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限界集落 能郷地区紀子さんの大根漬け

過去の研究リサーチを一部改編して書き起こしました。
岐阜県本巣市旧根尾村の能郷地区、現在は限界集落として生活している家族の家庭料理「大根漬け編」
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「大根漬けるけど、この前塩漬けしたから2週間後に本漬けにきんさい」葉名尻さんから電話があり、2週間後に能郷の葉名尻さんのお宅にお邪魔した。
「まー、私が漬ける大根なんて、適当やで何の参考にもならんと思うけど」と言いながら、塩漬けした大根が入った大きな樽を見せる。

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葉名尻さんの家の裏には畑があり、そこで収穫した大根を1週間ほど干し、葉の部分だけ切り落とし、塩で漬ける。「塩加減はね、一段大根敷き詰めて一掴み入れて、またその上に大根敷き詰めて、一段ごとに塩入れてくの、重石をしてね2週間くらいすると水が上がってくるの、そしたら本漬け。」お嫁にきて、お姑さんがやっていたのを見様見真似で覚え、近所や友達にいいと言われた方法を毎年取り入れると話す。「今年はね、友達がすすめてくれた大根漬けの素を買ってきた」といい大根漬けの素と塩と合わせる。「どんなんになるかな」と嬉しそう。軒下に重なった漬物樽を水源から引いた水で軽く洗い、塩漬けした大根を押し込むように隙間なく詰め、糠と大根漬けの素を合わせた塩、そして塩漬け大根と交互に敷き詰める。

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葉名尻さんの手はかじかんで真っ赤になり、見るからに冷たそうだが、黙々と作業を繰り返す。全ての大根が樽に入り、おもむろに畑に向い、枯れた大根の葉を持ってきた。「これ、この大根を漬けるときに上だけ切って干してたの。これを最後に入れてから蓋をするの。お婆さんがやっとてね。これをするとカビが生えんのよ」と樽の淵に沿って、干した大根の葉を敷き詰め、蓋をして重石を乗せた。

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ここから2週間後から食べられるようになり、一年かけて、毎日の食卓や近所に配ったり、息子家族が帰省してきたときに持たせるそう。帰りには大量に畑で野菜を収穫して、コンクリートの上に並べ洗う。

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「こうやってね、息子たちにも持って帰ってもらうのが楽しみでね、若い人らは喜ばんかもしれんけど。自己満足でね。野菜も作ってるの」と穏やかな優しい表情で語る。私も遠慮なく野菜をいただいて帰った。


私たちがお金を払って食を手にするには、必ず衛生管理と隣り合わせになっている。調理の前に手を洗う、異物が混入しないように粘着テープで埃を取り、アルコール消毒をする。アレルギー対策、異物混入対策など様々な衛生対策が細かく決められている。しかし、家庭料理では作る人、食べる人の信頼関係が築かれていること、自己責任であることで、販売する食品の管理とは大きな違いがある。
スーパーの店頭に並ぶ野菜は、袋に入れられ、箱やカゴに入れられる。店頭の床に直置きされていれば、違和感があるだろう。しかし、葉名尻さんが畑で収穫してばかりの野菜は地面に置かれていても何の違和感もない。

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この感覚の違いはなんだろうか。それは、今この場で収穫された野菜は生きたものとして、そして、スーパーに並べられた野菜は商品として、それぞれ認識しているのではないだろうか。流通による鮮度の違いもあるが、根尾で収穫された野菜を生きたまま調理をすることは、そこで育った空気と水と作られた環境と料理をする人の個性が大切な要素となっている。


スミさんの塩煮も葉名尻さんの大根の漬物も決して難しい調理方法ではない。材料も調理方法もシンプルだが、いざ同じ調理方法で実践してみるとなかなかうまくいかない。それは、葉名尻さんの漬物は、お姑さんから教わった知恵や製法、家の伝統を守りつつ、新しい手法を取り入れながら変えていき。スミさんは薪で炊き、長年の経験から微妙な火加減や湯をあえて溢す手法で塩加減を調整する。土地、山から引かれた水、家々の環境、そして脈々と伝わる知恵が根尾の家庭料理を進化させているのである。

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