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数字上のミニマは本質的なミニマたり得るか。という話。

前回の記事の反響が良かったので今回も勉強系の記事です。

「もっと勉強の話書いて下さい」と要望も頂いたので書きたいと思います。
また、note, Twitterでコメント頂いたら一緒に考えますし、モチベーションも上がりますので、よろしくお願い致します。

よくある質問

「離陸と着陸、どっちが緊張しますか?」
という質問は、これまでも業界外の人から、何回も聞かれてる質問です。

その答えは、「どちらも良い意味で緊張しない。プロですから。」
というのが事実だと思いますが、それだと芸がないので、一応、
「離陸の方が緊張しますね。やり直せませんから。」
と、答えるようにしています。

じゃあ本当に離陸のやり直しが出来ないのかというと、そんな事はありません。
離陸中に何かあればV1という速度までなら離陸中止:RTOします。(Rejected Take Off)
ただ実際問題として、その後、もう一度離陸できるかどうかは、RTOした後の飛行機の状態によります。
法律で定められた最少搭載燃料量が残っているかどうか、またはブレーキの温度が制限値に達していないか、など判断項目が多岐に渡ります。
RTOした後のやり直しには、かなり慎重な検討と、場合によっては給油も必要かもしれません。
夜間だと、目的地飛行場の門限に間に合わないとキャンセルになるかもしれません。
そういう意味で、離陸はやり直しが「しにくい」ので緊張感があるのです。

その点、Go Around(=着陸復行)は、予め計画にその燃料を積んでますし、着陸してブレーキをかけるまでは、いつでもGAのつもりで着陸しているので、通常操作の一部だ、位にパイロットにとっては普通のことです。だから緊張しません。

と、答えるとすんなり受け入れてくれるのでそうしています。

それは詭弁ではない

しかしながら、計画に入っているか否か、ということだけでなく、規定上の観点からも、離陸の方が判断が難しいのではないかと僕は考えています。

飛行機の規定で重要なのはminimaです。

minimaというのは最低気象条件の事で、航空機の運航では、細かく決まっています。英単語、minimumの複数形ですね。

一例をあげると
離陸だと、滑走路上の計測値が200mないと離陸してはならない。
着陸だと、滑走路上の計測値が550mないと着陸してはならない。
といった内容です。

あれ、着陸って視程がほぼゼロでもできませんでしたっけ?という方。
ご存知の通り、着陸に関しては、自動着陸すれば視程がほぼなくても着陸できたりします。
勿論、これは空港の設備、航空機の機器の性能、パイロットの資格の有無など、様々な条件が必要になってくる特別な運航です。

基本的には飛行機は滑走路が見えて初めて着陸できます。

通常の場合、離陸に必要な視程の方が着陸に必要な視程のよりも短く、より厳しい天候でも離陸できます。
これは飛び立ってしまえば何かあっても近隣の天気の良い飛行場に行く前提で離陸できるからです。着陸は確実に降りられないといけませんから、より良好な天気でないと着陸できません。

じゃあ視程0でも離陸できるかというと、それには人間のコントロールの限界があって、やはり200m位は欲しい所です。
離陸で視程数十メートルしか無かったら多分センターラインキープが無理です。

ちなみに飛行機には自動離陸という装置がありません。
諸説ありますが、テロ対策や、RTOの判断はとても難しいから、といったことが言われています。要するに自動化が難しいんですね。

では、少しマニアックな本題に入っていきます。

本題

遡ること数年前、
僕がまだ訓練制だった頃、シミュレーターで、教官が、Takeoff Positionから離陸出来るギリギリの景色を見せてくれました。
霧がかかったように、殆ど前が見えません。
視線の下には、微かに見えるRunway Center Line Lightが幾つか見えます。

「一応これでも離陸出来る。嫌でしょ?」

と、教官。

確かにこれは嫌だなと。
じゃあこれは?と言ってすこし景色を変えました。

「なんか変わった?」

実際あまり何か変わったように見えません。
えーっと?と言葉を詰まらせる僕ら訓練生に教官が、
「数mだけ視程短くした。いまはminima切ってるから離陸できない。見えてるセンターラインライトの数数えて。」
と言われました。
そしてもう一度センターラインライトを数えると、さっきより1,2個多く見えるのです。

「ギリギリの時はLine upしたらrolling take offせずに、まずRWYをよく見る。」
通報値がokでも、視程が低下傾向なら要注意で、途中でセンターライン分からなくなりました、じゃあシャレにならない。本当にコントロール出来なくなる。空中と違って計器だけでセンターラインキープしながら離陸することは出来ないから。

という話でした。


その知識、どう使う?

