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22話「かつて性風俗営業が行われていた部屋と知らずに購入」

この部屋に 6年以上 風俗店 事実を知るや 妻は眠れず

 建物やその付属設備等に不具合があるとことが判明した場合には、売主の契約不適合(瑕疵担保)をめぐる紛争や、売主や仲介した宅建業者(仲介業者)の説明義務をめぐる紛争が発生します。

契約不適合をめぐる紛争は、売主と買主とで明示的にまたは黙示的に合意していた品質を備えているか否かという事実認定の問題です。具体的には、物理的な不具合、機能面での不具合、心理的瑕疵が挙げられます。

前回紹介した、タイル補修後に不快感が認められるとされた判例や、今回の判例が、まさに心理的瑕疵が契約不適合(瑕疵担保)と認定された事案です。

 今回の事案は、決して他人事ではありません。
「メンズエステ」というサービスをご存知でしょうか。
部屋の使用目的を偽ったり隠したりして、マンションに「メンズエステ」が入居する事例が増えています。
メンズエステとは、女性従業員(セラピスト)が、個室で客の男性と2人きりになり、マッサージを主体としたサービスを行う業態です。男性向き脱毛サロンなどもメンズエステと呼ばれることがありますが、近年は前者を指すことが多くなってきています。そして、「メンズエステ」は、女性が男性に性的サービスを行う営業、つまり性風俗営業であることも少なくありません。そして、風営法違反として、営業主が警察に摘発されるニュースもよく目にします。特に多いのが駅近のマンションの一室などで表示を一切しないままひそかに営業するケースです。

あなたの住んでいるマンションにもひっそりと「メンズエステ」が入居する可能性はゼロではありません。
という観点からも、今回の事例は大変参考になります。

 本件マンションの居室は、管理規約によって、これを専ら住宅用として使用するものとし、他の用途に使用することは禁止されていました。しかし、本件居室は、Y1からこれを賃借してたZがここで性風俗特殊営業を営んでいて、マンションの管理組合がZに対してその営業を中止すること、Y1に対してZにその営業を中止させることを求め、さらに建物の区分所有等に関する法律60条1項の規定(使用者の共同利益違反)に基づき、Y1及びZに対する本件居室の明渡しを求める訴訟を提起しました。その請求を認容する第1審判決を経て、控訴審で裁判上の和解が成立し、Zが営業を廃止して本件居室をY1に明け渡したという経緯があります。

 つまり、管理組合は、Zを退居させるのに相当な苦労をした経緯があるのです。管理組合は、裁判を起こして、1審で勝訴するも控訴されて、和解に至り、ようやく解決したという経緯があるのです。では、管理組合のリアル闘争をより詳細にみてみましょう。

 Y1は、Zに対し、平成13年12月1日から本件居室を賃貸していました。Zは、本件居室において、「A」の名称でアロマセラピーと称するマッサージ業を営んでいました。同店の営業時間は深夜2時ころまでに及んでいて、女性セラピストは、男性客の要望により、性的サービスを行うこともありました。

 本件居室への女性の出入り状況や客のほとんどが男性であったことなどから、本件マンションの住民の間では、Zが性的サービスを伴う風俗営業を行っているのではないかとの噂が流れてました。管理組合は、管理規約に基づき、平成14年11月ころから、Zに対し、Aの営業を中止するように求め、さらにY1に対し、Zの営業を中止させるように求めましたが、Zは上記営業を中止しませんでした。

 そこで、管理組合は、本件居室において、性風俗営業又はこれに類似する営業を行っているため、深夜に部外者が出入りすることによって、本件マンションの住民に対し、安全性に対する不安、性風俗営業による嫌悪感、騒音、振動の発生による不快感等を与え、さらに、Zの求人広告、営業内容の広告等によって本件居室における上記営業が外部に知られると、本件マンションの社会的評価を低下させ、財産的価値の下落を招くことになるなどとして、Z及びY1に対する上記賃貸借契約の解除とZに対する明渡しを求める訴訟を提起しました。

 福岡地裁は、管理組合の上記請求を全部認容しました。ZとY1は、控訴審において、平成20年4月30日、管理組合との間で、上記賃貸者契約を合意解除することなどを内容とする和解を成立させました。Zは和解に基づき、平成20年9月30日までに本件居室から退去しました。

こうして6年半以上にわたる、管理組合 vs 性風俗メンズエステ店との闘いは、解決に至りました。

 しかし、同年12月13日、買主Xと売主Y1、そして売買契約を仲介したY2が同席し、本件居室の売買契約が締結された際、Y2が重要事項説明書を読み上げましたが、上記経緯については一切触れませんでした。事実を買主に告げると、なかなか売れなくなるし、あるいは、「事故物件」として大幅な値引きが必要となるからです。そして、Y1およびY2は、事実を隠したまま、"かつて性風俗営業が行わていた部屋"をXに売りつけて、結果、今回の裁判に至ったのでした。

 さて、賃貸物件に潜り込んでくるメンズエステは、ほとんどの場合、オーナーや管理会社には「個人の居住用」「事務所兼住居」として部屋を使うと申告し賃貸借契約を結びます。すなわち、一般個人やSOHOなどを装います。
こうしたことが、高級タワマンに潜り込んでいた事例もあります。決して他人事ではありません。
事前の防止策としての入居審査が重要であることは当然ですが、入居審査で防ぐことにはどうしても限界があります。違法風俗の営業を疑わせるような通報があれば、迅速に裏付け調査を実施の上、管理組合としての毅然な対応が求められます。

警察に協力を依頼するのも手段の一つではありますが、摘発されると、メディアに報じられて、世間に物件が特定されて、風評被害により資産価値の低下を招くリスクがあるのが大変悩ましいところです(※)。

早期発見・早期対応(契約の解除など)を行うことが肝心で、早い段階で弁護士などの専門家に相談することもよいでしょう。内容証明郵便を送るなどすると、違法行為を行っているという後ろめたさもあってなのか、実際には任意での退去に応じる例が多いようです。

※)ちなみに、「ニューハーフヘルス」という業態、つまり、女装した男性が同性客に性的サービスを提供する「店舗」に対しては、同性同士は風営法の規制対象外で警察も介入できないのが現状です。よって、「ニューハーフヘルス」がマンション内で営業されると、「メンズエステ」以上に厄介です。

実際に、横浜のマンションで「ニューハーフヘルス」店が、2012年3月ごろから営業を開始し、管理組合は風営法違反での摘発などを求めて県警や市に相談しましたが、同性同士は同法の規制が及ばないことを理由に、解決に至りませんでした。このため、組合は2016年2月、住居専用の建物での営業が管理規約に違反するとして、横浜地裁に営業の禁止を求める仮処分を申し立てました。

当時の報道によれば、「店側は4月になって「5月末までに退去する」との態度を示しており、近く和解が成立する見込みだ。」とのことで、解決の道筋が見えるのに、約4年を要しました。

福岡高裁平成23年3月8日判決
[参考文献]
判例タイムズ1365号119頁

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