見出し画像

【解凍=混乱=再凍結】なにかを始めたければ、まず終わらせる

SNSの隆盛により、常に「他者の動向」に細心の注意を払わずにはいられなくなっているのが、私たち現代人です。その結果、自主的に判断・行動する「主体性」をますます喪失し、根無し草のように浮遊し続けています。

このような無定形で匿名な集団のことを「大衆」と呼びますが、そんな大衆の問題を、今から約100年も前に、鋭い洞察をもって描いた一冊の本があります。スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットの主著『大衆の反逆』です。本書は、大衆社会論の先駆けとされる名著として知られています。

社会の至る所に広がりつつある大衆。彼らは「他人と同じことをするのを苦痛に感じるどころか、むしろ快感を覚える」人々であり、急速な産業化や大量消費社会の波に飲み込まれ、自分のコミュニティや基盤を見失い、その結果、もっぱら自己の利害や好みのみを追う欲望に基づいて思考し、そう行動するようになりました。こうして、自らの行動に責任を負わず、欲望や権利のみを主張する「大衆」が誕生したのです。

20世紀に入り、圧倒的な多数派となった彼らが、現代では社会の中心に躍り出て支配権を握るようになったとオルテガは分析し、そして、このままでは文明の衰退は避けられないと警告しています。

この警告は、現代の日本企業の状況にこそ当てはまると私は考えています。日本企業は、かつては世界をリードする革新と生産性で知られていましたが、現在では停滞感が漂い、国際競争力が低下しています。

1980年代から1990年代にかけて、日本は急速な経済成長を遂げましたが、2000年代以降、その成長率は低下しています。世界銀行のデータによると、日本の経済成長率は2000年代初頭には2〜3%であったのに対し、最近では1%以下となっています。

世界知的所有権機関(WIPO)のグローバル・イノベーション・インデックスによれば、日本の順位は過去10年間で低下しています。特に、研究開発投資に対する実際のイノベーション成果が他国と比較して相対的に低いとされています。

IMD世界競争力ランキングでも、日本の順位は過去数十年で大きく下がっています。例えば、1989年には1位であったものの、2023年には34位まで低下し、最新ではさらに38位まで低下しています。見事なまでの低迷状態ぶり。

自動車産業やエレクトロニクス産業など、かつて日本が世界をリードしていた分野においても、韓国や中国の企業が市場シェアを拡大し、日本企業のシェアが減少しています。例えば、ソニー(エンターテインメントや半導体は除くとして)やパナソニックなどの日本企業が、かつてのような市場支配力を持たなくなっています。

このように周知のデータを挙げてみましたが、このような状況はまさに、オルテガの指摘する「大衆の支配」が、原因の一つであると思っています。

さてではこの大衆を構成する要員とは、いったいどのような人々なのでしょうか?同書を引けば、

今日、あらゆるところを歩き回り、どこでもその野蛮な精神性を押し付けているこの人物を、人類の歴史に現れた「甘やかされた子供」と呼ぼう。 「甘やかされた子供」はただ遺産を相続するしか能がない。 ここで、彼らが相続するものは文明である。いろいろな便宜や安全・・・一言で言えば「文明の恩恵」である。

オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』

このように厳しく指摘がなされている。

オルテガが指摘する「甘やかされた子供」は、文明の恩恵に依存し、努力せずにそれを享受するだけ、といった人物像です。このような人物が拡大再生産されることは、企業のリーダーシップや経営陣においても大きな問題を引き起こします。現代の日本企業でも、努力せずに地位を保ち、自己の利害や権利のみを主張する無能な上司や権力者が存在することは否めません。

ですので少しばかり過激に受け取られるかもしれませんが、ここでは「甘やかされた子供」を「努力せずに文明の恩恵に依存するだけの無能な上司や権力者」と定義します。本記事は、この定義に基づき話を進めていきたいと思います。

現代社会におけるリーダーシップの劣化と、それに伴う組織や社会全体の質の低下は、私たちが直面している大きな問題です。この問題提起については、多くの方の同意を得られるでしょう。

文明の恩恵に甘んじることで精神的な成長を怠った大衆=甘やかされた子供たちが、数の力を背景に組織や社会の中で大きな影響力を持つようになっている。この構造的な問題により、リーダーシップが時間とともに劣化し、組織全体の質が低下する現象が顕著になってきているように思います。

さらに、現代の評価システムや権力構造がこの問題を助長し、結果的に社会全体の成長と進歩を妨げています。このリーダーシップの劣化と組織の質の低下こそが、私たちの時代における最大の課題であり、この大きな問題を克服することが、より健全で持続可能な社会の実現につながると考えます。

