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古代緑地 Ancient Green Land 23 犀の角

金木犀の香りがうっすらと夕方のお部屋に漂っていました。

お母さんは隣の部屋で寝ていますので、

麦ちゃんはお部屋で一人、おもちゃで遊んでいました。

麦ちゃんには妹ができるのです。それでお母さんはちょっと具合が悪いみたいでした。

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麦ちゃんのいるお部屋は夕焼けに染まり、ものの輪郭がぼやけ、薄く光っていました。

麦ちゃんは、そこに何やら影のようなものが混ざっているのを見つけました。それはフラフラと、隣のお部屋の中へ消えていったのです。

隣の部屋にはお母さんが寝ているのです。麦ちゃんはちょっと気になりましたが、またおもちゃ遊びの続きを始めました。

何日か続けてそういうものを麦ちゃんは見ました。決まって夕方の西日が消える前でした。


次の日曜日はよく晴れましたので、お母さんも起きて一緒にいつものパン屋さんへお買い物に出かけました。好きなパンを買っていいわよ、そう言うお母さんの笑顔にはいつものお花の咲くような可憐さがないようです。

麦ちゃんはどれにしようかケースを見ていますと、なんと、大好きなチョココロネの一つがこっちを見てニコニコしています。麦ちゃんは急いでその子をトレイに乗せて、レジのお姉さんのところへ他のパンと一緒に持っていきました。


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帰り道、お母さんにわからないように、パン屋さんの袋も自分で持って、時折中を覗いてみると、チョココロネはニコニコこちらを見ています。

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急いでお部屋に入った麦ちゃんは、コロネに話しかけました。

「きみ、だあれ?」

コロネはニコニコしているだけです。

「なんて名前なの?」「どうしてパンなのにお顔があるの?」

「お話できないの?」


なんだか拍子抜けした麦ちゃんはちょっとつまらなそうに、転がっているおもちゃを見るともなく見ていました。するとまたあの黒いモヤモヤがお部屋を横切っていくのです。


「麦ちゃん、僕、助けに来たんだ」

コロネが初めてしゃべりました。

麦ちゃんはなんのことやらわかりません。

すると隣のお部屋でお母さんが苦しんでいる声がします。

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麦ちゃんがコロネを手にそっと覗いてみると、一本足で一つ目の、口が裂けた怪獣がいるではありませんか!

麦ちゃんは絵本でこの怪獣を見たことがあります。南の国の昔話では、この怪獣の姿を見るとお腹の子供が死んでしまうという言い伝えがあるのです。お母さんはうーん、うーんと苦しそうにしています。もやもやはそっと忍び込み、少しずつ気づかれないように怪獣に育っていたのです。


さあ、大変なことになりました。

このままではお母さんもお腹の中の妹も命がないかもしれません。


コロネは麦ちゃんのおもちゃの仲間や絵本、ぬいぐるみを集めて魔法をかけました。金木犀の香りが濃くなったかと思うと、絵本は翼のある天使に、車やぬいぐるみは立派な騎士に、麦ちゃんは大好きなゴジラとフュージョンしました。麦ちゃん強そうです。

コロネは角笛となって、天使と騎士を鼓舞します。

天使たちは怪獣の目を翼で覆いました。目が見えない怪獣はドシンドシン一本足で暴れたところを車とぬいぐるみたちが縄をかけ、引き倒しました。ドシーン、と大きな音を立て怪獣は転んだのです。


そうしていよいよフュージョン麦ちゃんがいくかと思いきや、

いざとなると怖気付いてしまったのか、泣きべそをかいています。でも、こんなことは生まれて初めてなので仕方ないのかもしれません。


怪獣は天使や騎士を振り払い、起きあがろうとしています。

起き上がって、お母さんが怪獣を見てしまったら一巻の終わり。


コロネは最後の手段とばかり、ギュルギュルッと身を引き絞り、麦ちゃんの鼻にくっつきました。麦ちゃんに強そうな角が生えたのです。

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麦ちゃんは、稲妻が走ったようにブルブルっと奮い立ち、お母さんをいじめるな!とばかり

突撃したのです。

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怪獣は起き上がりざまに虚を突かれ、その勢いにモヤモヤになって雲散霧消していきました。魔法から覚めた麦ちゃんは、ぽうっとなって倒れてしまいました。


麦ちゃんが目を開けると、お父さんとお母さんが覗き込んでいました。お母さんはマリア様のように微笑んで抱きしめてくれました。

麦ちゃんの鼻にはチョコがたっぷりついていたので、3人で指で取って舐めたら甘くて甘くて、みんなで顔を見合わせて、ふふふと笑ったのです。

お部屋には金木犀の香りがそっと漂っていました。








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