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The Big Pink 『The Love That's Ours』 (2022)

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7/10
★★★★★★★☆☆☆


私はこのバンドのことがとても好きだった。デビュー作『A Brief History Of Love』(2009)は衝撃だった。美意識に塗れたノイズを鳴らす芸術性が、超ビッグなメロディやヒップホップのビートなどを取り入れる先進性とこんなにも両立できるのかと驚いた。

Deerhunter『Microcastle』(2008)によって「メインストリームとは異なるインディの美学」に目覚めた少年/青年にとって、このバンドのデビュー作はまさに「その先」を見せてくれるような名作だった。

1stには様々な魅力があったが、その中から彼らが2nd『Future This』(2012)で選び取ったのは、よりビッグでポップな方向性だった。The Music, Kasabian, Subkicksなど00年代UKオルタナティブ(グルーヴ)ロックに近いと言っていいかもしれない。それらのバンドは今聴くとかなり時代を感じるが、このアルバムはノイズの使い方や打ち込みの音色に至るまで作り込みが尋常ではなく、全く古びていない。

しかしその後EPを除いてまったく音沙汰がなくなり、存在を忘れた頃にリリースされた本作。変わらないあの音が鳴っている。一瞬であの時代の記憶が蘇る。

構成要素は何も変わらない。ビッグなリズムが曲の根幹を担い、フィードバックノイズがアクセントとして吹き荒び、神秘性・空間性を演出するシンセフレーズが余韻を醸し出す。Robertson David Furzeのボーカルは歌心に溢れたメロディを丁寧に歌い上げる。

2018年のWolf Aliceとの全米ツアー中に書かれた"No Angels"は柔らかくポジティブなメロディが自然に馴染む。跳ねるリズムとメロディが耳を心地良く刺激する"Outside In"や"Murder"はかなりポップな出来。

"Love Spins On Its Axis"には3人の"Jamie"が関与している。友人Jamie Reynolds(元Klaxons)のヒップホッププロジェクトにインスピレーションを得て、親友Jamie Hince(The Kills)と共にリズムのプログラミングを行い、Jamie Tにバックボーカルとギターを依頼したという。ビッグな曲に仕上がっている。

"Rage", "Safe Sound"は彼らの特徴である神秘的なムードを持ったスロウバラード。"Back To My Arms", "Even If I Wanted To"は地味だが堅実で誠実なノイズポップ。オープナー"How Far We've Come"、クローザー"Lucky One"はともにスケールの大きな佳曲。

ロックの傑作とされる要件としては、同時代性・先進性・圧倒的な質、などが挙げられると思う。1stにはその全てが揃っていたが、逆に本作には一つも存在しない。

しかし別にそれはマイナスポイントではない。明らかなキラーチューンは存在せずとも、どの曲も適度にポップなメロディを持っており、親しみやすい。何より、余計なことを考えずに自分たちの考える良い曲をしっかり表現しようという健康的なヴァイヴが本作には存在している。それだけで十分だ。

振り返ってみれば、ロックリスナー生活というのは「ちょっと良いインディアルバム」の豊かさに支えられてきた面が大きい。結局、愛聴するのは「息詰まる名作」より「風通しの良い佳作」だったりする。本作はまさにそれを地で行くアルバム。


先行曲は2,3,4,7。2,4,5,11が好き。



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