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27話「フローリング床変更による生活音が受忍限度内とされた」

不眠症 ストレスにより 神経麻痺 それでも受忍限度の範囲

 前回ご紹介した判例では、フローリング床変更による騒音被害等が受忍限度を超えているとされた事例でしたが、今回は、逆に、受忍限度の範囲内とされ、請求が棄却された事例です。両方の事例ともに、フローリング床に使用した床材が防音性能は最低のL-60の板材であったのに、判決の結論が異なるところが興味深いです。

 今回裁判所は、以下のように述べました。
「YがY居宅に敷設した本件フローリング床の仕様は、必ずしも遮音性能の優れたものではなく、当時の建築技術の水準に照らしてむしろ最低限度の仕様のものであって、これによって少なくとも軽量床衝撃音の遮断性能が低下したことは、容易に推認することができる」

「Yまたはその家族としては、日常生活上、不当または違法に床衝撃音を発生させてX1・X2の平穏な生活や安眠を害することがないように注意義務を尽くすことをもって足りるものと解するのが相当である。そして、Yおよび妻Aは、X1からの苦情を受けた後においては、Y居宅の居間・食堂のテーブルおよび椅子の足にフェルトを貼り、B(YとAとの間の子。3歳)の遊具を制限するなどして、必要な配慮をしているのであるから、これをもって上記注意義務に欠けるところはなかったものと解するのが相当である」

「当該騒音などによる生活妨害が社会生活上の受忍限度を超えたものであるかどうかは平均人の通常の感覚ないし感受性を基準として判断せざるを得ないところである」

「本件フローリング床を敷設したこと自体をもって直ちに不当または違法とすることはできない以上、これによってX1居宅が減価を来したことを認めるに足りる的確な証拠もない」

 本件マンションでは、管理組合規約や管理細則などで、専有部内の床面改装施工に関する取決め(禁止、制限など)がなされていたのか否かは不明です。あくまで推測ではありますが、そのような取決めが存在していなかったがために、今回トラブルに発展してしまった可能性もあります。

 X1・X2は60代で、就業していないので終日510号室で過ごすことが多かったとのことです。直接、Yに苦情を申し入れ、善処を求めるなどしましたが、Y側は必要な配慮をしたとするも、X側は事態の変化がみられないとし、次第に510号室に居住することを苦痛に感じるようになり転居し、510号室を6000万円で売却しました。X1・X2は、騒音による不眠症、ストレスが原因で、X1は顔面神経麻痺、X2は関節障害の疾患があると診断されて、それぞれ治療を受けていました。

 X側は、騒音による不眠症、ストレスが原因による疾患を診断され、住み慣れた部屋を売却する事態にまで至ってしまったわけですから、苦痛の度合いはX側にとっては、相当なものであったことでしょう。同情します。

しかし、裁判所はX側の請求を全て棄却しました。ここが騒音をめぐる争いの難しいところで、「この種の騒音などに対する受け止め方は、各人の感覚ないし感受性に大きく依存し、また、上下階間での人間関係に左右されたり、気にすれば気にするほど我慢ができなくなるという性質を免れ難いものである以上」、「受忍限度を超えたものであるかどうかは平均人の通常の感覚ないし感受性を基準として判断せざるを得ないところである」と裁判所は述べました。

つまり、生活音に対するX側の受け止め方は、平均人の感覚ないし感受性を超えたもの(平均人より神経過敏だった。平均人だったら気にしないレベルの騒音)と判断されました。

Yが防音性能は最低のL-60の板材を使用して、これによって遮断性能が低下したことは、明らかなわけですが、これだけでは裁判には勝てません。X側としては、専門業者に騒音値の測定を依頼して、「平均人にとって受忍限度を超えるレベルであることを」客観的な証拠に基づいて、立証する必要があったでしょう。また、X1・X2だけが特別に神経過敏な人とみなされないためにも、他の住戸でも同様の生活音の被害の有無が生じていないかも調査したいところです。同様の被害があれば、「平均人にとって受忍限度を超えるレベルであることを」立証する補強になります。どちらにしても、その証拠が不十分であったから、請求が棄却されたとも想像されます。

 さて、X1は、Yが敷設した本件フローリング床の遮音効果が不十分であるためにX1居宅が減価を来し、財産上の損害を被った主張しました。こちらも、「的確な証拠もない」として請求棄却されましたが、私はいくばくかの損害は発生していると思います。

X1が物件を売却する際に、仲介する不動産会社には、売却理由を必ず述べるでしょう。その際に今回の騒音トラブルの件は伝えていると思われます。買主もそのトラブルのことを承知の上で購入したとすれば、値引き交渉はしたいところです。これがまさに、X1にとっては、減価した分の損害となります。510号室の売却において、今回の売却理由というのは、かなりネガティブな要素です。実際に住んで生活してみないことにはわからない将来不確定のリスクとも言えます。

よって、501号室の買い手(新しい居住者)が、本件騒音に対してどう受け止めたかが、まさに「平均人として受忍限度を超えるレベルであったか否かを」比較検討する材料の一つだったと思います。

 前回の判例と今回の判例では、同じL-60という最低の遮音性能のフローリング床変更でも、結論が異なったという事例でしたが、同様のトラブルが生じないよう、管理組合規約や管理細則などで、専有部内の床面改装施工に関する取決めを定めるのはもちろんのこと、「遮音等級が何等級~でなければ用いることができない」という定めも設けることも必須でしょう。費用をケチったばかりに、防音性能の低い床材や工法を使うことがトラブルを招いているわけですから。

東京地裁平成6年5月9日判決
[参考文献]
玉田弘毅『マンションの裁判例[第2版]』248頁

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