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Blur キャリアを振り返る

The Beatles, The Kinks, David Bowie, Julian Cope, XTC, The Police。連綿と続くブリティッシュロック、そしてUKアートロックの歴史を、90年代において唯一継承したのがBlurだ。

Summer Sonic 2023へのヘッドライナー参加が決まった今、そんなBlurのアルバムを、その時々のDamonの心情を象徴する歌詞と共に振り返っていきたい。



1st 『Leisure』 (1991)

She's so high
She's so high
She's so high
I want to crawl all over her

("She's So High")

マッドチェスター、シューゲイザーの置き土産かのように扱われるのはRadiohead, Suede, The Verveとも同じだが、この3バンドのデビュー作がその2つのジャンルとは全く異なるものに仕上がっていたのとは違い、どうしてもこのBlurのデビュー作には中途半端な印象がある。

The KinksとXTCから受け継いだ独特のコード進行とGrahamの奇抜極まりないギタープレイは既に非凡ではあるが、何にも考えずマッドチェスターを繰り返すだけのリズム隊とボーカルを改めて聴いていると、「このバンド唯一の非傑作」という感想がやはり強まる。

アルバムに漂うのはモラトリアムの微睡そのもので、ここにはキャラクターを設定する寓話的スタイルや、自身の心象を掘り下げるスタイルはまだ存在しない。"She's So High"の歌詞なんて、授業サボってベッドの中で妄想してるボンヤリ大学生そのもの。"There's No Other Way"で"You're taking me up when I don't want to go up anymore"と上昇志向の無さを歌っているのも興味深い。その他、取るに足らない愛の言葉がちりばめられている。

怠惰なポップソング集としてなら出来は良いが、Blurの作品群においては一段も二段も劣ると言わざるを得ないだろう。



2nd 『Modern Life Is Rubbish』 (1993)

I need something to remind me that there is something else.
("Advert")

ここから7作はもう全て傑作である。本作は"中途半端"なデビュー作から一転、"イギリスらしさ"を前面に出して独自の音楽性を確立させた傑作だ。前作後の辛いアメリカツアーでアメリカに嫌気がさし「やっぱりイギリスがNo.1!」という気持ちが芽生えたことが、この作風を生み出した。

本作がグランジの精神性と共鳴する点は全く無い。"Chemical World"はレーベルに言われて嫌々作ったアメリカ市場向けのシングルであり、ここにDamonの気持ちは入っていない。

リズム隊は相変わらず何の個性も無いが、GrahamのギターとDamonのソングライティングは飛躍的な向上を遂げている。特に、レーベルからシングル向きの曲が無いと言われ即席で書いた"For Tomorrow"を筆頭に、意外性に満ちながらも必ずポップに着地するメロディはブリティッシュロックの歴史を完璧に踏襲するものであり、"イギリスらしさ"が完全に花開いたことを華々しく宣言していた。

その"イギリスらしさ"がのちに国粋主義的なプロパガンダに絡め取られていきアイデンティティの喪失に繋がるわけだが、本作の時点ではまだそれは無く、どこか夢見がちでほのぼのしたムードが心地良い。Manic Street Preachersの"4 Real"事件を冷めた目で見ていたというエピソードも彼ららしい。

ちなみにアルバムタイトルの『現代生活はゴミ』だが、決してネガティブな意味ではなく、ゴミに見える中から光るものを見出して歌にしたいというDamonのアイデア。"Advert"の歌詞を借りれば、「何か他にあるだろうって気付かせてくれるものが必要なんだ」ってことなのである。



3rd 『Parklife』 (1994)

I put my trousers on, have a cup of tea and I think about leaving me house
(”Parklife”)

最大の代表作。前作で花開いたソングライティングが大輪の花を咲かせ、ブリットポップの寵児となった。イギリス政府の国威称揚政策(「クールブリタニア」)に利用される動きもありながらも、ロンドンの普通の人々の日常をやりすぎなほど皮肉たっぷりに描いている。時代とバンドの勢いが完全に合致した、完全無欠の作品。

