしたが、何度拭いても消えることはなかった。彼女の精神は限界に近づき、恐怖と不安が日常を支配していった。

玲奈はもう逃げられないと悟り、何とかしてこの恐怖の元を断ち切る方法を見つけなければならないと決意した。彼女は再び祖母のもとを訪れ、助けを求めた。祖母は静かに玲奈を見つめ、深く頷いた。

「あなたが直面しているのは、単なる幻ではない。私たちの先祖がこの村に残した怨念が、今もここに存在しているのだ。真実を見つけ出し、その魂を鎮める方法を探すしかない」

祖母の言葉に玲奈は希望を見出し、村の古い書物や記録を調べることを決意した。彼女は自分が感じている恐怖と向き合い、真実を解明するための道を進み始めた。


報酬: 真実の探求

玲奈は決意を胸に、村の図書館に向かった。埃をかぶった古文書や古い記録を片っ端から読み漁り、何か手がかりになるものを探した。夜になると、祖母から借りた古いランタンの明かりだけが頼りだった。

ある日、玲奈は一冊の古びた日記を見つけた。それはかつて村に住んでいた女性、名を美智子とする人物のものであった。日記には美智子の悲しみと苦しみ、そして絶望が綴られていた。彼女は愛する人を戦争で失い、孤独と悲しみに耐えられず、自ら命を絶ったという。

美智子の最後のページには、田んぼの水面に映る自分の影と対話するような記述があった。「水面に浮かぶ影は、私の心の中の悲しみそのもの。私はこの田んぼで永遠に待ち続ける」と書かれていた。

玲奈は美智子の霊が今も田んぼに憑いていることを確信した。彼女の魂を鎮めるためには、美智子が求めていた何かを見つけ出す必要があると感じた。


玲奈は村の古老、祐一さんの元を訪れた。祐一さんは村の歴史や伝承に詳しい人物で、玲奈が古文書で見つけたことを話すと、彼は静かに頷いた。「美智子さんは、心の安らぎを求めていたんだ。彼女の霊を鎮めるためには、彼女の魂が安らかに眠れる場所を見つけてやらなければならない」

祐一さんの助言を受け、玲奈はさらに美智子の日記を読み進めた。日記の中に、美智子が愛した人との思い出の場所についての記述があった。その場所は村のはずれにある小さな祠で、彼らが密かに会っていた場所だった。

玲奈はその祠を訪れ、美智子の愛する人が戦地から送った手紙や写真が供えられているのを見つけた。そこには美智子の悲しみが染み付いているように感じられた。彼女はこの場所で、美智子の霊と対話することを決意した。

夜が更けると、玲奈は祠に再び訪れ、持参した美智子の遺品を供えた。そして静かに語りかけた。「美智子さん、あなたの悲しみと苦しみを感じています。どうか、この場所で安らかに眠ってください。あなたの愛する人も、きっとあなたを待っています」

月の光が祠を優しく照らし、玲奈の言葉が夜の静寂の中に溶け込んでいった。その瞬間、祠の中で柔らかな光が漂い、美智子の霊が静かに浮かび上がった。彼女の表情には、やっと安らぎを得たかのような穏やかさが宿っていた。

美智子の霊は、玲奈に微笑みかけ、ゆっくりと消えていった。玲奈はその場で涙を流しながら、彼女の魂がやっと安らかに眠りについたことを確信した。


帰還: 解決策の模索

玲奈は村に平和が戻ったことを感じた。彼女自身もまた、恐怖から解放され、新たな決意とともに前を向くことができた。玲奈はこの体験を通じて、伝説の重要性と、それを次世代に伝える責任を痛感した。

玲奈の物語は、田んぼの静寂と伝説の恐怖、そして一人の少女の成長を描いたものだ。読者は玲奈と共に恐怖と向き合い、彼女の変化を見守りながら、古い伝説の重みとその意味を感じ取ることができるだろう。

しかし、この物語を読み終えた後、ふとした瞬間にあなたも感じるかもしれない。夜中に鏡を見る時、窓の外を覗く時、静かな水面に目を向ける時──。そこに映るのは、本当にあなた自身の顔なのだろうか。あるいは、美智子のように、悲しみと憎しみを抱えた誰かがあなたをじっと見つめているのかもしれない。

次に影を見る時、どうか思い出してほしい。玲奈が見た恐怖と、あなたが感じる背筋の寒さは、決して遠い昔の伝説だけではないのだと。あなたの身近にも、ひそかに潜む何かがいるかもしれないことを。

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