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わたしの家族 その5

こもれび文庫

私は大学生になっていた。
上京し、一人暮らしをはじめ、学校とバイトとサークルを両立させる生活を送っていた。
しかし、徐々に私の中の何かが崩れ始めていた。

ある日、私は学校に行くことができなくなった。
教室に入ることも、メインストリートを歩くことも、校門をくぐることもできなくなった。
人から向けられる視線が怖かったのだ。

私は友達作りを失敗していた。友達と言える友達を大学の中で作ることができず、孤立してしまったことが心の傷となり、適応障害になった。

どこに行っても人の視線が気になり、家に閉じこもるようになった。
学校にも行けない、何もできない自分に価値もなにも感じられず、気づけば生きることを諦めていた。幼少期の生きる希望がなかった私がまた顔を出した。
明日こそ死のう、明日こそ、をくり返し1年がたっていた。

そんな私の腰を掴んで立ち上がらせたのは、やはり家族だった。
今私が死んだら、母は自分があの時私を置いて家を出たせいだと、死ぬまで自分のことを責めるだろう。父はこんなにも早い再会を喜ばないだろう。なにより、兄や姉には、これ以上家族がいなくなる苦しさを味わわせる訳にはいかなった。

そして、私には、やらなくてはいけないことがあった。
これまで私の人生に関わってくれた人たちへの恩返しだ。
家族だけではない、大好きだったいとこたちも、冷酷な親族も、家政婦さんも、友達も、先生たちも、近所のおばさんも、他にもいっぱい。

未熟な家族だったからこそ、本当にたくさんの人の支えがあって生きてきた。そんな愛する人たちにできる恩返しは、私が毎日楽しく笑って生きることしかない。

毎日希望がない暗闇の中で死んだように生きていた私に、生きる覚悟を持たせたのは、家族と、その家族が作り出した様々な人との繋がりだった。

私はいま、楽しいだけではない毎日の中で、必死に、でも私らしく生きている。あの家に生まれ、家族に振り回され、いろんな感情を経験した私の人生は、運命だったと今は思う。

だから私は、これからの人生の中で、同じように苦しみもがき、生きづらさを抱えた人に寄り添い、共に生きていくことが自分の使命だと感じている。
誰よりも未熟だった父と母の彼らなりの愛情と、兄と姉とのゆるぎない絆が、私に生きる理由を与えてくれた。

私の家族はいびつだった。それでも、私にとって最高の家族だと胸を張って言える。

これが私の家族だ。
                                         text/みさと

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