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Muse 『Will Of The People』(2022)

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5/10
★★★★★☆☆☆☆☆


Museといえば『The Resistance』(2009) までは誰もが認めるUKロック最強のバンドだったが、以降の3作はファンにとっても賛否両論であり、ましてやファン以外にとっては「ライブの上手い大袈裟バンド」くらいの印象しか持たれていなかったのではと思う。

そのような状況下にあったからこそ、「新曲によるベストアルバム」というテーマに行き着いたのだろう。有体に言えば、ロックシーンにおける存在感が薄くなってきたところで、自分達の実力を得意なフィールドで見せつけてやる、ファンもファン以外ももう一回虜にしてやる、そんな気合いを感じる。

その気合は実を結んだと言っていいと思う。曲は前作よりは書けているし、曲ごとにカラーの違う多彩なサウンドも楽しめる。ボーカルは『The 2nd Law』(2012) を思い出させるほど絶好調だし、録音も完璧。アルバムの流れも淀みなく、ライブで盛り上がりそうな曲もしっかり用意されている。派手にダサい所やツッコミどころ満載な所も含め、エンターテイメント商品としては隙の無い出来。

また、「簡潔・短尺・豊富なバリエーション・豊富なカタルシス・豊富なフック・適度にラウド」と本作の要素を挙げていくと、全てがストリーミング時代における正解=「ファーストインプレッション命」を打ち抜いていることに気付かされる。確実に意識しているだろう。上述の要素を全て真逆にしたバンドがいるとして、誰が進んで聴きたいと思うだろうか? 抜かりの無いマーケティングの巧さには脱帽するしかない。実際、本作で初めてMuseにハマったストリーミング世代も多いようだ。

「ロックバンドとしての進歩・成熟・洗練が全く感じられない・自己模倣に過ぎない」という批判がある。とてもよく分かるが、その批判は10年遅い。『The 2nd Law』(2012) 以降の彼らはもうそういったものは捨てた場所にいる。エンターテイメントに徹しファンの機嫌を取ることが彼らの最大の目標であり、本作でもそれは見事に達成されたと言っていい。MuseとはKISSでありAC/DCなのであって、The CureやRadioheadとは根本が真逆なのである。



『最近聴いているアルバム』の過去記事で書いた曲レビュー。アルバム未発表時のレビューなので、アルバム通して聴いた今とは異なる視点だったりする。

Won't Stand Down

Museの新曲。Mattew Bellamy節のマイナーメロディとEDM的シンセ、そして過去最もヘヴィメタルなギターが融合した傑作。今のロックに求められるのは包括性・破壊力・客観性と前に何かのレビューで書いたが、この曲はまさにそのトライアングルを突き抜ける。様々な要素を自然に取り入れ、有無を言わさぬ破壊力があり、ロックを目的ではなく手段として的確に利用する抜け目の無さと手際の良さがある。 前作の"Pressure", "Blockades"には「ロックであること」自体を目的としてしまった退屈さがあり、しかもそれにしては破壊力も足りないという中途半端な出来だったが、この曲はそれらとは根本的に比べ物にならない完成度がある。前作の曲の中では、ゴスペルとダブとロックを融合させた"Dig Down", ヒップホップとオルタナティブロックを融合させた"Break It To Me", トラップとスタジアムロックと融合させた"Thought Contagion"は傑作だと思ったが、それらを超えてMuseにとってここ10年で最も重要な曲だと思うし、今後のロックの指針となる曲だと思う。やはり20年生き残るバンドは凄い。

Compliance

開き直ったようなシンセのリフが度肝を抜く新曲。この人達の中に「バズりたい」という欲望がどれくらいあるのかが気になる。再ブレイクしたいから80年代ブームに擦り寄ったシンセ音を使っているなら、それでもバズらないのは何だか可哀想だし、逆に全くそんな下心無くこの音を使っているとしたらそれはそれで無邪気すぎて面白い。いずれにしても曲は凡庸、シンセ音以外に語るべきところがなく、Muse流ロックを再定義した傑作"Won't Stand Down"に比べると一段も二段も落ちる。

Kill Or Be Killed

これまでのヘヴィサイドのMuseを形作って来た要素が矢継ぎ早に繰り出される。1.5倍速で全アルバムの要素を繋ぎ合わせたダイジェスト版のような。新作についてメンバーは「新曲によるベストアルバム」と語っている。"Compliance"や"Will Of The People"を聴いた時には訝しんでしまったが、この曲を聴いてその信憑性が一気に高まった。 だが、それより注目したいのがミックス。私は『Drones』以降のMuseの魅力は、ライブではなく、むしろスタジオ録音版にあると思っている。各楽器の分離の良さ、スネアの録音の良さ、ツーバスとミュートギターの合わせ方、ベース/ボーカルのファズの精細さ等々、テクスチャーへの凝りが異常なレベルにある。この曲はその意味で彼らの到達点にある。音数が多いのにこれだけ整理された音を作れるバンドは、他にあまり思いつかない。今のMuseはともすれば大道芸ライブバンドのように勘違いされがちだが、この点において、もう少し注目されるべきだと思う。




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