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Oscar Jerome 『The Spoon』(2022)

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8/10
★★★★★★★★☆☆


今年最も楽しみにしていたアルバムだったが、その期待をしっかり超えてきた。ジャズ、ヒップホップ、ソウル、ファンク、アコースティックの垣根は前作以上に打ち壊されている。前作の基調であったジャズ感、ソウル感は薄れてきている。もはやなんとも形容し難い、Oscar Jeromeでしか聴けない固有の世界が広がっている。

彼は形式よりも内面に重きを置くアーティストだ。歌詞は全体的に彼の漠然とした不安、焦燥、逃避欲求が満遍なく歌われている。そのせいか、いかにギターとドラムと管楽器が鳴り響く展開でも、心の底からの解放や楽しむ姿勢というのは感じられない。常に、一人の青年の沈んだ表情がある。前作以上にメランコリックなトーンとなっている。私はこういうアルバムが大好きだ。

演奏面では、まずドラムのインパクトが相当強い。例によって、KokorokoメンバーAyo Salawuの記名性の高いスネアが鳴り響いている。サウスロンドンに名ドラマーは何人もいるが、スネアの音の鳴りではトップ。Richard Spavenよりも好き。Oscarのギタープレイを背景として、完全にドラムが支配している。このドラムが無ければ、本作は過度に沈鬱になっていただろう。その意味でも多大な貢献を果たしている。

Oscar自身のギターも明らかに幅を広げている。ギターソロや派手なエフェクトに頼ることなく、落ち着いたトーンと多彩なアイデアを用いたプレイで飽きが来ない。特に柔らかいアンビエンスと不穏なムードを同時に醸し出すアルペジオワークが全編で中心となっており、これが彼のシグネチャーと言える。

彼はKokoroko脱退の理由を詳しくは語っていないが、このアルバムを聴けば、なんだか全てが腑に落ちる。音より雄弁なものは無い。

サウスロンドンジャズは一時期の過熱的な状況を終え、過渡期に入りつつある。盛り上がりの中でデビューしたアーティストがこうやって独自の進化を遂げているのを聴くのは、とても楽しい。


1. The Dark Slide (01:12)

アルバムのイントロ。抽象的な音の羅列。

2. Sweet Isolation (05:38)

Blue Lab BeatsやBlack Midiへの客演で知られるKaidi Akinnibiがサックスで参加している。チープな打ち込みと単調なシンセベースによるトラックの中で、彼のサックスだけが色を持っている。かなり不穏で陰気。いいねいいね。

3. Berlin 1 (05:02)

ここでAyo Salawuのドラムが登場。スネアの音が気持ち良すぎる。ボーカルはラップ調で相当かっこいい。地に足着かぬ不安定な精神を歌っている。現代人の多くと同様に、Oscarもスマホ依存症のようだ。Tom Driesslerのベースはやはり強い主張をせず曲に寄り添う。ベストソングその1。

4. The Spoon (07:06)

前曲から打って変わってダークなムード。アルペジオのトーンが良い。鳥肌が立つような静寂とシャウト。明るいパーカッションもここでは虚無に響く。前作でも少し感じたが、やっぱりこの雰囲気にはThe Policeを感じるところがある。7分があっという間に消える。

5. The Soup (00:39)

アコギとドラムによる小曲。

6. Channel Your Anger (04:47)

スネアの音がやはり格別。しかしこの曲の主役はフルート(Gareth Lockrane)とコンガ(Crispin ‘Spry’ Robinson)。いずれも現行サウスロンドンシーンというよりは、彼より一回りも二回りも上の年代のレジェンドである。内面の怒りや焦燥をいかにコントロールするかというテーマの歌詞で、フルートはその感情を表しているように聴こえる。

7. Feet Down South (06:29)

これもAyo Salawuのドラムが大活躍している曲。かっこよすぎる。Yussef Dayesより好きかもしれない。Oscarのラップ調ボーカルもベースもギターもかなり良い出来。この曲だけギターソロの尺が長めにとられている。ベストソングその2。サウスロンドンに対する愛憎が率直に描かれた歌詞も引き込み力がある。

8. Aya & Bartholomew (01:47)

アコギのインスト。物悲しいトーン。こういう一つ一つのセンスが良い。

9. Feed The Pigs (03:39)

ドラムンベース風ドラムが斬新な曲。King Krule作品でのIgnacio Salvadoresにも通じる、徐々に追い詰められていくようなサックスプレイが焦燥を煽る。終盤でのドラムを交えた爆発的な展開は、本作随一の盛り上がりどころ。

10. Path To Someone (00:46)

パーカッションとギターとスキャット。Robert Wyattの『Short Break』を思い出すボヤけた世界。

11. Hall Of Mirrors (04:54)

本作で唯一と言っても良い、王道の雰囲気を持ったソウル。こういう王道の曲が少なくなったというのが本作の特徴と言えるかもしれない。しかし終盤ではフルートも混ざり、プログレR&Bかというような盛り上がりを見せる。相当凄い。ベストトラックその3。

なお、ボーカルを提供しているLéa Senはダークなフォーク/アンビエント/R&Bを歌うロンドンのシンガー。今年5月に出たEP『You Of Now Pt.1』は良い出来で、個人的にはJapanese Houseの不在を埋めてくれる存在。

12. Use It (05:54)

パーカッションで始まり、6分間ずっと同じギターフレーズが鳴り続ける。終始落ち着いたトーンで、起承転結で言えば"起起起起"的展開の曲だが、Ayoのドラムが間延びさせない。歌詞は抽象的なので理解は難しいが、この音の作るムードに浸れればそれだけで良い。かっこよすぎるラスト。



前作収録の代表曲のスタジオライブバージョン。彼およびAyo Salawuのドラムがどう素晴らしいのか一目で分かる動画。


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