『父ちゃんの料理教室』を読んで、料理本は、「読みもの」なんだと言いたくなった
言うまでもなく、古今東西、文学書には料理ネタが数多く見られますね。料理をテーマにした小説やエッセイは人気です。
ひとつのストーリーの中で料理が重要な役割を果たすので、読者は登場人物の日常をより身近に感じることができて、物語の世界観と同期しやすくなるんですよね。
主人公が好きな食べ物が同じ、とか、主人公が食べてておいしそうでつい買いに走ってしまった…なんて経験は、本好きなら一度や二度ではないはず。
最近は料理が重要な役割を果たす漫画も大人気ですが、おいしさは漫画で具体的に描かれるよりも、文字だけで描写されたほうが断然解像度が上だと私は思ってます。
だからなんでしょうね、上手に表現されているレシピがあると、「よし!」と作る動機になるんです。
いや、レシピ本なんだから当たり前じゃん、と思われる?
確かにね、料理書はレシピを写真や文字という視覚情報で伝える料理の説明書を集めた本です。
料理するために存在するんだから、そらーねー…
ですが、あえて言いたいんです。
5月23日に発売になって、本好き、料理本好きの間でまたたくまに評判になったこの本。
辻仁成さんの『父ちゃんの料理教室』(大和書房)。
クリーム色のざらりとした紙質の表紙は、ごくごくシンプルなデザイン。
でも、タイトルと帯の文字は今っぽい明朝体の世帯で横組み。
著者名だけ縦組みですが、有名作家の名前だからとばーんと大きくするわけでもなく、ほんのちょっとポイントを上げただけの、縦組みが目立つつくり。
例えばこれが書店で見かけたとすると、地味だけど、注目ポイントが多々見つかる美しいデザインに引かれて手に取って、「いくら?」とひっくり返して表4(裏表紙)の定価を確認しますね。
ほお、税込み1,650円か、ふーん…て言いながら、目に入ってくるのが帯の文字。
つい読んじゃう。
そしてさらに引き込まれる。
もっと言えば、パパはキッチンが好きだ。
(『父ちゃんの料理教室』8ページより)
やだ、読みたい、買おう。
…という行動につながるわけです。
この時点で成功。
でもね、私が言いたいのはパッケージ(表紙)の話じゃないんです。
料理本界の新ジャンル「料理本は読み物」、あらため「読み物としての料理本」の王道を確立したのが本書だと思うんです。
作家が書いた本だから当たり前か、って?
いやいやいや…
すんなり頭に入るレシピだから?
読むレシピといえば、例えば昨年春に話題になった『カレンの台所』(サンクチュアリ出版)がありますね。
滝沢カレンさんの独特の日本語で説明されるレシピが文学的とか絵画的とか、ポエティックで童話の世界の料理なのに、作ってみると意外にちゃんとできちゃう! と話題になりました。
そう、そうなんです。
レシピって、従来のいわゆる1、2、3というステップ形式の表し方でなくとも十分に伝わります。むしろストーリーにのせて語られたほうがすんなり頭に入ります。
それは音読してみるとより明確になりますね。
ま、音読すると、破綻のない日本語で書かれているかどうかがそもそもバレてしまうんで、校正は音読しながらやったりするのは私達制作側の隠れセオリー。
じゃなくても、例えば、料理教室で集客に困らない講師がなぜそんなに人気を集めるのかというと、教える言葉に無駄がなく、耳から自然に入って理解できる語り口調があるのも理由のひとつ。だから口コミされてリピーターが増えという仕組みになっていることからも説明がつくと思います。
レシピにおいても、そういう自然なつながりがあるかないかで、わかりやすさがまるで違うということになります。
物語を紡ぐように料理の作り方を伝えるという意思。
それが重要なんじゃないかと思うわけです。
辻仁成さんですから、そりゃもう帯の言葉からその世界観にぐっと引き込まれます。
「パパがなんで料理するかというと…」と語られた理由にすでに共感、という料理好きは多いと思います。
料理好きでなくとも、「え、そうなの?」という肯定的な反応を引き出すことができるはず。
逆に、「何言ってんだ、料理すること自体が嫌いなんだから押し付けないで」と反感を覚えたとしても、
