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The Voidz 『Like All Before You』 (2024)

6/10
★★★★★★☆☆☆☆


私はこのバンドに対してはThe Strokes以上に入れ込んできたし、『Tyranny』『Virtue』に関しては21世紀の最も刺激的なロックレコード最有力候補だと普通に思っている。

このバンドの最大の長所は「刑務所ジャズ」と自称する奇天烈で激烈な実験精神と、その音の中から次第に立ち昇ってくる悲劇的な美しさであるとずっと思ってきた。彼らの音楽には、人間を人間でなくする巨大なシステムに抗う逆徒による最後の足掻きのような悲痛さがあった。『Tyranny』の”Human Sadness”や"Dare I Care”を一度でも聴いたことがある人なら分かるだろう。

本作の歌詞もこれまで同様Julian Casablancasによって書かれ、悪辣な社会システムへの抗議、軍閥/軍産複合体への嫌悪感、テクノロジーへの不信感、陰謀論への興味など、極端な外向き志向を維持している。

"Flexorcist"では「隊列を組む兵士は丘を超えて墓地へ行進している」「娯楽漬けになり節穴となった市民は傍観という罪を犯す」などと歌っている。"When Will the Time of These Bastards End"では「生きるべき人間と死んでもよい人間を決める権利が誰にある?俺の子供を戦争に行かせるな、自分の子供を生かせろ」とかなり直接的に憤りを露わにする。

"Prophecy of the Dragon"では知識と経験を得た代わりに気楽さと純粋さを失った自分自身を嘆きその解決のヒントを東洋哲学に求めている。"Perseverance-1C2S"では音楽業界の不正に言及し反逆の歌に機会を与えろと歌う。"All The Same"ではテクノロジーは人類を助けるどころか孤独にするだけだと糾弾する。

本作を聴いていると、"Righteous(正しさ)"という単語が多く歌われていることに気付く。曲や文脈ごとに異なる意味合いで使われていて、人の数だけ存在する"正しさ"を振りかざす現代社会を揶揄する多層的な解釈が出来る歌詞になっていると思う。

個人的な好みを言えばこういう直裁的な歌詞にはあまりそそられないが、テーマや言葉の鋭さはこれまでと全く変わらないレベルにあるとは思う。

本作は当初、前二作を手掛けたShawn Everettと制作が開始された。5年前のことだ。しかしそれは結局頓挫し、代わりにIvan WaymanとJustinとJeremiahのRaisen兄弟が招かれた。

彼らが目指していたのは、より滑らかで、ビッグで、スタジオでの洗練を重ねたものだった。前二作のヘヴィな要素は重要視されておらず、「それはその時ただヘヴィなのをやっただけ」とコメントしている。その中で理想像としてイメージしていたのはThe Velvet Undergroundの『Loaded』で、ポップを装いながらも隠しきれないエッジが漏れ出る同作のような作風を目指したという。

Julianは「ポップミュージックは大衆に受け入れられるかどうかを気にする。それはビジネス上のスキルであって、アートではない。アートとビジネスのどちらが優れているかという話はしないけど、私の意見ではそれはやる価値が無い」と彼の信念を語っている。しかし本作の制作については、「決してセルアウトする作品を目指したわけじゃない。だけどクリーンでビッグな作品を作ろうとするのは楽しかった」と振り返っている。今回はたまたまそういうモードだったとシンプルに捉えるのが良さそうだ。

ただ、そうして出来上がった作品の音と歌には理解が及ばない点も多い。

曲自体の出来が悪いとは思わない。2,3,4,6,8などJulian節の不穏かつキャッチーなメロディラインを持つ曲も多く、ここに関しては不満は全く無い。曲調は、前二作のメイン路線たるシリアスな無国籍ヘヴィネスを踏襲する曲(3,9)を除くと、意外にも静かなもの(2,5)、曖昧なもの(4,7)、ポップなもの(6,8)で構成されている。ヘヴィネス(身体性)よりもサイケデリア(観念)の方に重点が置かれているように思う。こじんまりとはしているが、アルバムとしてまとまりはあると思うし、方向性に問題は無いと思う。

問題は、多くの曲に覇気が無いということだ。一部の曲を除き音から強い感情が聴こえてこない。その理由として、まず演奏の勢いをゴッソリ減損させているまるでデモ音源のようにオフ気味で平坦なミックスが挙げられる。各楽器が何をやっているか分かりやすいミックスではあるが、グルーヴが生きていない。ビッグでウェルプロデュースな作品を目指したというコメントだが、それがこの音を意図していたのだとしたら、失ったものも大きかったと思う。

演奏自体にもそこまで魅力が無い。奇抜な演奏は残ってはいるがアイデアは前二作の残り物という感じで、面白い演奏は特に聴こえてこない。シンセポップに場違いなギターソロが切り込んできたくらいでは、それより遥かにギッタギタな音を前二作で聴かされた耳からしたら、正直そんなに興奮できないのだ。

彼らにしか分からない狙いがあって、その通りの作品が出来たと彼ら自身が感じているのであれば、素人がそこに口を出すのは野暮でしかない。しかしスケールダウンした感じはどうしても否めず、いちファンとしては正直かなり物足りない。The Voidzに求めているものからよりによって一番遠いタイプの作品が出てきたなと思う。



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