オルテガは、文明の恩恵を享受するだけの「甘やかされた子供」が現代社会に蔓延していると批判したわけですが、この現代社会における「甘やかされた子供」は、往々にして二流、三流のビジネスパーソンであり、彼らは既存のシステムにばかり依存し、努力や創造性を欠いたまま高い地位に就くことが少なくありません。これがリーダーシップの劣化と組織全体の質の低下に直結しています。

私たちが目指すべきは、このような現象を克服し、真のリーダーシップを取り戻すことではあるのですが、それではあまりに「言うは易し行うは難しだ!」、といったご叱責をいただきそうです。

ここではまず、「なぜ『甘やかされた子供』は、ただ遺産を相続するしか能がないのか」という点について考えてみましょう。

エージェンシー理論

経営学の理論に「エージェンシー理論」というものがあります。これは、プリンシパル(主体または委任者)とエージェント(代理人)の関係を分析する経済学および経営学の理論です。特に企業経営においては、株主(プリンシパル)と経営者(エージェント)の関係を考える上で重要視されます。

この理論の基本的な前提は、本来「プリンシパル=株主」の利益のために行動すべき立場にある「エージェント=経営者」が、実際には自分自身の極めて利己的な利益を優先する可能性がある、という点です。このため、プリンシパルはエージェントが自分の利益を追求することによって発生する問題を防ぐために、さまざまな手段を講じる必要があります。

これらの手段には、「監視コストの問題」や「適切なインセンティブの設定」または「情報の非対称性」といった問題が含まれます。しかし、ここでは最も初歩的でありながら、最も重要である問題、すなわち「目的の不一致」についてのみ取り上げることとします。

そしてこのエージェンシー理論、必ずしも株主と経営者に限定されるものではなく、様々な組織や階層に適用されます。

例えば、チームリーダーとその部下の関係において、リーダー(エージェント)は部下(プリンシパル)の期待に応える必要があります。しかし、リーダー自身の利己的な目標が前面に出ると、部下の利益やチーム全体の目標と乖離することがあります。

エージェンシー理論の適用において、「利他的目的」が欠如している場合の問題点を具体的に考察すると、信頼関係の欠如、組織全体の士気低下、短期的視点の優先といった負の影響をもたらすことになります。

このような状況下では、組織の目的と目標の違いを明確に理解することが重要です。組織が短期的な目標を追求するあまり、根本的な目的を見失うと、組織全体の健全な成長と持続可能性が損なわれる可能性があるからです。

この理論の主な目的は、エージェントが自らの利益を追求する一方で、プリンシパルの利益も保護し最大化するための仕組みを整えることですから、利他的な動機に基づいた目的の共有が欠かせないわけです。

さて、私はここまで敢えて「目的」と「目標」という言葉を混ぜて使っているのですが、なぜわざわざ経営学の理論であるエージェンシー理論なる概念を持ち出してきたのかという点と合わせて説明をさせていただければ、その理由とはズバリ「目的と目標の違い」を理解している人が少ないからです。

組織の目的と目標の違い

「組織の目的のほとんどは、実際には組織の目標を言い換えたものにすぎない」。こう論じたのは、アメリカの臨床心理学者であり、組織コンサルタントである、ウィリアム・ブリッジズです。

目標は具体的で測定可能な結果を指します。たとえば、株主の利益を増加させること、顧客満足の提供、働きやすい職場環境の整備などです。これらは重要であり、組織運営に欠かせない要素ですが、最終目的ではなく、目的を達成する手段に過ぎません。

一方、目的は組織が存在する根本的な理由やその存在意義を示します。例えば、社会に価値を提供すること、人々の生活を豊かにすること、新しい技術やサービスで未来を切り開くことなどです。目的はより抽象的であり、日々の変化や戦略の基盤となります。

組織を動かすのは目標ではなく「目的」です。なぜなら、目的は長期的なビジョンを提供し、変化や進化を推進する力を持っているからです。目標が短期的な成功に焦点を当てるのに対し、目的は組織がどのように成長し、適応していくべきかという方向性を示します。

例えば、株主の利益を増加させることを目標にしている企業は、短期的な利益を追求するための戦略を策定しますが、「持続可能な社会の構築に貢献する」という目的を掲げる企業は、長期的な視点で環境や社会への影響を考慮した戦略を立案することになります。

実例を挙げてみれば、パタゴニアは、「私たちの家である地球を救うためにビジネスをする」という目的を掲げ、環境保護活動を企業の中心に据えています。

あるいはグーグル、「世界中の情報を整理し、アクセス可能で有用なものにする」という目的を持ち、検索エンジンから始まり、クラウドコンピューティングやAIなど多岐にわたる事業を展開しています。

最近では経営のバズワードとして「パーパス」と言いたがる人々や企業が増えていますが、なんということはない。「目的=パーパス」ですから、その理解さえない「甘やかされた子供」たちが、パーパスを語ったところで、中身のある議論が生まれることはないでしょう。