君に料理を教えたいと思ったのは、人生の逃げ場所をひとつ作ってやりたかったからだ。
(中略)
つまりだな、キッチンは裏切らないんだよ。
(『父ちゃんの料理教室』フランス風イカめしより)
という一文に心を掴まれる人もいるかもしれない。
「裏切らない」という言葉に「もしかしたら」という一縷の望みをかけたくなりませんか。
そんなあれこれが表(紙)周りだけでぶわっとイメージされます。
(表紙から吹き出しがぶわっと立ち上がってくる映像を思い浮かべてください)
そして、手に取り読み出すと、ああ、食べたい、作りたい…の世界へようこそ、となるわけです。
ロングセラーになっている読む料理本といえば
「読む料理本」は、とくに本書が珍しいわけでもなく、時折現れてはロングセラー化しています。
あの壇一雄さんの名著『壇流クッキング』(集英社)があるし、最近で言ったら料理研究家の有元葉子さんによる『レシピを見ないで作れるようになりましょう。』(SBクリエイティブ)もそうですね。
「レシピを見ないで…」の言葉通り、文字列の中に作り方が自然に盛り込まれています。
食事作りに慣れた人なら、文章をさっと読むだけでだいたい作れてしまうと思います。
ただ、こうした料理本は読み手を選びます。
平たく言えば、読書家向けの本です。
でも、小説家の辻仁成さんですが映像作家でもあり、ミュージシャンでもあるからか、「文字ばっかり」のハードルは低めになっていると思います。
辻さんがTwitterでつぶやく毎晩の「おやすみトントン」を楽しみにしているフォロワーすべてを引き込むんじゃないかな。
息子に作る料理なので、ハンバーグとかキッシュ、〇〇パスタといった「名前のある料理」が並んでいて、作る側の興味を引きやすい。
添えられた写真も文章量も、書体も行間も、決して密じゃない。
横組みで、どこかのWEBサイトの記事を読んでいるような気軽さがある一方で、辻仁成という有名人が食べているものを覗き見するような感覚(もっと言えば、あの人もこの料理を食べていたのか…と下世話な想像をしてしまうのは昭和世代の私だからw)。
そうなるようにすべてが入念に設計されているな…と感じました。
これは編集者の仕事です。
編集者の仕事にも注目をぜひ
実は、本書の担当編集者は有元さんの『レシピを見ないで…』を担当された方。
いつの間にか転職されていました。
もっと言えば、私が書いたこのCOOKBOOK LAB.の記事を読んでくださっていて、見本が出来た段階で「ぜひ」と献本のお申し出をいただきました。
蛇足ながら、誤解いただきたくないのであえて書いておきますが、もともとCOOKBOOK LAB.で取り上げている本はほぼ自腹で購入した本ですから、今回のケースは希少です。
でも、献本いただかなくとも、書店で見つけていたら本書は絶対に購入していたと思います。
ただ、献本のお知らせをいただいてはじめて有元さん本と本書を手掛けた編集者が同一人物だったことを知って、あれこれが腑に落ちたことだけは付け加えさせてください。
『レシピを見ないで…』の記事では、書店の店頭で手に取りながらも「字ばっかりじゃん」という彼氏の言葉に「そうね」と平台に戻した彼女の姿を書き出しにしました。
その時の残念を今回の『父ちゃん〜』では払拭しようとしたんだろうなと思える編集が随所にあります。
や、未確認なので私の勝手な想像ですし、編集者同士にしかわからない…なんて書きたくなるいやらしい話なので止めておきます。
まとにかく、朝読んでも、昼に読んでも、深夜の飯テロ時刻に読んでもいい料理本ってそうないと思うんです。
よし、喰うか! (『父ちゃんの料理教室』16ページより)
の辻さんの声に、「うん、いただきます」と息子くんの代わりにこたえて、私は「チキンときのこのクリームソース」をいただきました。
本書のふたつ目のレシピ。
ええ、たったふたつ目にして作りたい気持ちにされちゃったんですよ。
「読む料理本」の威力、強大です。
追記:
記事をアップしたとたん、このツイートを発見。やだ見逃してたー。
発売2日で重版! すごい! おめでとうございます!
ありがとうございます。新しい本の購入に使わせていただきます。夢の本屋さんに向けてGO! GO!