曲の粒も2ndより明らかに大きくなっている。突然変異的な"Girls & Boys"は置いておいても、ブリットポップの最高傑作"Parklife"のヴァースとコーラスの鮮やかな対比は素晴らしいの一言だし、"To The End"のノワールで退廃的な叙情、"This Is A Low"のアンセムとしての風格などは、作者自身がゾーンに入っていることを前提として、それが時代精神と融合しないと生まれないものだ。

歌詞の面では、曲ごとにキャラクターを設定した寓話的な語り口がピークを迎えている。中流40代男の空虚さと"目覚め"を描いた"Tracy Jacks"、空想のガールフレンドとの心中を夢見る男を描いた"Clover Over Dover"など、皮肉たっぷりに中流階級の滑稽さを弄る。逆に言えば、Damon個人の当時の心情を読み取ることは難しい。

しかし何が恐ろしいって、時代精神の頂点に立ったにも関わらず、バンドとしての頂点はまだ迎えていなかったということだ。



4th 『The Great Escape』 (1995)

He thought of cars
And where, where to drive them
Who to drive them with
But there, there was no one, no one

("He Thought Of Cars")

本作はブリットポップの狂騒に疲弊している真っ只中の作品。物語調の三人称を使うのはこれまで通りだが、歌うテーマとして、ロンドンの人々のアレコレを揶揄するものにまじって、他でもないDamon自身の心象を扱うものが増えてきたという点に本作の特徴がある。

"He Thought Of Cars"では車(バンドの方向性)をどこへ走らせようか迷う心境とメンバー間の不和がダウナーなトラックの上で描かれている。"Best Days"では「今が一番最高の日々だなんて言ったらみんなに笑われるだろうな」と自虐に浸る。極め付けは"Dan Abnormal"だ。理性を失った人間の怠惰な生活が描かれているが、曲名は他でもないDamon Albarnのアナグラムなのである。そして、「僕たちが彼をこんなふうにしてしまったんだ」と歌われる。何のことかはもう言うまでもないだろう。

しかし本作で彼らが凄かったのは、そんな疲弊した状況を完璧なポップソングに変えてみせたところだ。Damonの書くメロディは2nd,3rdの捻くれ具合をさらに洗練させ、独特の美しさを完全に打ち立てている。U2のボノに「自分が書いた曲だったら良かったのに」とまで言わせた"The Universal"を、疲弊真っ只中に書ける底力。

同じくビッグバンドとしての疲弊を歌ったU2の『Zooropa』が疲弊を全面に出した正直な作品であったことを考えると、Blurのポップバンドとしての矜持と表現力には大いに驚かされるし、そこに惚れる。同時に、次作での変貌振りを見ると、この作風は相当無理していたんだなとも思う。そんな作品。



5th 『Blur』(1997)

The death of the party
Came as no surprise
Why did we bother?
Should have stayed away

("Death Of A Party")

これはやはり頭一つ抜けている作品だろう。ブリットポップの狂騒から完全に抜け出し、独自の道を走り始めた、記念すべき真のデビュー作である。当時メディアには「商業的自殺」「うぬぼれ」とボロボロに言われていたが、今考えればこのバンドの最高傑作はこのアルバム以外にはあり得ない。

「とあるパーティの死。なんであんなのに関わってしまったんだろう」「もう海に流されてしまいたい」といった、ブリットポップの旗手として祭り上げられたこと、そしてそれに乗っかったことを猛烈に後悔する歌詞が目立つ。

そのDamonのやさぐれた心情を表すために使ったのがUSオルタナ/ローファイの粗雑なモードで、安易な理解を拒むヤケクソ気味なプレイが全面に出ている。同時に、転んでもただでは起きないのがDamonで、彼が昔から持っていたUKアートロック特有の気高い実験精神が混ざり合い、混沌からスモッグのように立ち上がる唯一無二のハードボイルドな作品に仕上がっている。

しかし何よりGrahamのギターがとにかく凄い。他の作品とは比較にならないほどエキセントリックなプレイが満載されている。"Country Sad Ballad Man", "On Your Own", "Death Of A Party", "I'm Just A Killer For Your Love", "Essex Dogs", "Dancehall"での完璧に計算された無秩序なプレイには何度聴いても鳥肌が立つ。グランジからの影響を指摘される本作だが、グランジにこれほど個性的なギタリストがいただろうか?

