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漫画原作:『平安ジョッキー!』

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『平安ジョッキー!』シナリオ(※マンガ原作形式)

凡例:

文章間に挿入された▼記号は、そこでマンガの該当ページが開始することを示す。

文章間に挿入された●記号は、そこでマンガのコマが変わることを示す。

文章間に挿入された2つの●記号は、そこでマンガのページが切り替わることを示す。

文章間に挿入された▲記号は、そこでマンガの該当ページが終了することを示す。

基本的にそのコマに入る、「 」でくくられた、擬音・字幕・独白・セリフ・解説を先に
記載している。
次いで、そのコマに入る背景や人物の情報が記載されている。
この2つと文章間に挿入された●記号でマンガの1コマに入る情報を区別している。

人名の後の「 」の中には、その人物のセリフが入る。

人名独白の後の「 」の中には、その人物の心の中のつぶやきが入る。

字幕の後の「 」の中には、5W1Hを説明する文が入る。

擬音の後の「 」の中には、そのコマに必要な効果音が入る。

解説の後の「 」の中には、作者の事項に対する解説文が入る。

「 」の中の( )はセリフのルビを示す。

「 」の中の" "はセリフの強調を示す。

( )は、( )の時点で、場面転換・時間経過・画面暗転が発生し、前のコマと次のコ
マとの間でストーリーが転換することを示す。

セリフなどの後の、背景や人物情報などを記載する文章の中の『 』や「 」は、背景や
事物に、カッコ中の文章が記載されることを示す。 

※は、該当コマを作画化する上での注釈や作者の意図を示す。


1ページ


『平安ジョッキー!』

扉絵イメージ:
画面中央、主人公である下毛野武正(しもつけのたけまさ)とライバルである秦兼弘(はたのかねひろ)が競馬(くらべうま)装束を身にまとい、馬に乗り競馬勝負をしている。
画面下部、笑顔で蹴鞠をする藤原成通と、武正を見つめる雑仕女(ぞうしめ)A。
成通は立烏帽子に狩衣姿で、雑仕女Aは袿(うちぎ)姿。
※装束については用語説明を参照。

2―3ページ


字幕「京都競馬場」
現代の競馬場をスタンド席から見た全景。
※京都府伏見区にある京都競馬場。

ダートコース、レーススタート前のゲート(発馬機)のアップ。

擬音「カッ」
ゲートの扉が開かれて、ジョッキー(騎手)を乗せた馬たちが各馬一斉に飛び出す。


擬音「ドドドドドド」
解説「はるか九百年前の平安時代末期…」
横一直線で競馬場のダートコースをジョッキーを乗せて走る馬たち。

擬音「ワァァァァァ」
解説「"競馬"(くらべうま)にかけた男たちがいた!」
ジョッキーを乗せた先頭の馬を追いかける、ジョッキーを乗せた後続の2番手の馬。

擬音「ヒヒィーン」
ジョッキーを乗せた馬が両前脚を高くあげている。
※絵画『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』(ナポレオンのアルプス越え)のイメージ。
※ジョッキーと馬は逆光によって、シルエットだけがわかるようなイメージで描く。
次のページのイメージにつながるように。

(場面転換)

4―5ページ


擬音「ヒヒィーン」
下毛野武正を乗せた馬が馬上の武正を振るい落とすように前脚を上げている。
武正は競馬装束。
馬は、現代のサラブレッドでなく、ズングリむっくりとした在来馬(道産子や木曽馬)。
※前ページの最後のコマと同じ構図で。武正の表情が見えないように描く。
ページが変わって現代から平安時代に時代が切り替わったことがわかるように。
※競馬装束と馬について用語説明を参照。

武正「うわっ!」
仰向けに背中から馬を走らせている馬場の地面に落っこちる武正。
※このコマでもまだ武正の表情を見えないように描く。

擬音「ドサッ」
擬音「ドドドドッ」
乗尻(のりじり)である武正を振り落とした馬が何事もなく走り去っていく。
※このコマでもまだ武正を見せない。

字幕「右近府生(うこんのふしょう) 下毛野 武正(しもつけのたけまさ) 関白 藤原忠実(ふじわらのただざね)の随身(ずいじん)」
武正「いたたたた…」
左手で腰をおさえながら、右手で烏帽子を押さえようとする武正。
だが、烏帽子は、落馬した拍子に頭からはずれて、武正の右脇に落っこちている。
スラリとした長身で、顔立ちは端正な美青年風。
※武正の官職及び役職について用語説明を参照。


