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メニカンbiweekly#4 マンション建築の系譜学2「椎名町アパート」

筆者:谷繁 玲央

往年のマンションを巡るシリーズ第2回は超高層マンション建設の先駆けとなった《椎名町アパート》を取り上げます。


《椎名町アパート》は鹿島建設の社宅として1974年建設され、現在も利用されています。現代の私たちからすればなんてことのないマンションのようにも見えますが、鹿島建設が会社の威信をかけて鉄筋コンクリート造の超高層に挑戦したのがこの《椎名町アパート》です。建設にあたっては《霞が関ビル》(1968)に携わった武藤清と二階盛が技術開発を主導しました。《椎名町アパート》にはもう一つの「超高層のあけぼの」という意味合いがあったのです。

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正面から見た椎名町アパート(筆者撮影)

ただ第一回でも述べた通り《椎名町アパート》は軒高47.7m(18階建)であり、60m以上という一般的な定義からすれば「超高層」にはあたりません。しかし、建設に携わった技術者たちは「日本で最初の鉄筋コンクリート造超高層建築」であると述べています。これは決して大言ではなく、計画案の段階では軒高59.2m(20階建)の建物として設計され、日本建築センターの高層評定もこの計画で取得されています。結果的には、近隣との関係で軒高47.7m(18階建)へと変更されて実現されました。

冒頭で超高層マンションと先駆けとしながらも、社宅であり、かつ超高層でもないという話の展開をしてしまいましたが、当時としては類例のないRC造高層住宅であり、事実《椎名町アパート》建設のために開発されたHiRC工法はその後の高層マンション建設に応用されていきます。

HiRC工法は《椎名町アパート》建設のために開発された様々な新技術の総称です。それらの技術の多くが、コンクリートの強度・靭性を高めることと、プレファブ化によって施工性を向上させることを目指して開発されました。特に高靭性については、1968年の十勝沖地震でRC造建物への被害が甚大だったことから重大な課題として対策されていました。当時の工事記録をまとめた記事によると、靭性を高めるために「カジマ式スパイラル柱」と呼ばれる柱が開発されました。複数の配筋形式を実験等で比較した結果、従来の「らせん式」と「たが式」を折衷させた「複合式(KS式)」が提案され、この新たな柱に採用されました。

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検討された配筋の種類 出典:参考文献1

こうした新しい配筋形式が開発されるとともに、柱や梁の鉄筋のプレファブ化が進み、施工性の向上も図られます。HiRC工法においてさらに特徴的なのは「KTS(カジママトラスショア)型わく」と呼ばれる、床と梁型枠のユニット化です。鋼製トラスの上に床型枠と梁型枠を組み込んだユニットが1フロアで6台、2フロア分で計12台使用されました。脱型後はクレーンで吊るされて二層上の型枠へと転用されます。PCaで建設するのが一般的になった現在からすると、かなりダイナミックな工法に映ります。

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「KTS型わく」引き出し中の工事写真 出典:参考文献2


《椎名町アパート》は建設からおよそ半世紀が経過していますが、設備や内外装が改修されたこともあり、綺麗な状態を保っています。技術的な挑戦であったがゆえにあまりに飾り気のない姿であり、初期のモダニズム建築のような爽やかさすら感じました。《霞が関ビル》は技術史上の遺産として研究やアーカイブが進みつつあります。《椎名町アパート》がそうした対象となるにはあまりに素朴すぎるかもしれませんが、幸いにもゼネコンの社宅として建設されたために、生きる建築として使われながら耐久試験の試験体としてもその価値を認められているように思います。こうした建築の技術史的価値が認められながら、可能な限り残っていけばいいなと願うばかりです。


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隣接する建物を含め一帯は鹿島建設の社宅が並ぶ(筆者撮影)


参考文献
1)萩原行正,「鹿島建設椎名町アパート 鉄筋コンクリート造超高層住宅のさきがけ」,『コンクリート工学』vol.46(9),2008年
2)二階盛,金子宏:「RC造による18階高層ビル 鹿島建設椎名町アパートの工事記録から」,『建築技術』vol.206,1974年8月
3)大石治夫,金子宏,岡本公夫:「鹿島建設椎名町アパートの施工」,『コンクリート工学』vol.13(4),1975年
4)岡本公夫,「鹿島建設椎名町アパート」,『コンクリート工学』vol.40(1),2002年
5)二階盛,大石治夫,金子宏,岡本公夫:「鉄骨コンクリート造高層建築の施工 鹿島建設椎名町アパートのコンクリート工事」,『セメント・コンクリート』vol.324,1974年2月

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