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コンシーラの私(物語と第一章)

物語について

大学1年生の瑠璃の物語。生まれてから今まで、全く不自由なく暮らし、人間には感情というものがあるとは、まだ知らない無機質な生活を送る、瑠璃。世の中が全てクリーンであるかのような世界に育っていた「今までは」。辛いことがあれば、ありふれた物や事で忘れ去ることが「今まで」はできていた。しかし、社会で生きる上で、様々な難関に出会い、瑠璃が自分で考え、道を開いていく、人生ストーリを物語にしています。

第一章 匂い

私の人生は、確かなものだったのだろうか。20歳までは順風満帆だった。
さしあたって、つらい思いもなければ、悲しい出来事もなかった。
毎日が、ただ与えられた事をこなしていけば、家族には褒められ、おこずかいも奮発してもらえることもあった。欲しいものは、ほとんど手に入れた。

流行りものにもすぐに飛びついた。当時は、坦々麺ブームだったから、大学帰り
には、必ず、有名な坦々麺を食べることができる、恵比寿にある香港風中華屋さん
に友達と行った。帰りには、ケーキと紅茶でゆっくりする日々が、とても楽しかった。

父親は、超大手銀行に勤める、まあ世の中で言う一流サラリーマンだったから、
私は、特にアルバイトをしなくても、欲しいものは全て手に入れることができた。
だけど、フランスにある超高級ブランド以外は。20歳までは、毎日が、まるでイギリスの庭園にいるかのよう。でも、そこからは抜け出せないでいた。社会は、とても荒んでいるようには見えていた。母親からは、そんな汚らしいものは見なくていいのよと言われていたから、目を向けずにいた。私の世界観を邪魔することは誰もできないようになっていた。外に出れば、イヤホンをして、音は自分の世界。下を向いて歩く癖も、余計なものは見たくないから。

だけど、鼻に匂ってくる香りは、止めることができなかった。新宿のガード下を歩くと、なぜか落ち着いた。車の排気ガスの匂い、下水の匂い、人々の体臭、電気回路がこげるような香り、電車の線路が摩擦で焦げて鉄の生臭さが香る。私は、なぜかその頃はわからなかったけども、人間の本能みたいなものを、無意識に感じていた。その頃、なんだかわからないけど、怒りのようなものを自分の中に秘めていた。誰に怒っているのかわからない。ただ、怒りのようなものが、時折、自分の体をほとばしることが、しばしあった。ただ、香りだけが、許せなかった。自分の世界観を邪魔する、香りだけが。

体に全く痛みもない。いつも、体に痛みを感じず、健康体なのに、なぜか、体が重いときがあった。だけど、さしあたって、私の好きなもの達に囲まれていれば、すぐに逃げることができた。

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