擬音「!」
烏帽子がはずれて、露頂(ろちょう)していることに気づき慌てた表情の武正。
※露頂について用語説明を参照ください。

烏帽子を探すべく、慌てた表情で周囲を見渡す武正。
※武正の様子がわかるように、フカンの構図で。

擬音「アハハハハ」
恥ずかしそうに烏帽子をかぶり直す武正を見ながら、失笑する競馬装束姿の随身たち。
失笑する随身たちの中で一人だけ笑いもせず、仏頂面で武正を見つめる秦兼弘(はたのかねひろ)。
※兼弘が他の随身たちと違うことを読者に強調する。

字幕「左近番長(さこんのばんちょう) 秦 兼弘(はたのかねひろ) 内大臣 藤原忠通(ふじわらのただみち)の随身」
仏頂面で武正を見つめる兼弘の顔のアップ。
武正より背が低く、顔立ちは幼げな美少年風。

(画面暗転・場面転換・時間経過)

6―7ページ


擬音「アハハハハ」
武正「いや~さすがは秦どのじゃ…またお勝ちになるとは」
手拭いで顔の汗を拭いながら、笑顔で寝殿造の忠実の邸宅の殿舎の脇を連れ立って歩く武正と兼弘。
武正に呼びかけられた兼弘は、傍らの武正に冷めた視線を向けている。
※時間の経過が読者にわかるように、2人とも立烏帽子に狩衣・指貫・浅沓姿に着替えている。
※2人の装束について用語説明を参照。

擬音「ニコニコ」
兼弘独白「何が"またお勝ちになりました"だ! おぬしは今日に至るまでずっと負けてばかりでないか!!」
武正「勝利を祝って 宴席をもうけねばなりませぬなあ~」
自分が競馬で落馬して負けたにも関わらず、我が事のように兼弘の競馬での連勝を喜ぶ武正の姿に呆れて心の中で毒づく兼弘。
笑顔の武正は同じ随身である兼弘からの軽蔑にまったく気づく素振りがない。

兼弘独白「一度でも競馬(くらべうま)で勝ってみたらどうだ!? この恥さらしめ!」
蔑むような視線を武正に向ける兼弘の上半身アップ。

擬音「フッ」
兼弘独白「父親の亡き武忠(たけただ)どのは 某(それがし)も憧れた競馬の名人であったのに 息子がこの"ていたらく"では…」
兼弘独白「こやつの家(下毛野氏)も これで"しまい"であろう…」
目を閉じて、口元にニヤリと笑みを浮かべる兼弘。

擬音「!」
武正「うん?」
遠くを眺めるように右手を顔の前で掲げる武正。
怪訝そうな表情で武正が声を上げた方角に視線をむける兼弘。


寝殿造の簀子(すのこ)に袿(うちぎ)姿の2人の雑仕女(ぞうしめ)が立っている。
足元は高欄(こうらん)の柵で隔てられている。
2人の雑仕女は右手で持った開いた扇で口元を隠しながら、頬を赤らめて道を歩く武正と兼弘に視線を向けている。
※簀子と雑仕女、高欄について用語説明及び資料を参照。

扇で口元を隠した2人の雑仕女の顔のアップ。
1人は愛らしく優しさが感じられる眼差しをしている。
一方、もう一人は美人だが目元がキツイ表情の女性。

雑仕女A「あなゆゆしはとふく秋とこそ思ひまゐらすれ~♪」
寝殿造の簀子の上で扇で口元を隠しながら歌を詠む優しげな雑仕女Aを見上げる武正。
※武正の背後からややアオリ気味の構図で。
※和歌は「貴方に(武正)に足を止めてもらってお話をしたいのです」という意味。

キョトンとした表情の武正の顔のアップ。

擬音「スッ」
雑仕女A「これを」
高欄越しに和歌の書かれた短冊を武正に手渡す雑仕女Aの右手のアップ。
※手の甲を覆う単(ひとえ)の重ねが見えるように。
※単ついて用語説明及び資料を参照。

