月の光

まっくらな部屋で目をつぶって、ただひたすら眠ることだけを考えた。

眠ることに必死になって汗をかいて、のどが渇いて、焦りに心臓の音は大きくなった。

中学1年夏から3年まで不眠症に悩まされた。
過度なストレスという医者の言葉に、目の下に真っ黒なクマをつくった私は学校での部活・・・・・・、いじめのことを思い浮かべた。

どうしても眠れない。
家の中からは物音ひとつしない。
窓の外の世界もどんどん音が消えていく。


世界が真夜中に向かっていく中、私の心臓の音はよく響いた。


起きているはずがないと思いながら、まっくらな部屋の中で電話をかけた。

「もしもし」


その言葉に飛び上がった。

「この間、目の下のクマをみて、もしかしたら眠れてないのかなと思って。いつか電話をかけてくるかもしれない。その時は絶対に電話に出てやろうって、おじいちゃん待っていたんだよ」

汗がひいて、涙が出た。

「まっくらなところで電話をしていると、ひとりぼっちに感じる。でも電気をつけると体は目覚めちゃうから、外の月明りにあたってごらん。おじいちゃんも同じものを見ているよ、安心するだろ」


横浜の何もない街の夜空は月と星の光がよく見えた。


細くてやわらかい光の中で、こそこそおしゃべりをした。
おじいちゃんの低くてゆっくりで温かい声は、私のすべての電源スイッチを優しく切っていった。
私だけが知っている真夜中の光。
まっくらだと思っていた中にも、私に当たってくれる光はあった。


パチッと電気がついた。

「こんな時間に誰と電話しているの」


母の声が聞こえたのだろう。

「知らないって言いな。いつでも電話しておいで、愛してるよ、おやすみ」

おじいちゃんは早口で言った。

不眠症が夜更かしになった秋。満月の光にあたって、私は眠った。

                                        text/さい


-----------------------------------------------なんとなく息苦しい世の中、やわらかい光の下でほっと一息。こもれび文庫。
 こもリズム研究会(NPO法人千楽chi-raku内)
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