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【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #16】 ジェリード・イールとミート・パイ(2/4)

鰻と芋とギャング

ゼリー寄せにはモルト・ヴィネガーをかけて食べる。しかし、ウナギをただ塩水で煮込んだだけのウナギのシチュー「ホット・イール」("stewed eels"とも呼ばれる)には、塩味のブイヨンに大量のパセリをぶち込んで小麦粉でとろみをつけた「リカ―」をかけて食べる。アルコール度数の高い蒸留酒を指す"liquor"と同じ綴であるが、この場合は「煮汁」を意味する。このリカーをたっぷりかけたウナギの煮込みには、マッシュ・ポテトが添えられる。

脂分が少なく味の繊細な日本ウナギで作れば、どちらも美味い(レシピ欄を参照)。我々コモナーズ・キッチンの舌がそう言うのだから、間違いない。しかし、ロンドンで食べられているヨーロッパウナギで作っても、美味いのだ。最近では唐辛子入りのヴィネガーをかけて食べるのが美味いとされているみたいだが、確かに酸味と辛味を足すことで、どこか泥臭い香りが味のアクセントになって丁度いい「フレーヴァー」となる。レモンをかけても、もちろん美味い。

1892年創業のジェリード・イールの老舗F. Cookeのウィンドウ・サイン(2009年)
撮影:Sallysue 出所:Flicker
* なお、ロンドンのF. Cookeは2018年に閉業となったが、2020年に創業者一族の5代目がエセックスに新店舗をオープンした。

「臭い」と「香り」は紙一重だ。同じ化学成分でも、食べる人、嗅ぐ人の官能力や環境や社会条件(温度、湿度、味覚の状態、空間設定や誰と食べるか)によってどちらに振れるかが変わってくる。フィッシュ&チップスもかつては「臭い」と敬遠されていたことは、本連載でも触れた(第7回「フィッシュ&チップス」1/4)。魚や肉を口に入れて「まったく臭味がない!」と感嘆している食レポを見るたびに幻滅する。それは「香りがしない!」ということとほぼ同義だからだ。「香り」のない食べ物は味がないのと一緒。よくもまあ自分の味覚の貧しさを公共の電波に載せて恥ずかしくないものだと、逆に感心させられる。

それはともかく、いつの頃からかロンドンの「古き良き労働者階級」の生活に結び付けられ、イースト・ロンドン名物として語られるようになったウナギのゼリー寄せだが、少し歴史を紐解いてみれば、別にロンドンの専売特許というわけではなく、ロンドン以外の都市の市場や娯楽施設に立つ屋台でも売られていたものだったことがわかる。

戦間期のバーミンガムを舞台に、第1次世界大戦に従軍したトラウマを抱えたまま市民生活に戻れない若者たちからなるストリート・ギャング組織の「活躍」を描くBBC制作の『ピーキー・ブラインダーズ』は、2013年の放送開始以来、イギリスで絶大な人気を誇っているドラマだが、Netflixが世界中で配信しているから、この連載の読者であれば視聴しているという人も少なくないのではないだろうか(なおテレビ放送は2022年のシーズン6で終了となったが、2024年には「完結編」となる劇場版が公開予定らしい)。

ドラマの主人公トミー・シェルビー(キリアン・マーフィー)率いるシェルビー・ファミリーには実在のモデルたちがいる。バーミンガムのある西ミッドランド地方の週刊紙『ブラック・カントリー・ビューグル』(2019年6月19日)の記事で、コラムニストのガイル・ミドルトンはそうした「ほんもののピーキー・ブラインダーズ」と付き合いがあった大伯父のハリー・ホーキンスの思い出話を披露している。

ミドルトンによれば、このハリーの家族は市場の屋台でジェリード・イールを売る商売をしており、少年時代のハリーは、その家業を手伝っていたというのだ(その後ハリーは「ノミ屋」の使い走りとなり、賭博が合法化されてからは自身で賭け屋を営むようになる)。ハリーはそのウナギ料理はとても美味しいものだったと語っていたらしいのだが、ミドルトン自身は「言うまでもなく、私と妹はそれを間に受けなかった」と、この点に関しては大叔父の証言をにべもなく否定している。また彼は、大伯父が好物にしていた、牛や豚の「小腸や胃袋、豚足」にも食欲はそそられることはなかったと書き添えている(やはりウナギのゼリー寄せと「じゃりン子チエ」のホルモン焼はいい比較対象なのだ)。

このハリー少年のホーキンス家はつい最近までウナギのゼリー寄せを売る屋台を経営していたと、バーミンガムの歴史愛好家たちが作るウェブサイト(Birmingham History Form)に載っていた。バーミンガムで食べられていたウナギも、アイルランドかオランダからの輸入だろう。しかしひとまずウナギは、イースト・ロンドンという地縛からは解かれるべき食べ物だということが確認できた。実は現在でもそうらしい。2013年の『オブザーヴァー』紙の記事は、大手スーパー・チェーンTESCOの担当者によるとウナギのゼリー寄せがイギリス全土で徐々に「復権」しているようだと伝えている。

(続く)


ホット・イール&マッシュのレシピ

4人分

材料

ホットイール
活うなぎ切身    2尾分
スープストック   4カップ
塩         適量

マッシュポテト
ジャガイモ     1kg
バター         100g
塩         適量
胡椒        適量

リカー
フレッシュパセリ     2束
小麦粉       50g
バター       50g
スープストック   3カップ
モルトヴィネガー  適量
塩         適量
胡椒        適量

作り方

ホット・イール
ジェリード・イールと同じ要領でウナギを切身にして(前回のレシピ参照)、スープストックとともに鍋に入れ30分ほど中火で煮る。適量の塩で味を調えサーブするまでそのまま置いておく。

マッシュポテト
①ジャガイモは男爵やキタアカリなど、ホクホクしたものを選ぶ。
②皮付きのままよく洗ってから、鍋にじゃがいもと水を入れて強火にかけ、沸騰したら弱火にして20分ほどゆでる。竹串を刺して中まですっと入ればOK、ザルにあげて粗熱をとる。
③手でジャガイモの皮をとり、マッシャーなどで手早くマッシュする。
④マッシュしたジャガイモとバターを鍋に入れ、弱火にかけながらよく混ぜ合わせ塩、胡椒で味を調える。
⑤サーブするまで湯煎にかけて保温する。

リカー
①パセリをみじん切りにする。
②鍋にバターを入れて弱火にかけ、バターが溶けたら小麦粉を加え手早く混ぜながら1分ほど炒める。
③スープストックを少しづつ混ぜながら加え、とろみがついたらみじん切りにしたパセリを加え、塩、胡椒、モルトヴィネガーで味を調える。リカーの仕上がりはもったりした状態というよりも、スープにとろみがついたぐらいの感じでよい。

★ホット・イール&マッシュのサーブ
大きめのお皿に煮込んだウナギを取り分け、マッシュポテトを添えて、リカーをたっぷりかけてサーブする。

次回配信は4月21日の予定です。

The Commoner's Kitchen(コモナーズ・キッチン)


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