【こんぽたいむ。】『ミス・アンダーソンの安穏なる日々・外伝 いだいなるでしとし』

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この作品は2016年に同人誌で発表した作品です。
『ミス・アンダーソンの安穏なる日々』2巻までの内容を含みますので
予めご了承のうえお読み頂ければ幸いです。
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《夕暉(せっき)ヶ刻(とき)》も盛りの頃。
《大樹君国》が首都・《ロバスト・ルーツ》も、大いに活気に包まれています。大樹君国のあちこちで収穫されたいわゆる〝初物〟が、目が回るほど流れ込み、市場通りはどこもかしこもすごい賑わいです。
 もろもろの事情で人間界で生活している魔族の少年・アーティも、初めて見るこの光景に先ほどから目移りしてばかり。露店を出している商人たちが、めいめい自慢の品をアピールしてくるのですから、気にならないわけはありません。どれもこれも、出来たて・作りたての旬のもの揃い。料理とおいしいものには一家言持っているアーティとしては、つい買い込んで試してみたくなる気持ちが高まるばかりですが、
(……あの人じゃありませんし、そんな食べきれないほど買い込むみたいな子どもなマネは出来ないのです)
 と、自身の宿敵にして同居人たる某人類最強の女傭兵を思い出しては否が応にも自制しているのでした。
 さて、そんなこんなで賑わう市場通りを、いつもの変装ルック(=スカート+長つばずきん)で歩いていくアーティです。今日はいいお天気なのでパンを焼こうと思ったのですが、肝心の小麦粉を切らしてしまっていたのです。でも諦めきれず、折角だから初物の上等なヤツを調達しようと、街までやってきたのでした。夕暉ヶ刻を迎えたロバスト・ルーツの盛り上がりは先日別の用事できたときに体感していましたが、その勢いはしばらく経った今になっても衰える様子がないようです。先の季節《飛沫ヶ刻》では、国内外から多くの人が詰め掛けて城壁がパンクするのではないかという熱気に包まれましたが、それとはまた違った雰囲気です。次に来る寒さ厳しい《丹祈(たんき)ヶ刻》の前に、今しばらくよき季節を楽しもうとめいめい思っているのかもしれません。四季の移ろい、というものがない魔界出身のアーティとしては、人間たちのそうした思いも興味深いものでした。
 と、様々な思いをめぐらせながら(ありていに言って気をそぞろに散らしながら)通りを歩いていたので、前方不注意、誰かに思いっきりぶつかってしまいました。
 ぶつかられたのは少女で、大きな荷物を抱え込んでいました。その紙袋から《夕林檎(ソワル・ポム)》が弾みで多数、ぽぽぽんと宙へ飛び出していきます。
「わわ! ごめんなさい!!」
 慌てて手を伸ばし落下する夕林檎を受け止めようとするアーティですが、それより先に少女が動きます。
 その動きの、軽やかなこと。
 まるでくるくると弧を描くような足裁きでアーティの周囲を旋回し、飛び出ていった夕林檎を元通り、紙袋の中に受け止めていきます。それはほんの瞬間の出来事で、夕林檎は道端に落ちることなくすべて紙袋へと戻っていきました。
「全く、ドこ見てるネ! 注意散漫ヨ!」
 紙袋を抱えたまま、少女はふんぞり返ってアーティを怒鳴りつけました。反射的に「ごめんなさい!」と頭を下げるアーティですが、その声に聞き覚えがありすぐに顔を上げます。
「あ、あれ? レンキさん?」
「ム? なンだ、懐中時計の坊主カ」
 予測どおり、アーティがぶつかってしまった相手はちょっとした顔なじみの明(ミン)練輝(レンキ)でした。
 彼女は大樹君国の同盟国《碧琉(へきりゅう)列島》からの留学生で、《王立学院(アカデミー)》の筆頭指導者であるイアン・フィロゾーヴ唯一の助手を豪語する、自信家の少女です。かつて、主人から下賜された《月食銀(ルナ・ミスリル)の懐中時計》をめぐりイアン&レンキに拉致されたことのあるアーティですが、その後懐中時計を彼らに譲渡し、以来たまに交流を持つような関係に落ち着いていました。が、初っ端から投げ網で捕獲され担ぎあげられるというファースト・コンタクトの衝撃があまりにもひどかったため、アーティはいまだにレンキに苦手意識を抱いているのでした。
 無論、レンキの方はそんな負い目など全く感じておらず、いつも着用している白衣の裾をぴらりと翻して、よよよ、と泣きマネをします。
「アアア、ぶツからレた腕ガ痛むネー。これハもう荷物持テないネー。まダまダ買い物終わっテないのにネー」
 そう空々しく言って、チラッとアーティの方を流し目で見てきます。その意図は明々白々でした。余所見をしていた自分に非があることを重々承知しているアーティは、パンを焼くのを断念しました。

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