前回に引き続き、座学生からパイロットになるための勉強方法の違いの話ですが、
センターラインライトの間隔は?
という質問はCPLのライセンスの時みんな聞かれてると思います。
答えは15m間隔。
それをサッと答えられるのは素晴らしい事ですが、それだけではプロになれません。
「その知識、どう使う?」という問いを新たに学んだ事がある度に考えなくてはなりません。教官もプロなので無駄な事は聞きません。

じゃあその知識をどう使うか。

飛行機にはブラインドエリアというのがあります。
コックピットから前を見た時、先に何メートルか見えない位置があります。いわゆる死角です。
飛行機のノーズにレーダーが入っているため足元が見えません。
車でも死角がボンネットの先に、数メートルありますよね。

これも、何メートル見えないのかは、乗る飛行機のライセンスを取るときに必ず聞かれます。

・自分の乗る飛行機のブラインドエリアは◯◯mある

・ランウェイセンターラインライトは15m間隔である。

その二つの知識を合わせます。

一例としてブラインドエリアが10mとします。その時のRVR(滑走路上の視距離)が200mだとすると、RVR計測機器上の通報値では一応離陸することが出来ます。

RVR200m-Blind Area10m=残り見えるはずの視程190mの間に、Runway Center Line Lightが15m間隔ですから、

190÷15=12個以上見える必要があります。

ではLine Upして10個しかセンターラインライトが見えていなければ?

「通報値上は行ける。でも実際に数えるとminimaを下回っている。」

そういった倫理観や葛藤を求められる状況が発生し得るんです。

Line upした時に、見えておかないといけないライトの数は、パイロットとして知っておかないといけない事項の一つです。

実際にはシミュレーターの様に視程の違いによってはっきりライトが見えなくなったり、デジタルに区切りがある訳ではなく、ぼやっとしています。

多分ぼやっと11個目のライトが霧で散乱して、その辺りが明るくはなっているけど、ライト自体ははっきり見えない。という様な状況が想像出来ます。見えてると言えば見えてるけどはっきりは見えていないとも言える。。

CAT3で一度でも降りた事がある人ならわかると思いますが、視程が100mでのTAXIはまあまあ難しいです。霧の向こうにぼやっと光っているものがあるイメージです。はっきり見えるのは手前数個のライトのみ。それでもTAXI Speedは10kt以下とかなので、なんとかなります。

一方、離陸速度はその10倍以上の130-150kt位なるので、ライト数個では横方向のコントロールは困難です。更に、離陸中は全てマニュアルです。自動着陸時は電波で横方向をコントロールしてるので自動で出来ますが、離陸では電波は使えません。

議論として

・お客様もこの後の乗り継ぎがあり遅延は許されない。
・通報値はminima丁度で規定上離陸出来る。
・滑走路にLine upした時点で、センターラインライトが本来見える数を下回っている。
・横風の雨という天候

さて、この状況であなたはパイロットとしてどう判断しますか。

行っても正解、やめても正解にすることは出来ます。Line upした時に見えておかないといけないライトの数を知らない人なら、迷わずに行けるかもしれません。知らぬが仏。いや、どちらかというと

無知は罪なり、知は空虚なり、英知を持つもの英雄なり
ソクラテス

という表現がベストかと思います。

知らなかった、というのは罪。
不安全サイドに知らずして近づくのか。

知識だけあって行動しないのは空虚。
ライトの間隔や自機のブラインドエリアの範囲だけを知っている事は何もしないのと同じ。座学では優秀な訓練生かもしれません。

知識があり行動するものだけが優れた人。
知ってる知識を実運航に活かして初めて優れていると言えます。

パイロットに求められるのは知識の活用です。

ライトが見えないので離陸やめます。も活用だし、
通報値も入っていてライトはぼやっとしていますが存在は見えているので、経験上コントロールは可能と判断して行きます。これも知識の活用。

「高度な職業には葛藤がある」という言葉を聞いたことがあります。

どちらも正解、どちらも半分不正解、という状況において、短時間でthe Bestは選択できなくても自分がthe Bestだと信じるに足るmuch betterな解を瞬時に選択していく能力はしっかり養っていきたいところですね。そのためにはいかに想像力を働かせ、イメージフライト出来るか。それがキーワードだと教官に習いました。



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