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NY渡航記、みたいな。たぶん①

はっきりと覚えている。雨が降る寒い日の午後だった。

きっかけは詰まらないことだった。「不思議な出来事」で書いた彼女といつものように口喧嘩になり、何を思ったか勢いで「俺はニューヨークへ行く」と言ってしまったのだ。自分でもどうしてそんな言葉が口をついて出たのか今でも分からない。ただ嫌気がさしていた。毎日ただ何かにイラつき、悪態をつき、何もかも、世の中も、自分にもうんざりしていた。

それまで海外なんて行ったことはなかった。パスポートも持っていなかったし、飛行機にも乗ったことがなかった。それどころか僕は勉強が大嫌いでロクな教育も受けておらず、まともに一冊の本すら読んだことがなかったから、ニューヨークがアメリカのどこにあるのかすら知らなかった。もちろん英語なんてほとんどできなかった。
しかし口にしてしまった以上意地があった。そして友人知人すべてにニューヨークへ行くと宣言し更に自分を追い込んだ。もう引っ込みはつかなかった。早速アパートを引き払い、それまでのバイトも辞め、住み込みのバイトをし、夜中も働いた。

そんな中、印象に残った出来事がある。

その時は機械部品をメッキ工場に運ぶトラックの運転手のバイトをしていた。工場から部品を運び、メッキ工場に降ろし、出来上がった部品を積んで運ぶだけ。人とのやり取りはほとんどない。そんなバイトの最後の日だった。メッキ工場の部品をトラックに積み込んで荷台に幌を掛けていた。そしたら工場から作業員が大声で僕を呼び止め駆け寄ってきた。そして彼は唐突にこう話しかけてきた。
「ニューヨークへ行くんだって?羨ましいよ。俺は中学を出てすぐに弟と妹、家族を養うためにずっとここで働いている。これからもずっとそうだ。俺にはきっと君のような人生はない。だから頑張ってきてくれ。俺の分まで。応援しているから」と。
彼とはそれまで一度も話したことはなかったが、どうしても僕に伝えたかったのだろう。僕は一言「ありがとう」とだけ答えた。帰りの道すがらずっと考えていた。どうして自分の人生をそんな風に決めつけてしまうんだ、と。でもそれも分からないではなかった。

旅費のために昼も夜も働いたが3か月程度では大した金にはならなかった。飛行機のチケットと$1000がせいぜいだった。それだけをポケットに突っ込み、数日分の着替えを袋に詰め込んだ。荷物はそれだけ、何とかなるさとガイドブックも買わなかった。相変わらずニューヨークがアメリカのどの辺かも知らなかった。

フライトは4月14日だった。

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