擬音「スッスッ」
武正と兼弘に背を向けて衣擦れの音とともに奥の廂(ひさし)の間へと立ち去る2人の雑仕女。
※廂ついて用語説明を参照。

8―9ページ


武正「何だ…これは?」
不思議そうな表情で、右手の中の短冊を見る武正。
隣に雑仕女たちが立ち去った寝殿に視線を向けている兼弘がいる。

「あなゆゆしはとふく秋とこそ思ひまゐらすれ~♪」と和歌が書かれた短冊のアップ。

兼弘「ほう…これは見事な…」
顔を俯き武正が右手に持った短冊の和歌を読む兼弘。
和歌を理解する兼弘は、雑仕女の歌に感嘆の声を上げる。

武正「ううむ…うむうむ…」
右手で短冊を持ったまま、左手をあごに当てて考え込む武正。

擬音「ハァ?」
擬音「ハッハッハッ」
武正「はて? 某(それがし)に"鳩(はと)"の鳴きまねでもせよと申されるのかな?」
和歌の意味をとんちんかんに解釈して、歌のおかしさに笑顔を見せる武正。
兼弘は和歌の意味を理解できない武正に驚きを見せる。


兼弘独白「こやつ…和歌の意味を理解するだけの"学"すらないのか!?」
苦々しげな表情で武正を見る兼弘。
心から武正が随身に相応しくないとの思いを強くする。

擬音「ションボリ…」
擬音「クスクス」
寝殿の内側から蔀(しとみ)越しに武正たちの様子を伺う2人の雑仕女。
雑仕女Aは、贈った和歌の意味を理解しない武正にガッカリしている。
雑仕女Bは、武正の答えに笑い声をあげてしまう。
※蔀の中にいる2人は表情を描かず、シルエットだけで描く。
※蔀ついて用語説明を参照。

兼弘「……」
怪訝そうな表情で寝殿の中の雑仕女たちの声が寝殿に顔を向ける兼弘。

擬音「ハッ!」
武正同様に和歌の意味を理解しない無教養に思われてはマズイと悟り、ハッとする兼弘の顔のアップ。

擬音「フウ…」
兼弘「武正どの…この和歌は"貴殿に足を止めてもらって一緒に話をしたい"という意味の…」
兼弘「つまりは…貴殿を慕う"恋の歌"なのです」
やれやれという呆れ顔で武正に対して和歌の意味を解説する兼弘。

擬音「!」
擬音「ポン」
和歌を握った右手で左手の手の平をポンと叩いて、ガッテンした仕草をする武正。
和歌の意味、相手の真意を理解して晴れ晴れとした表情。

擬音「ハッハッハッ!」
武正「そうだったのか~! 恥ずかしがらず もう一度お顔を見せてくだされ~!」
両手を天高く突き出し、呑気に寝殿内の雑仕女Aに問いかける笑顔の武正。

10―11ページ


擬音「シーン…」
前ページと同じ構図。
寝殿の中から応答がない。

擬音「ハァ…」
擬音「ホホホ」
雑仕女A独白「情けないお方…和歌の意味さえわからないなんて…」
寝殿の廂の間。
2人の雑仕女は扇で口元を隠しながら失笑している。
※先程と違い2人の表情を描く。

擬音「フフ」
雑仕女A独白「でも…面白いお方…」
口元を隠していた扇をおろす雑仕女A。
はにかむような笑みを浮かべながら頬を赤らめて、まんざらでもない様子。
なんたって武正はイケメンなのだ。

擬音「!」
声「武正さま~!」
声のした方向を振り返る雑仕女A。  

擬音「ハァハァ」
武正家雑色「武正さま…一大事にございます! 若が…若さまが…」
息を切らせて走ってきた武正家に仕える雑色(ぞうしき)が地面にうずくまりながら、切実な表情で顔をあげて武正に危急を告げている。
雑色は萎烏帽子(なええぼし)に直垂(ひたたれ)姿。
雑色の衣装ついて用語説明を参照。

擬音「!」
驚いた表情の武正と兼弘。


(場面転換・時間経過)

字幕「平安京 下毛野武正邸」
フカンで見た寝殿造で有名な東三条殿をはるかに簡素にした武正邸の外観。
北の対と南の母屋、そして馬をつなぐ馬小屋しかない質素な邸宅。

擬音「ハァハァ」
板敷の間に緑端の畳を敷いた上に武正嫡男(のちの下毛野武成)が箱型の枕に頭を乗せて、顔を真っ赤にして苦しそうな表情で喘いでいる。
武成の髪型は元服前の垂髪(すいはつ)、童水干(わらわすいかん)を着ている。
※武成の衣装について、用語説明を参照。

