見出し画像

Wunderhorse 『Midas』 (2024)

9/10
★★★★★★★★★☆


魂を揺さぶる名盤。曲と演奏と声と言葉だけで勝負し、大勝利を収めている。

1stアルバム『Cub』(2022)は、ロンドンのパンクバンドDead Pretties解散後にフロントマン=Jacob Slater(ボーカル・ギター)が書き溜めていた曲を、10年以上前からの友人であったミュージシャン3人(ギターHarry Fowler、ベースPeter Woodin、ドラムJamie Staples)とともに演奏したものだった。全ての作曲と演奏は最初からJacobの頭の中にあったものだったし、だからWunderhorseとはあくまでJacobのソロプロジェクトだった。ちなみにWunderhorseというバンド名は昔のアメリカのテレビ番組名からとられている。

本作は、前作のツアー後に3人を正式メンバーとして迎えてから初めてのアルバムとなる。基本的な歌詞とコードはJacobが用意したものだが、そこにメンバー全員でアイディアを加えていった。そのためJacobは「本作がWunderhorseの本当の意味でのデビューアルバム」と位置付けている。

曲調について。『Cub』はNeil YoungTom Waitsからの影響が強いメロディアスなフォークロック+グランジという印象で、繊細な歌心や緩急の効いた曲構成も含め、デビュー作にしては異常な完成度を誇るものだった。しかしJacobやJamieは「オーバープロデュースで洗練されすぎていた」と反省を口にしている。同時に「最近の音楽は洗練や完成度を求めすぎている」とも。『Midas』ではそこから離れ、激しいライヴのエネルギーを前面に出した生々しく儚いものにしたかったと語っている。その目指す方向性がメンバー全員に共有され、完全な形で実現されている。

また彼らは信念として「音楽第一主義」を掲げている。Jacob曰く「今のアーティストは自分のパーソナリティを世間にアピールすることに多くのエネルギーを注いでいる。音楽はパーソナリティに付随する単なるサウンドトラックになってしまっている。クソだ。」「ストリーミング数、再生回数、フォロワー数を競う狂ったゲームには参加したことがないし、参加するつもりもない。音楽だけがリアルだ。」と。

ロックバンドの価値を再生回数で値決めしたり売れないインディバンドを小馬鹿にするような評論家も一部では存在するが、どちらに信念があるかは言うまでもない。Fontaines D.C.Grian Chattenも最近似たようなことを言っていた。新世代ロックバンドの旗手たる2バンドのフロントマンが同じような理念を持っているのは本当に頼もしいし心強い。

レコーディングは米ミネソタ州のPachyderm Studioで行われた。かつてNirvana『In Utero』やPJ Harvey『Rid Of Me』のレコーディングが行われたスタジオだ。彼らはこのスタジオの特徴としてドラムの鳴りの良さを口にしており、『In Utero』の”Francis Farmer”と本作収録”July”でドラムの音が全く同じだと興奮気味に語っている。確かに凄い迫力。

プロデューサーはCraig Silvey(R.E.M., Portishead, Arcade Fireなど)で、完璧さより生々しさを追求するというバンドの掲げた方向性を最後まで応援し維持させたり、古き良きロック名盤を毎朝メンバーと一緒に分析しその演奏手法を学ばせるなど、指導役として重要な役割を果たした。

そしてレコーディングは全てアナログ録音で行われた。全ての曲の全てのテイクがライブ録音なのである。例えば"Silver"のオブリガートの綺麗なリヴァーヴもProTools上での編集ではなくライブ録音だし、"Midas"に至ってはリハーサル音源がそのまま使われている。これが出来るのも、彼ら(特にJacob)の演奏能力の高さあってのことだ。

レコーディングは非常に順調で、数日で終わった。その間、言葉では説明できない特別な魔法のような空気が漂っていた。メンバー自身も説明できないその空気の下、全てが思った通りにうまくいった。いわゆるゾーンに入った状態だったのだと思う。

出来上がった曲は狙い通り、一つの巨大な感情の塊となった演奏が熱くたぎる、緊張感溢れるものに仕上がっている。1曲目の"Midas"はグランジの鬱屈をガレージロックの簡潔さで放出するいきなり圧巻の出来。"Rain", “Emily”, "Arizona"のように暴発しそうでしないスリルと緊張感に溢れた曲もあり得ないほどのスケールを放っている。”July”でのJacobのボーカルはKurt CobainLayne Staleyに何ら劣らない迫力を持っている。

そうかと思えば、"Silver", "Cathedrals", "Girl"のように瑞々しく抜けの良い曲も自在に書けてしまう恐るべきソングライティング能力。どっしりとしたテンポで熱唱する"Superman"での巨大なスケール。そして8分41秒に及ぶラスト"Aeroplane"でのまるで痛切なバッドエンド映画のエンドロールのように優しく切ない雰囲気。雷鳴のようなギターソロ。

全ての曲がこれ以上ないほど完璧だ。終盤にかけて徐々に感傷的になっていく流れも文句のつけようが無い。

Jacobは相変わらず情景の浮かぶ詩情に溢れた歌詞を書く。テーマ自体は資本主義社会への不信感だとか自分の才能への自信だとか恋愛だとか人生の後悔だとか何も特別なものではないが、その表現センスがずば抜けている。

Cathedrals”では自分の中に迸る才能で破壊的な美を表現すると自信満々に歌っている。”Midas”では自信に満ち溢れた自分を単なる駒の一つとしてぞんざいに扱う”やり手業界人”を、”Emily”では人間性を鈍麻させる過労を、それぞれ痛烈に非難する。”Silver”も”やり手業界人”への嫌悪感を露わにしながらも「よく聞け/ライヴに来れば全て分かる/全て俺のものだ」と自信を滲ませている。一方で”Superman”では、自分は特別なのに社会が評価しないと思い込む凡人を描いている。Jacob自身のことを自嘲気味に描いているのだとしたらその冷静さには驚かされる。

自己の内面をより深く掘り下げた曲もいくつかある。”Rain”は6年前にやめたドラッグの後遺症が今なお心身を蝕み続けていることを吐露する。”July”もリハビリ施設にいた時の壮絶な記憶をベースにしている。”Arizona”は中絶に対する一人の男の猛烈な後悔を歌っている(Jacob自身の話とは明言されていないがライブでの演奏前に「実話だよ」と言っていた)。”Girl”では過去の恋を切なく狂おしく歌い上げる。

言い回しがかなり詩的で比喩の多かった『Cub』に比べると直接的な表現が増えたように思うが、それは生々しいアルバムを目指すという方向性あってのものだろう。それでもなおハッとさせられる歌詞はあちこちで聴くことができる。いくつか印象的なのをコピペしようと思ったけどほぼ全歌詞になってキリがないことに気付いたので、この美しさは聴く人それぞれで味わってほしい。

全ての曲がこれ以上ないほどの素材を持ち、その素材の良さを100%エネルギーロスなく理想の形に仕上げ切っている。それ以上他に望むべきものがあるだろうか。完璧なロックアルバムとはこういうものを指すのだと改めて思い知らされた。Jamieはこう宣っている。「つまり、心の奥底では… 世界征服が夢なんだ、分かるだろ?」 …よく分かるし、私にはその未来がありありと見える。


好き過ぎて1週間で300回聴いてしまった(30周)。本作は名盤になると確信していたので、リリース前にサイン入り限定ホワイトヴァイナルを購入済み。届くのが楽しみ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?