現代の日本において、目的を明確にして仕事に取り組むビジネスパーソンは少数派です。それもそのはず、先述した通り、甘やかされた子供たち、すなわち「努力せずに文明の恩恵に依存するだけの無能な上司や権力者」が多く存在するからです。

言い換えればつまり、自身の職務が何を目的にしているかすら理解せぬままに仕事をしているため、こうした人々が「遺産を相続するしか能がない」と断罪されるのは当然の帰結です。

エージェンシー理論は、プリンシパルとエージェントがそれぞれの利益を最大化するために、どのように関係を構築し、互いを管理するかという点に重きがあります。したがって、組織内で「目的の不一致」が存在する状況を打破しなければ、この理論は意味を成しません。

ですから私はこの仰々しい理論を引用したうえで、「お互いの利益を最大化させたければ、まずは組織内の目的を一致させることが必須だ」と考えているのです。

しかしでは、「上司が無能だから仕方がない」という諦めの袋小路に入ってしまっては、お先が真っ暗のままで何の光明も差してはきませんし、そんなクソ上司の下で燻っていらっしゃる優秀なビジネスパーソンは少なくないはずです。

そんな優秀な人々こそ、日々の業務に追われ、忙しさからくる視野狭窄とも言える状況の中で、短期的な業績や成果に一喜一憂してしまうため、長期的な目標や目的を見失いがちです。これも、日本が衰退しているように感じる大きな要因の一つとして挙げるべきだと思います。

このような状況では、組織内で目的を共有し、それに向かって一致団結することなどは輪をかけて困難を極めるのでしょう。

さらに、日本の企業文化においては、集団主義や調和を重視する傾向が強く、個人の目的やビジョンが組織全体の目的と一致しないことが多々あります。このギャップが、エージェンシー理論で言うところの「目的の不一致」をまたも助長することになります。

オルテガの言う「大衆」とは、他人と同じことが望ましい人々であり、自らの行動に責任を負わず、欲望や権利のみを主張する人々です。彼らのような人々が組織している、この沼のようなシステムに絡めとられている現状を打破しなければなりません。

では、いったいどのようにすれば、日々の業務に追われ、目先の業績や成果に一喜一憂してしまう私たち現代日本のビジネスパーソンが、その組織において「利他的目的を一致させる」ことができるのでしょうか?

始まりは、「終わらせること」から始まる

組織内で新たな素晴らしい目的を掲げたとしても、そこに属する人々の振る舞いが以前のままであれば、その後の行動に変化は起こりません。したがって、その目的が達成されることは難しいでしょう。

この「組織の中における人の振る舞いはどのようにして決まるのか?」という問いに対して、特に「行動主義」と呼ばれる分野の人々によれば、それは「環境」ということになっていました。

しかし、ドイツ出身でアメリカの心理学者であるクルト・レヴィンは、「個人と環境の相互作用」によって組織内における人の行動が規定されるという仮説を立て、グループ・ダイナミクスとして知られる広範な領域の研究を行いました。

レヴィンは様々な心理学、組織開発に関するキーワードを残していますが、 ここでは中でも「解凍=混乱=再凍結」のモデルについて説明したいと思います。

レヴィンのこのモデルは、個人的および組織的変化を実現する上での三段階を表しており、そして本記事では特に「終わらせることの重要性」を強調したいと思います。

まず、レヴィンが提唱した概念の第一段階「解凍」では、今までの思考様式や行動様式を変えなければいけないということを自覚し、変化のための準備を整える段階です。人々はもともと自分の中に確立されているものの見方や考え方を変えることに抵抗します。したがって、この段階では入念な準備が必要です。具体的には、「なぜ今までのやり方ではもうダメなのか」「新しいやり方に変えることで何が変わるのか」という二点について、「説得する」のではなく、「共感する」レベルまでのコミュニケーションが必要です。

同様の指摘をウィリアム・ブリッジズもしています。彼の主著『トランジション』の中で、レヴィンと同様に変革を三段階のプロセスとしてまとめ、そしてその始まりにはやはり「終焉」を置いています。同著は個人のキャリアを題材にしていますが、これを応用し、後の著書『トランジションマネジメント』においても、組織を新体制へ移行させる際、「トランジションは終わりから始まる」と説いています。

少し落ち着いて考えてもみてください。自社の製品が明らかに競合他社に対して遅れをとっていることに気づいたとします。市場シェアは減少し、顧客満足度も低下しています。これを受けて、会社は変革の必要性を痛感しましたが、従業員は日々の業務に追われ、新しい取り組みを始める余裕がありません。

私は思います。少なくないビジネスパーソンが、「そうだそうだ!」と感じる場面があるでしょう。この問題意識を抱えている人は多い。しかし上司は「あれをしろ!これをしろ!」と言うばかりで、「何を終わらせるか」そのような指示はされないのではないでしょうか?

