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冬の前に

金木犀の、小さなオレンジ色の花が咲き始めた頃。
大好きな祖父はこの世を去った。

私は後悔した。何故もっと祖父と話をしなかったのだろう、と。

祖父は交通事故に遭い、身体が不自由になった。
怪我の影響で、少しでも風邪をひくと悪化してしまい、何度も命の危険に晒されてきた。そんなときでも、周りの人の心配をしているような人だった。

私が長期入院をしたときは、車いすに乗って病院まで会いに来てくれた。落ち込んでいる時は、何かを察したように突然電話を掛けてきた。「元気か」と電話の向こうから聞こえる声に応じているうちに、不思議と元気になっていった。

秋のこもれびのような、優しくあたたかい人だった。

私が大学受験をする頃には、祖父はもう老人ホームのベッドの上で寝たきりになっていた。大学進学を報告しに会いに行くと、大きな目を見開いてただ一言「頑張れよ」と私に言った。この一言が、何よりも私の背中を押してくれた。

進学後の私は、初めての一人暮らしや大学での刺激的な毎日をメモに書き留めた。次に祖父に会えた時に、話をして聞かせたかったからだ。文才のあった祖父には到底及ばなかったが、自分なりに話をまとめた。

帰省するとすぐに、祖父に会いに行った。しかし伝えたかった内容は、すぐにどこかへ行ってしまった。

日に日に小さくなっていく祖父を前に、うまく向き合うことができなかった。また今回も話せなかったと、メモと後悔ばかりが落ち葉のように積もっていった。

祖父の最期は、家族みんなで看取った。
私は最後の最後まで、何も言葉をかけてあげられなかった。

葬儀の日、金木犀は満開だった。
たくさんの人に見送られながら、祖父は空へと昇って行った。

金木犀の花のかたわらに、真っ白な雪のような蝶が1羽止まっていた。
それを見た時、私の積もった思いは、止めどなく溢れていた。祖父のお気に入りだった、庭を見渡せる窓際の席に座って、私はペンを走らせた。

それから私は、日々の出来事や思いを、祖父への手紙としてしたためている。生前よりもずっと素直に、気持ちを綴ることができている。手紙は祖父の写真の前に、今でもどんどん積み上げられている。
 
今年も金木犀の季節がやって来て、満開の花を咲かせ、優しい香りを振りまきながら落ちていった。残された葉っぱが、少し白くなった。

冬は、もうすぐそこまで来ている。
                  text/みく

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