井上さんと一緒に、「もったいない子育て」をやめる旅に出た#10
社会的な評価に縛られることのもったいなさ
(10) ひとり一人の子育てがもたらす尊い力
前回(#9)、自分が思い込みに囚われて不安になっていたことに気づいた、という話をしました。突き詰めれば学校や学年も、もともとは人間が便宜的に作り出した手段だったはずです。でも、いつの間にか自分の中で目的のようになってしまっていました。そして、それに縛られて焦っていました。
親は、しばしばそんな状況に陥りがちです。例えば、テストの点数や偏差値、「〇〇大学合格」といった指標も、親の心を焦らせる社会的な評価かもしれません。
「社会的な評価や人間が作り出した手段によって不安になる生き方は、親にとっても子どもにとっても苦しいものではないでしょうか」と井上さんは問いかけます。
とはいえ、人間は社会的な動物なので、社会から離れて生きることは難しく、社会的な評価はついてまわります。
「でも、できれば誰もが社会的評価に縛られるのではなく、自分のために上手く利用しながら、自分の人生を生きられる社会になるほうがいいはずです」
例えば、テストの点数や偏差値、「〇〇大学合格」といった指標は、世界を細かく切り分けた枠の中での評価といえます。そうした社会的な評価は、枠の外では通用しません。もちろん、それを成し遂げる過程で育まれる力はありますが、それだけを目的にしてしまうと、枠の外側に出ることが難しくなりますし、外側に出たとしても、生き抜けないかもしれません。
「そもそも、その枠内の根底に流れる価値観は、新しい時代においては、虚構かもしれません。虚構の上にある、幻のような何かに縛り付けられて不安になるのはもったいないことでではないでしょうか」
また、そういった枠内の評価に縛られて育てられた子どもは、枠内の評価だけを気にする大人になってしまいそうです。未来の日本が「枠の中で、いかに失敗しないで生きるか」というマインドの大人であふれてしまうかもしれません。そのマインドでは、枠から出たり、枠組み自体を作り変えたりすることは難しいので、枠内が何か困った状況になったときも、他人や周囲のせいにして「〇〇が悪い」などと文句を言うことしかできません。
さて、最初の回(#はじめに)で、「親子で疲弊する負のサイクル」を見ました。これまでの取材を通して痛感してきましたが、日本の親は本当に多忙です。時間が足りないゆえに「子どもと丁寧に関わる時間がない」と悩んだり、罪悪感を覚えたりしている親もたくさん見てきました。日常が忙し過ぎるせいで、目の前の子育てが重荷にしか感じられないといった声も聞きました。
では例えば、「勤務時間が長い」と悩んでいるとしましょう。その背景には、社会や職場に「長過ぎる勤務時間」を生み出す枠組みがあるかもしれません。でも「そういうものだから仕方がない」「慣習だから変えられない」といった理由からそのまま放置され、自分がそのしわ寄せを受けている可能性はあります。社会における負のサイクルです。自分の忙しさの原因は、もしかしたら「枠組み自体を作り変えることができる人」が足りない社会や組織にあるかもしれません。
社会における負のサイクルと家庭における負のサイクルはお互いに複雑に関係しています。負のサイクルの中では、子どもたちやひとり一人の人生といった「大切にしたいもの」が粗末にされてしまいます。
では、もし社会やその職場に「枠の中で失敗しない人」ではなく、「枠組み自体を作り変えることができる人」が多数いたらどうでしょうか。変えられる可能性は大いにあります。
世の中は複雑につながっています。気づいた人から、小さな変化を少しずつ起こすことができます。ひとり一人の子育てが、周囲の世界によい変化をもたらす力となります。社会を幸せなサイクルに変えるための、尊い力となります。
(#11に続く)
書き手:小林浩子(ライター・編集者/小学生の親)
新聞記者、雑誌編集者などを経て、フリーランスのライター・編集者に。 自分の子育てをきっかけに、「学び」について探究する日々を重ねる。現在、米国在住。
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