武正「これは…これは何としたことぞ!」
武正「何か…何かよき手立てがないのか!?」
不安気な表情で苦しげに横たわる我が子を見守る武正。

兼弘「……」
申し訳なさそうな表情で俯く武正家の男女の雑仕たち。
雑仕たちに混ざって兼弘が両腕を組みながら何か考え込むような表情をしている。

12―13ページ


兼弘「もしかしたら…"あのお方"ならお力になってくれるかもしれん…」
真剣な表情で武正に助言する兼弘。
兼弘は武正を軽蔑するが、同輩の病の息子を前にして見捨てるような薄情な人物でない。

武正「あのお方…?」
意外な言葉に驚き、振り向く武正。

(場面転換・時間経過)

字幕「同日 平安京 左京五条」
棟門(むねもん)と築地(ついじ)で囲われた藤原成通邸の入口の前に立つ後姿の武正。
緊張感を出すため、ややアオリ気味の構図で。
装束は立烏帽子と狩衣姿のまま。
棟門と築地、成通邸のイメージについて用語説明を参照。

擬音「ドンドン」
武正「某(それがし)は関白忠実さまの随身 下毛野武正と申す 右少将(うしょうしょう)どのにお目通り願いたい!!」
真面目な表情で棟門の木製の門扉を右手で叩く武正。


擬音「ギイッ」
武正独白「失礼つかまつる…」
門内を注意深く覗き込みながら、そっと門扉を開けて屋敷の中に入る武正。

擬音「ビクッ」
驚いた表情の武正の顔のアップ。

擬音「!」
武正「うわぁぁぁぁ!」
舞楽(ぶがく)で用いる被り物をかぶった男が武正の目の前に現れる。
男は舞楽の衣装に身を包んでいる。
※舞楽の衣装について用語説明を参照。

地面に腰を抜かして心底驚いた表情の武正。

擬音「!」
被り物の男「いやあ…驚かせてしまい あいすみませぬ……」
被り物の男が武正に謝りながら、両手を耳の上に当てて被り物を取ろうとしている。

14―15ページ


被り物の男「武正どの…」
被り物の男がはずした被り物を胸の前で抱きかかえている。
※次のコマで表情を見せるため、このコマでは首から下の部分を描く。

字幕「藤原 範綱(ふじわらののりつな) 右少将(うしょうしょう)藤原成通(ふじわらのなりみち)の家人(けにん)」
優しげな表情の20代前半の青年。
※範綱は被り物を取ったので、頭部が露頂したまま。

解説「綱丸こと 藤原範綱は元服前に 関白藤原忠実仕えていた時期があり…」
武正「綱丸(つなまる)…綱丸どのではないか!」
驚いた表情で声をあげる武正。

(時間経過)

解説「忠実の随身(ずいじん)である武正とは旧知の間柄であった」
範綱「今は"範綱"(のりつな)と名乗り 幼馴染の成通さまにお仕えしているのです」
範綱とともに成通邸の中を歩いていく武正。
思いがけず旧知の範綱と再会し笑顔で範綱の話に耳を傾けている。


成通邸の中門(なかもん)をくぐる武正と範綱。
※中門について用語説明を参照。

擬音「ポンポンポン…」
寝殿南の中庭。
袿(うちぎ)姿で単(ひとえ)を羽織った姿で立烏帽子を被った藤原成通が浅沓(あさぐつ)を履いた右足で蹴鞠(けまり)を蹴り上げている。
髪は女のように垂髪(すいはつ)で垂らしている。
男にも関わらず女の装束を着て、女と見まごう姿をしている。

範綱「成通さま~!」
両手を口に当てて中庭で蹴鞠に夢中の成通に声をかける範綱。

擬音「ポン!」
浅沓を履いた右足が天高く蹴鞠を蹴り上げる。

蹴り上げた鞠が落ちてくる。

16―17ページ


擬音「ピタリ!」
上半身を背後にそらした姿勢で両腕を左右に広げ、胸トラップをして蹴鞠を胸部でピタリと受け止める成通。
※サッカーのズラタン・イブラヒモビッチのように。

