モロッコ便り~遅れてやって来たボトルメール①

こんにちは、塚本です。
昨年4月から12月まで北アフリカのモロッコで過ごし、その間は「モロッコ便り」と題して時々ブログを書いておりました。振り返ってみると、「モロッコ便り」をお送りできたのは9か月の間に4回だけにとどまってしまいましたが、それでも自分のための日記は毎日、忘れてしまわないように、読み返せるようにと、書いていました。

日本に帰ってきてからは、あっという間にモロッコでの日々が幻か夢だったかのように遠ざかっていき、思っていたよりも速いスピードで忘れていきました。日記を開けば、モロッコでの私が見たもの、感じたことが詰まっていて、たくさんのことが思い出せるようになるはずなのに、なぜか日記を読み返す気はなかなか起きませんでした。

それが最近ようやく、モロッコでの日々に向き合い直す気にじわじわとなってきています。このタイムラグはなんだったのでしょう。体だけがぴゅーんと先に帰ってきて、自分が書いたものが後からゆっくりと自分に還ってくるというなんだか不思議な体験をしています。日記を読み返そうと思えなかった理由は今もまだよくわかっていませんが、この、時間が経ってから日記を読み直すという行為は、飛行機で先に帰国した自分のもとに、波に揺られながらたどり着いてうまく回収できたボトルメールを読むような感じだろうか、なんて思っています。

そんなわけでせっかくなので、日本に帰ってきてからもう4か月以上が経ちましたが、遅れてやって来たボトルメール編ということで、モロッコ便りを書こうと思います。
思い出深い出会いはたくさんありましたが、中でも印象的だったモロッコ人のおじさんとやり取りを日記から取り出し、書き直して何回かに分けてお届けします。

9月30日(月)

初めて通る道を歩いて家に向かって帰っていると、ビニールシートを広げて靴を売っている男性が道端にいた。路上で靴が売られているのはフェズの新市街ではよく見る光景だが、普段目にするものとは少し様子が違っていた。なぜ人があまり歩いていないこの通りで商売をすることを選んだのだろう。それに、なぜ靴を片方ずつだけ並べているのだろう。最初は素通りしたものの、どうしても引っかかったため、引き返して靴を売っているおじさんに声をかけてみた。
「すみません、靴は片方ずつしか売ってないんですか?」
「は~~そんなこと聞かれたの初めてだよ!」


おじさんは爆笑していた。こんなことを尋ねてくる私を面白がってくれたようで、しばらく椅子に座っておしゃべりをした(おじさんは大きなコンクリートブロックに座っていて、目の前の通りで駐車の管理をしている人からわたし用に椅子を借りてきた)。あらためて、片方の靴だけを並べている理由を聞いてみると、「警察に見つかってもすぐに荷物をまとめて逃げられるように」と答えて、ビニールシートで靴をがばっと包みながら脇に置いてある鞄を持って逃げだす動きをしてみせてくれた。木曜と日曜以外は毎日11時から20時までここで靴を売っているそうだ。
長時間ここにいるんだね、「でもお金は少ししか稼げない」、ここは人通りが少ないからだよ、「警察に見つからないところでやらなきゃいけないから仕方ない」。表通りで堂々と靴を並べて売っている人たちと違って、このおじさんは路上販売の許可を得ていないらしかった。
そう聞くと悪い人のように思えるかもしれないが、私には信頼できる人だと感じられた。気さくで優しくて、笑顔が心の底から笑っている人の顔をしていて、なんとなく信頼できる人のオーラだと思った。私がアラビア語を勉強していると話すと、「それなら、現地人と話すのは勉強になるから今からおしゃべりするのを録音しなよ、最近の携帯は簡単に録音できるんでしょ」と言ってくれた。
この日は私がいた間(45分程のことだった)に、2人がやって来て、2足売れた。1人目の客はおじさんの友達、2人目はよく買いに来てくれる馴染みのお客さんだそう。馴染みのお客さんがいるんだね、と言ったら、「真っ直ぐやってきたから、おかげさまでね」と返ってきた。2人はそれぞれ、50ディルハムと100ディルハムの支払いをしていた(1ディルハム≒10円)。「今日はいつもよりよく売れてる、あなたが来てくれたからだ!」とおじさんはしきりに喜んだ。


(2020.5.9 塚本)

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