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カプセルホテルの女③ 『短編小説』

仕事を終えてスターバックスコーヒーに立ち寄る。スタバは私のパワースポットだ。
疲れたときや、辛いときに行くと必ず元気になれる。

笑顔の店員さんに「お仕事帰りですか? お疲れ様です」と声をかけてもらい、思わず笑顔になる。
入口付近にある一人席が偶然空いたので、小一時間くらいボーっとする。

大分疲れが取れたところでカプセルホテルに行くと、アイはまだいなかった。
今日はもしかしたら自分一人なのかもしれない。

さっさとシャワーを浴びて戻ってくると、201番に灯りが点いている。

「お疲れ様。どう仕事の方は?」
知らない間にアイが来ている。
そして、先週のお喋りは夢じゃなかった。

「やっぱりメルマガ通らなかった。結局、上司が書いたの。」
ショックだった。書き方を変えても私の文章は全然ダメらしい。

「・・・あー、本当に厳しい人なんだねぇ。」

「私、別にすごいと思わないことに素晴らしいですね! って言ったり、これは本当に良い商品なんですよ! なんて言えないや。」
だって本当に会社の商品の良さが全然分からないし、人に勧めたいとも思わない。

「でもさ、今ゆかりがやってるのは物を売ってなんぼのライターでしょ。だったら嘘でも書かなきゃ仕事にならないよ。」

「それは分かるんだけどね。」

なんか私は疲れている。
胡散臭いライターならやりたくない。人の気持ちを揺さぶる文章を書きたいのは本当だ。
でも騙してお金を貰いたいとは思わない。
それに無駄に高額な商品ばっかりなのだ。
周りの先輩や上司はワンマン社長に洗脳されて気付かない。

私が書きたいのは、一人でもいいから救われる人がいる。そんな文章なのかもしれない。
でもせっかくライターになるための端くれを掴んだのだからここで諦めていいのか悩んだ。

「そういえば、なんで今から転職しようと思ったの?」
しばらくの沈黙のあと、アイが聞いてきた。

疑問に思うのも無理ない。私くらいの年齢なら、結婚して子供もいるのが世間一般だろう。


「結婚約束してた元カレに振られちゃってさ」

「えー! そういうことって本当にあるんだ。どのくらい付き合ってたの?」

「3年くらいかな。一緒に住んでたの。」
仕事が上手くいかなかったり、家族とちょっとした喧嘩をしたときはいつも彼が慰めてくれていた。
優しくて表情豊かで大好きだったのだ。今はもう喪失感しかない。

「3年も付き合ってヒドいね。もっと早くダメならダメって言ってあげないと。女の子はいつまでも若くいられないんだから。」

「別れたいって結構前にも何度か言われたことあるんだよね。だけど、私が引き留めてきた。その頃から彼は冷めてたのかも。」

「そっかぁ、ゆかりが彼にゾッコンだったんだね。私も元彼が好きだったの、すごく。」
しんみりとアイが言う。

「アイはまだ若いんだからいくらでも良い人に出逢えるよ。元彼以上の人も現れるかもしれないよ。」

「いや、もういいの。私はもう・・・」

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