人並み外れた蹴鞠の腕前に呆気にとられた表情の武正。
武正の隣で笑顔を見せている範綱。

字幕「右少将(うしょうしょう) 藤原 成通(ふじわらのなりみち) 蹴鞠の名人」
成通「やあ! いらっしゃい!!」
先程と同じ姿勢で顔を武正たちに向ける成通の上半身のアップ。
愛嬌のある美少年の顔立ち。
顔に白粉(おしろい)を塗り、口元には紅(べに)を差している。

(時間経過)

成通邸の中庭に面した寝殿の外観。


成通の着ている白い小袖のアップ。
※成通の装束の異様さを強調。

成通の着ている赤い袴のアップ。
※成通の装束の異様さを強調。

武正独白「面妖(めんよう)な御仁だと聞いていたが…」
板敷の間に正座している武正。
女の装束を着ている成通の奇妙な振る舞いに戸惑いの表情を見せる。

成通「……なるほど 病のご子息のために 麻呂を尋ねてこられたとか」
成通邸の寝殿内。
高麗端(こうらいべり)の畳の上に敷いた褥(しとね)に腰かけ、右脇に置いた脇息(きょうそく)にもたれながら、くつろいだ表情で胡坐をかいている成通。
右手には閉じた扇を握っている。
装束は先程と同じまま。
※成通邸の室内調度について用語説明を参照。

武正「右少将どのは "麝香"(じゃこう)なる 妙薬をお持ちとか…どうか某(それがし)にお譲りくだされ!」
板敷の間に両手をつき、必死な表情で成通に訴える武正。
※麝香について用語説明を参照。

何かを考え込むような表情で左手であごをかく成通。

範綱「成通さま!」
立烏帽子に狩衣姿に着替えた範綱が旧知の武正を助けるため、真面目な表情で成通に声をかける。

18―19ページ


成通「ご子息の病平癒のためとあらば…お譲りすることもやぶさかではござらぬ…」
左手であごをかきながら、笑顔で武正に答える成通。

成通「ただし…ひとつ"条件"があり申す」
笑顔から真に迫った表情に変わる成通の顔のアップ。

擬音「ゴクリ…」
緊張のあまり思わず唾を飲み込む武正の顔のアップ。

成通「なに…それほど難しいことではありませぬ…近々 法皇さま主催の十列(とおつか)の競馬(くらべうま)があること貴殿もご存じでござろう」
真面目な表情で武正を見据える成通。


擬音「パチン」
成通「武正どのが"一着"で勝つと麻呂に約束してくださるなら…よろこんで"麝香"(じゃこう)をお譲りいたしましょう…」
右手で握る閉じた扇で脇息をパチンと叩く成通。
いまだ競馬で勝ったことがない武正にとって困難なことを笑顔で口にしている。
嫌味ではなく、心から見てみたいという好奇心からの笑顔。

擬音「!」
思いがけない成通の条件に動揺を隠せない武正。
※緊張感をだすためにややアオリ気味の構図で。

擬音「パタパタ」
擬音「ニコニコ」
成通「聞くところによれば…武正どのは一度も競馬で勝ったことがないとか…」
成通「麻呂は武正どのが勝ったところを一度でいいから見てみたい!」
開いた扇を右手で握ってパタパタとあおぐ成通。
上級貴族の子弟らしい鷹揚な態度で笑顔を見せている。

武正「もし…某(それがし)が"一着"になれなければ…?」
緊張した表情の武正。
身体が小刻みに震えている。

成通「そのときは…京人(みやこびと)の笑いものになっていただこう! いかが!?」
先程と同じく笑顔の成通の顔のアップ。
だが、目はまったく笑っていない。

20―21ページ


擬音「ギュッ」
膝の上に置いた拳を握りしめて思い悩む武正。
※ややアオリ気味の構図で。

擬音「ハァハァ…」
武正嫡男「はぁはぁ…父上…」
緑端の畳の上で、顔を真っ赤にして苦しそうに息を乱す武正嫡男の上半身のアップ。
※11ページ2コマ目と同じ感じに。

武正独白「父上…」
黒い背景の中に白い武正の全身のシルエット。
武正は3か月前に亡くなった父の武忠の臨終を思い出す。

(画面暗転・回想シーン)

字幕「下毛野 武忠(しもつけのたけただ) 武正の父」
武忠「武正よ…そちには色々と迷惑をかけたな…」
2コマ目と同じ緑端の畳の上で横たわる武忠。
武正をちょうど老人にしたイメージ。
何かを思い出すように遠い目をしている。