ブリットポップ時代を思い出させる"Looking Inside America"は明らかに居心地悪そうに気まずそうに存在しており、この曲はブリットポップなんて退屈でクソだ、という当て付けのためだけに収録されたのでは?という気にすらなる。そしてそんな曲でアメリカ進出への憧れと諦めが入り混じった感情を歌うだなんて、この時のDamonは完全に何も気にせずやりたい放題だった。

ブリットポップというのっぺりした退屈なムーブメントが崩壊した直後に、UKロックが本来持っていた折衷主義/革新主義をリスナーに思い出させ、さらに同時にグランジ以降のUSオルタナティブに対するUKからの(ほぼ唯一の)回答にもなっている。そしてそれらは作り物ではなく、作家本来の気質と環境から生まれたリアルな表現の結晶なのである。見事としか言いようがない。90年代後期はUKロックの名作が多いが、本作はその中でも群を抜いているように思う。『Parklife』ではなく本作を作った時点でBlurは本当の意味で歴史的なバンドになったのだと私は思っている。



6th 『13』(1999)

I'm coming home
So cold
No more
Home
No more, no more, no more

("No Distance Left To Run")

音だけ聴けば、この作品はBlurで最も難解で掴みどころの無い作品だ。メンバー全員が何か新しいことにチャレンジしたいと思っていたが、しかし方向性のアイデアが浮かばない。そこで、まずメンバーが一日中無言でジャムを繰り広げ、それをプロデューサーのWilliam Orbitが一人で編集し曲に仕上げるという方法をとった。メンバーすら、どんな風に仕上がっているかは曲が出来上がるまで分からない。結果、解釈の難しい怪作が出来上がった。

タイトルの13とは、アルファベットBの変形、つまりBlur解体を意味していると思っている。昔ツタヤでCDを借りた時ポップには「ビートルズ Revolver以来の傑作」とか書いてあったように記憶しているが、流石に投げやりすぎるだろう。でも匙を投げたくなる気もわかる。そんな作品である。

音ばかりに注目していると、このアルバムの全体像は全く見えてこない。と言うか、このアルバムの音についてアレコレ語ることは私は無意味だと思う。なぜなら、バンド自身が方向性の手綱をプロデューサーに握らせていたような作品にバンドの意志を見出そうとしても仕方ないからだ。つまり「たまたまこの音になった」だけで、この音である必然性は無かったのである。

本作の意味は、当時のDamonが置かれた状況と、それを表した歌詞にある。Justine Frischmannとの失恋をベースに、やりたい放題やった前作がまた売れて「しまった」ことへの違和感、メンバーとの軋轢、バンド継続への複雑な思い、そういった情念が意外とストレートに歌われているのである。つまり、歌われている内容は古典的なブルースと言うことができる。

一曲目"Tender"で「俺の心を癒してくれる人が必要なんだ」と歌い、ブルージーで剥き出しな最終曲"No Distance Left To Run"で「もう終わった、もういい、もう家に帰りたい」と投げ出す。結局その人間臭いスタイルに帰結するからこそ私はDamonのことが好きだし、このアルバムをただの変なアルバムで終わらせず、普遍的な余韻を持たせていることに成功している。



7th 『Think Tank』(2003)

I just wanna be darling with you
("On The Way To The Club")

私は「切ない」系のアルバムに目が無いが、本作こそがBlurの中で最も「切ない」アルバムだ。ところどころに顔を出す、本作制作途中にアルコール依存症で離脱したGrahamへのDamonの哀惜の念がたまらない。またGraham離脱とバンド解散がささやかれていた中でのリリースであったため、既に崩壊したバンドの最終作という捉え方がされていた。それもあり、本作は「ああ、バンドが終わっていくんだな」という切ない感慨に満ちている。

