犬がいる生活と、ある参観日のできごと。
今、10年前の自分に伝えたいことがたくさんある。
当時、田舎の中学校に通っていたわたしは、反抗期(思春期)真っ盛りで長いこと続けていた水泳にも飽きてきて、とはいえ他にやりたいことも特になく、親や先生に小さな反発をしながら怠惰な日々を送っていた。
わざとボロボロにしているのがカッコイイと思っていた愛用のスクールバッグにインスタントカメラをしのばせ、仲良しグループで無駄に写真を撮っては、近所のドラッグストアで現像をし、できあがった写真にポスカで落書きをする。
休み時間だけじゃなく、授業中もずっと、ただひたすらに文字を書く。ちょっと崩した頭悪そうな字。プリクラみたいに書き直せないけど、すぐに編集できない「手作業感」が、何ともいえず好きだった14歳のあの頃。
ただ、参観日にも構わず落書きしていたのは大失態。私の母は参観日には来なかったけれど、後ろで見てた暇な友人のお母さんに本気で怒られちゃった。この経験がトラウマすぎて、以来参観日が大大大嫌い・・・。
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10年経って、現在24歳。今更ながら「当時」の自分の気持ちを言語化できるようになってきた。何がきっかけかはわからないが、過去のふとしたことを急に思い出し、「あの時の選択は、こんな意思があったんだよ。」って、誰かに話したくなる。悔しいけれど、当事者にはもう届かないことばかり。だからこんな感じで、ここに書き残しておこうと思う。
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たとえば、暇な友人のお母さんに本気で怒られた参観日について。
あの日が何月何日何曜日かは、もう絶対思い出せない。でも、授業はなんだったかちょっと覚えてる。たしか古文か現代文。
授業の形式はちょっと変わってた。とても田舎な学校だから、何が変わってるのかも当時は知る由もなかったけど。
授業の構成は、2部構成。前半20分くらいは、古文だったら単語、現代文だったら漢字が20問くらい書いてあるプリントが配られて、とりあえず解く。できた人から先生のところに持って行って、丸付けてもらう。全員提出するまでそんな感じ。後半は、席に座って先生の指示を仰ぎながら、教科書を読んだりノートをとる。
その日、暇な友人のお母さんに前半10分くらいですぐ怒られた。
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そもそも、田舎の授業参観について言わせていただくと、幼稚園からメンバー変わらず小学校へそのままあがり、まったく変わらないメンバーのまま近所の中学校へ進学するシステムになっているから(ここでは詳しく書かないけれど9割のメンバーが高校まで同じだ。)何を期待して中学校の参観日に行くのか、親の気持ちがまったくわからない・・・。
子供たちがよそ行きな姿勢で受ける参観日なんか行かなくても、素の姿が知りたかったら、別の時間でも会えるでしょう!誰がどこに住んでてどんなライフスタイルなのか、みんな知ってるんだから。よっぽど面白い授業があるなら別だけど。
幸か不幸か、別に大した授業もないし授業参観って中学校でする意味あるのかな?と思っていたわたしは、自分の親にすら今日は参観日だよなんて伝えてなかった。それで良いと思ってたし、来て欲しいとも思ってなかった
当日も、参観日ってこともすっかり忘れてたから、開始間際にポツポツ3〜4人くらい親が来たときに、あ、来てるなとチラリ感じた程度だった。
だから、この時間に臨む姿勢としてわたしが選択した意思決定は
”いつもどおりを貫くこと” だった。
本当にそう考えていたし、いつもの授業を見せてあげることが、来ている親への最大のパフォーマンスだと信じてた。普段発言しない学生が積極的に手をあげるほどバカバカしく恥ずかしいことってないよなぁ〜ってみんなも思ってるもんだと思ってた。だから、期待を裏切らないよう、なるべくいつものように
現像したばかりの写真を
堂々と机のうえに広げ
ポスカを取り出し
友人とキャッキャしながら落書きを開始した。
ひとつ断っておくと、少なくとも「プリントは先生の回答もらい済み(提出済み)」だったから授業に反抗していたわけではない。空き時間の有効活用をしているだけ!だった。はずなのに。
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教室の真ん中あたりの席に座って夢中で書いていたわたしの隣に、幼稚園から見慣れた友人のお母さんが立ってた。なんで立ってるんだろう?って思ったけど、すでにいつもの作業が楽しくなっていたわたしは、チラリと見て会釈をした。何も感じなかった。この作業や「落書きされた写真」は、わたしにとっての「ありのままの学生生活」を表している。イレギュラーな参観日より、よっぽど日常だ。そんなんだから、見られていることに対して恥ずかしい感情は何もなかった。いつもの姿を見せることが、授業参観だと意味づけていたし、「学生生活、楽しそうだね!」って言ってもらいたかった。いや、むしろ言ってもらえるもんだと思ってた。笑
そうしたら、とてもびっくりした。
クラス中に響く声で、「あんた達、やめなさい。」って。
ふと周りを見渡したら、ありゃりゃ、、、。なんだ、みんないつもと全然違うじゃん!!
いつも、ワックスつけ直したりしてる男の子とか、漫画読んでる子、後ろを向いて喋ってる子もいたはずなのに!今日に限って、みんなありのままじゃないじゃない。
あぁもう気分最悪。クラスのみんなに哀れな目で見られてる。
当時のわたしは、ただ恥ずかしくて黙って写真を机の引き出しにしまった。それ以来、大好きだったインスタントカメラも全然使わなくなったし、学校に写真を持ってくることもしなくなった。
ありのままの姿を見せることが
必ずしも善じゃないってこと、痛感した。
・・・
家に帰ると、母がいない。
ビッグハウスに買い物に行ってるんだと思うと、胸が詰まる。いやだな。
狭い町だから、スーパーに行くとすぐに誰かの親に会う。誰かの親に会うと絶対言われるもん。今日、おたくのののこちゃん、参観日で怒られたらしいね、って。
小さい頃から、学校であったいろんなこと、わたしが話すより先に近所の誰かから話を聞いて、親が知ってたなんてこと、ありすぎて嫌だった。
だから、なるべく家にいたくなくて当時飼ってた犬を連れて、水泳が始まる時間ぎりぎりまで、かなり遠くまで、散歩に出掛けた。
牧場を突き抜け、山の中へ。誰もいない道で犬に話しかけてみた。
「あのね今日。人んちの親に怒られちゃったんだよ〜・・・ダサいよね。」
もちろん、犬はなにも言わない。こっちも見てくれない。
あぁみんな嫌いだこの狭い町から早く出たい!とヤケになって顔をあげると、そこには思いもかけぬ大自然。いつもの道・・・のはずなのに、夕日があたって赤くなった牧場と白黒ホルスタイン。山道から見える向こう側の青々とした武佐岳。隣には、ヨソを向いてヘラヘラ笑ってるちいさな茶色い犬。
小さな町だし、怒られちゃった今日だけど、世界にはいろんな色があるんだな。今日は暗い色だけど、明日はいい色になるといいな。
少し立ち直って家に帰ると、母。案の定
「あんた今日怒られたんだって?」
あイタタタタタ・・・。ごめんねお母さん、恥ずかしい思いさせて。
「あ、散歩いってくれてありがとう。」
・・・
これだから、犬はいい。来年までに犬を飼いたい。
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