カプセルホテルの女② 『短編小説』
次の水曜日、カプセルホテルの予約をすると、また103番だった。
201番の方をチラッと見てみる。
カーテンが空いたまま、がらんとしていた。
今日は来てないんだ、じゃあ私一人かな。
少し寂しく思う。
シャワーを浴びに行く。
帰ってくると201番に灯りが点いていた。
知らない間に来たらしい。顔を合わせたことも話したこともない女性に、もう親近感すら覚えていた。
今日は、仕事が終わってから駅のcafe barで一杯飲んできた。
水曜日は2時間半かけて帰宅する必要もないから、少し余裕があった。
カプセルホテルは会社の最寄駅から電車で10分ほどの場所にあるのでゆっくりディナーを楽しむ時間もある。
ほろ酔いでウトウトしていたら突然「こんばんは、毎週ここに泊まってるの?」
と、201の女性から話しかけられた。透き通った可愛らしい声だった。
突然のことでビックリしたが、嬉しさで「そうなんです、家と職場が遠くて週の真ん中だけここに泊まることにしてるんです」と答える。
「それは大変ね。あ、敬語使わなくていいよ」
「あ、じゃあ・・・普通に話させていただきます」
普通に話すと言っておきながら、つい敬語になってしまう。
恐らく10代、二十歳くらいなんだろうか。彼女は明らかに私より年下だが、艶っぽくて素敵な女性だなと思った。
「私はアイ。よろしくね。私がここに来てる理由は今は話せないけど、もうちょっと仲良くなったら言うね」
サッパリとした感じに好感が持てた。
「私はゆかりといいます。うん、話したくなったときでいいよ」
アイを気遣って言う。
「職場って家から遠いんでしょ? 引っ越したりしないの?」
「それが、まだ本採用されるか分からなくて・・・」
「そんな難しい仕事なの? 何の仕事?」
「・・・ライター」
なんだか、ライターを名乗るのが恥ずかしかった。
「ライター、文章書く人ね。難しそう。今のところどう? 手応えは」
「う〜ん、全然ダメ」思わず苦笑いしてしまった。
「まずは、メルマガを書いてと言われて上司に見せるんだけど、お話にならないって顔されてもう10回以上書き直し」
「えー、10回も。たかがメルマガなんてじっくり読んでる人の方が少ないよ。拘りすぎ」笑いながらアイが言う。
「なんかね、文章に命かけてるんだって。書く仕事する人ってみんなそうなのかな・・・もう何日も一本のメルマガのオッケーサインが貰えなくて萎えてきちゃうよ」
私の文章そんなにダメかな、口先まで来ていた言葉を飲み込んだ。湿っぽい話ばかりじゃ、アイに気を遣わせてしまう。
「まあまあ、あと三ヶ月あるから大丈夫! そんな気にしないで、自信持って」
「うん、ありがとう。頑張るよ」
努めて明るい声で答えてみた。
そのあとは会話が途切れて、自然と眠りに入っていった。
翌朝、目を覚ますと201番はカーテンが開いたまま中には誰もいなかった。
昨夜のことは夢だったのかもしれない。
久しぶりにぐっすり眠った感じがある。
軽く化粧をして、支度をして会社に向かった。
今日こそメルマガのオッケーサインをもらえるよう頑張ろう。
会社に着くと相変わらずシーンとしている。
まだ朝早いため営業の人が何人かいた。得意先に向かう準備をしているようだ。
「おはようございます」と挨拶すると、元気よく返ってきた。
この会社では、朝に会う営業マンだけが救いかもしれない。
でも朝礼が終わったら出て行ってしまうので、なんだか私はしんどくなってしまう。
もちろん、集中力が必要な仕事なのは分かってる。でも、物音一つしない社内は息が詰まりそうだ。
自分の席にいる間、息が止まっていて、席を立ち外の空気を吸うときだけ呼吸しているんじゃないかとさえ思える。
誰も話していない。誰も笑っていない。
落ち着かない面持ちでメルマガ作成に挑む。
書き上がったので、上司の席に行って二人で会議室に入った。
上司はいつもセコセコしていて、胃腸が弱そうだ。
眉間にハチを寄せて、口の周りにもクッキリと大きなシワがあった。それが垂れ下がっていて、余計疲れているような印象を受ける。
上司が私からサッとプリントを奪い、読んでいく。
「ダメだ、全然ダメ! こんな簡単なことができないかなあ? もう何十回直してる?」
「すいません。」
この場面は謝るしかないと思って、とりあえず謝る。でもどこをどう直したらいいのか正直分からないのだ。それを教えてくれればいいのにと思う。
そんな気持ちが伝わってしまったのか
「バカにしてんのか?!」と怒鳴られる。
この人はちょっと危ない部分がある。ように見える。
この前雑談したときは、「毎日、10分に一回くらい死ぬことを考えてるんだアハハハハ」と言われ、全然笑えなかった。
ツー・・・
と垂れていく涙。
ハッと驚いた顔を向ける上司。
「悔しいのか? なんだよ! こっちの方が何十倍も悔しいよ!!」と声を荒げ、会議室を出て行ってしまった。
確かに私がダメ過ぎて、伝わらないから悔しいんだろうな。こんなライターに向いていない奴の担当を任された上司も気の毒だ。
会議室から出たところがすぐフロアになっている。
怒鳴り声がみんなに聞こえていたはずなのに、誰も視線を合わせてくれない。
ずっと下を向いて仕事に集中しているフリをしてる。
冷たいな・・・
この会社から出て行け、そんなことを言われているような無言の空気だった。
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