音的にはアフリカ・マリのリズムアプローチだったり楽器が使われており、そこにダブ的な重低音と繊細なエレピを混ぜたり、打ち込みを入れたり、色々やっている。しかし温かみと柔らかさと儚さに溢れているのが最大の特徴である。Grahamの特徴的なギターは聴けないが、それを95%くらい埋め合わせるほど、この音は麻薬的な魅力を持っている。ほとんどをDamonが作り上げたのだろうが、改めて彼の精神力と粘り強さには驚かされる。ひどく逆説的に言えば、Grahamが脱退しなければ本作は生まれなかっただろう。

しかし更に素晴らしいのはDamonのソングライティングそのものである。かつてあれだけ捻くれたコード進行とメロディを歌っていた彼が、ここでは憑き物が落ちたかのように、あまりに美しいメロディをストレートに歌っているのである。ここに触れないレビューが多すぎて困る。どうしたら触れずにいられるのか。いったい何を聴いているのだろう。

特に、"Out Of Time", "Good Song", "On The Way To The Club", "Sweet Song", "Battery In Your Leg"で聴けるメロディの美しさは筆舌に尽くし難い。そのメロディをGraham脱退への寂し気な思いを綴った歌詞で歌い、それが前述の柔らかく儚いサウンドに乗れば、もうこのアルバムの虜である。



8th 『The Magic Whip』(2015)

And if you have nobody left to rely on
I'll hold you in my arms and let you drift

("Lonesome Street")

再結成後の作品としてこれほど優れたものは滅多に存在しないと思う。往年の方法論を踏襲しながらも、本作独自の新要素がしっかりある。それでいてバランスよくまとまっており、アルバムの流れも良い。経験してきた全てを受け入れ自分の血肉としていくようなポジティブな歌詞も良い。上に挙げた"Lonesome Street"の歌詞は、解散前の最終曲"Battery In Your Leg"へのアンサーになっており、それだけでジーンとくる。

しかし何が良いって、再結成バンドにありがちな「全盛期への回帰」が根底に無いのが良い。ブリットポップ時代を思い出させる"Lonesome Street", "Go Out", "The Broadcast"には、しかしその時には無かったアグレッシヴなギターが鳴り響いている。これは明らかにGrahamのソロ作を経なければ得られなかったものである。

"My Terracotta Heart"や"Ghost Ship"を聴けば、かつて録音(エンジニアリング)にあまり注意を払わなかったDamonが、Gorrilazでの活動を通して学んだ技術をBlurにも注ぎ込んでいる姿を見ることができる。"Ghost Ship"のアフロ的アプローチをはじめ、リズムへのこだわりを感じるのも良い。

それでも無理矢理文句をつけるとすれば、これだ!と言える新たな代表曲は生まれなかったところ。"Ong Ong"は一見かつての名曲に引けを取らないほどキャッチーだが、CFGを繰り返すだけのコード進行があまりに単調すぎる——いや、それで良いのかもしれない。香港への旅情を楽し気に歌うこの曲には、そのくらいのシンプルさが似合う。



あとがき

『The Great Escape』を境として、歌詞のスタイルがこれほど180°変わったソングライターは他に知らない。全く違うアーティストのディスコグラフィを無理矢理くっつけたような印象すら受ける。

私としては、ブリットポップの狂騒と崩壊、それに伴う彼女との離別とバンドメンバーとの軋轢、そしてそれをアートロックに落とし込んでいくスリリングな展開。それを楽しめる『Blur』以降の後期作品にこそ、このバンドの真髄があると考えている。

分かりやすいムーブメントと結び付けることが出来ない後期作品は触れられることが少ないが、今夏に来日を控えた今こそ、若い世代のリスナーに再評価されることを願う。

好きなアルバムランキング
1位 『Blur』ダントツ
2位 『Think Tank』ダントツ2位
3位 『The Great Escape』
4位 『The Magic Whip』
5位 『13』
6位 『Parklife』
7位 『Modern Life Is Rubbish』あまり聴かない
8位 『Leisure』ほとんど聴かない

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