余裕を創出しなければ、新しいことなとできようはずもありません。

何か新しいことを始めるためには、まず「終わらせること」が必要です。古いプロセスや慣習を見直し、不要な部分を削除することで、変革のためのスペースとリソースが生まれます。変革の第一歩としての「終焉」の重要性を認識し、現状を見直し、不要なものを終わらせることで、組織は新しい挑戦に向けて前進することができるのです。

貴族たれ

ここで言う「貴族」とは、私たち庶民が思い浮かべるような「何もせず、日々遊びや贅沢にふけっている怠け者」を指しているわけではありません。あるいは「調査研究広報滞在費」として100万円、「立法事務費」65万円、合わせて165万円が毎月支給される現代の特権階級「政治家」のことでもありません。

話を最初のオルテガに戻せば、彼は文字通りマジョリティを指す「大衆」に対置させるマイノリティを「貴族」と呼びました。この概念の真意は「自分に多くを要求し、困難と義務を背負い込む人=貴族」という意味です。

彼が考える貴族とは、自己の行動に対する責任と、他者に対する配慮を重んじる存在です。オルテガは、貴族的な人物は自己の内なる倫理に従って行動し、社会全体の利益を考慮することができるとしています。

つまり、自己の内に規律と理想を持ち、知的なリーダーシップを発揮できる人を「貴族」と概念付けたのです。

しかし、これでは「あまりにハードルが高いです・・・」と思われる向きもいらっしゃる。ですから私がもう少し平易な表現にさせていただきます。

「甘やかされた子供」の対局にいる人、すなわち「貴族」とは要するに「自律した個人」です。

自分の行動や結果に対する責任を自覚しており、他者や環境に極度に依存せず、継続的に努力を重ね、困難な状況にもめげずに目標に向かって進む意志を持っている。短期的な成果に満足せず、長期的な視点で自己成長を追求する、そのために「新しいことを始める前に、古い物事を終わらせることのできる人」が、本質的な意味においての「自立した個人」なのだと思います。

人も組織も、停滞することは往々にして衰退を意味します。月の満ち欠けのサイクルのように、「自律した個人」とは、現状に安逸せず、変革が一過性のものでなく継続的なプロセスであることを理解し、「終わらせる」ことの重要性に気付くことができる人です。

少しずつでも新しいことを始める前に、古い物事を終わらせることができれば、成長と進化を続けることが可能です。このような視点を持つことで、組織は新しい挑戦に向けて前進することができると思います。



付録

本記事の主題は「解凍=混乱=再凍結」ですからね?^^w ただ、ほら僕は我儘野郎なものですから、既に勉強を終えた「解凍=混乱=再凍結」を書くだけでは、僕自身の更なる学びには繋がらないので、今回はお師匠さんの新著『クリティカル・ビジネス・パラダイム』より、特別ゲストのオルテガさんにご登場いただこうと思ったら、ほとんど彼の話になってしまい、とても勉強になりました!(自己満&自己中)

「書き手も読み手も、一緒に勉強を楽しむ」のがモットーです!

もちろん参考図書を以下にリンクさせますので、僕と同じ「山口周を目指す勉強狂い」は、ぜひご一読を♪



1.クルト・レヴィン『解凍=混乱=再凍結』

レヴィン自身は書籍を残しておらず、主に論文を書き続けた人でした。本人の論文ではありませんが、僕は上記の論文で勉強しました。


2.ウィリアム・ブリッジズ『トランジション』『トランジションマネジメント』

好みの問題も多少ありますが、僕個人は『トランジション』だけで良かったな、読むの。と感じました。


3.オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』

本記事執筆当日に読みましたが、面白かったです。「痛烈な批判書」と思われるかもしれませんが、それだけじゃないんです。「お師匠さんにも通づるな」と思いましたね。


4.山口周『クリティカル・ビジネス・パラダイム』

最高です。たぶん、読まず嫌いもいらっしゃると思う、なぜなら「誤解されそう」なことが沢山書いてるから。しかしですね、

超読みやすいからね?


ウソだと思うなら、まずはパラパラめくってみれば良いと思います^^




僕の武器になった哲学/コミュリーマン

ステップ2.問題作成:なぜおかしいのか、なにがおかしいのか、この理不尽を「問題化」する。

キーコンセプト28「解凍=混乱=再凍結」

もしよろしければ、サポートをお願いいたします^^いただいたサポートは作家の活動費にさせていただき、よりいっそう皆さんが「なりたい自分を見つける」「なりたい自分になる」お手伝いをさせせていただきます♡