武正「父上はあの時…なぜ伊勢神宮の禰宜(ねぎ)一行に凌礫(りょうれき)をなされた科(とが)をおひとりでおかぶりになられたのです!」
随身の正装である褐衣(かちえ)姿で馬に乗った武忠が鞭(ムチ)で牛車をひく牛を世話する牛飼童(うしかいのわらわ)を追い払おうとする。
※凌礫・褐衣・牛飼童について用語説明を参照。


武正「礼を失したのは先方だったはず…なのになぜ!?」
声を荒げて、感情を露わにして父親に長年の疑問をぶつける武正。

擬音「フッ」
武正の顔をみてわずかに顔をほころばせる武忠。
武正が問いかけて来るのを長い間待っていたかのような武忠のたたずまい。

擬音「!」
武忠「そなたの言う通り…あの時 左大将であられた殿下に対して礼を失したのは向こうが先であった」
自分の疑問を否定しない武忠の言葉に驚く武正。

武忠「だがな ワシが凌礫を加えたことで伊勢神宮(むこう)側は法皇さまや殿下を目の敵にし…強訴(ごうそ)に及ぶと申してきたのだ!!」
甲冑姿の男たちが神輿を大勢で担いでいる。
強訴について用語説明を参照。

擬音「ゴホゴホ」
武忠「強訴ともなれば 法皇さまや殿下の権威が傷つくは自明の理…故にわしは自ら願い出て 獄に下ることを選んだのだ!!」
苦しそうな表情でせき込む武忠。

22―23ページ


擬音「ゼエゼエ」
武忠「わしにとって父祖以来ご恩のある殿下の誇りを守ることこそがすべてであった…」
苦しさの中表情を曇らせる武忠。

武忠「だが…そなたには"守るべきもの"は他にあるようじゃな…」
口元にほんの少し笑みを浮かべる武忠。

擬音「!」
自分の心の奥底にあるものを見抜いていた父の言葉に驚く武正。

擬音「ハァハァ…」
武忠「守るべきもののために生きよ…それが…父の遺言と…心得えよ…」
呼吸を乱しながらも、死期を受け入れ心穏やかな表情の武忠。

擬音「フッ…」
武正「父上!!」
口元に笑みを浮かべながら目を閉じ絶命する武忠。
※天井から2人を見た構図で。

(回想シーン終了)


武正独白「わしには 名人と呼ばれた父上のようなきらびやかな才などない…たとえ競馬で一度も勝てずとも…」
武正独白「随身として侮られようとも…父上の思いを…下毛野家を後世に伝えていくことが わしのすべてであった!!!」
真剣な表情のまま正座の姿勢で俯く武正。
※ややアオリ気味の構図で。

武正独白「我が子が危急にある今…このわしにできること…それは…」
ゆっくりと顔を起こして成通と自分自身に向き合おうとする武正。

擬音「バン!」
武正「右少将どの…お望みとあらば…某(それがし)の初勝利 貴方さまに差し上げましょうぞ!!」
病の我が子を守るため、覚悟を決める武正。

擬音「ニハッ」
笑みを浮かべて武正の覚悟に応える成通。
心からうれしそうに。

(画面暗転・場面転換・時間経過)

24―25ページ


字幕「翌日 平安京 三条 鴨院(かものいん) 関白 藤原 忠実邸」
寝殿造りの邸宅の外観。
※ややフカンで築地に囲まれた邸宅全景が見える構図で。
※鴨院については用語説明を参照。

擬音「!」
擬音「ザッ」
兼弘「武正どの…」
寝殿そばの路地。
立烏帽子に狩衣姿の兼弘が、背後から立烏帽子に狩衣姿の武正に声をかける。
武正は兼弘の声に気づき、背後を振り返ろうとする。

兼弘「あれから…ご子息の具合はいかがかな?」
笑顔につとめて、武正に声をかける兼弘の上半身のアップ。

武正「………兼弘どの」
疲れの滲んだ表情の武正の顔のアップ。
だが、武正の瞳にはこれまでにない強い力が感じられる。

擬音「ペコリ」
武正「某(それがし)も此度(こたび)の十列(とおつか)の競馬(くらべうま)に乗尻(のりじり)として参加することに相成りました…どうぞ よしなに」
深々と兼弘に頭を下げる武正。


擬音「クルッ」
擬音「ザッザッザッ」
挨拶もそこそこに踵(きびす)を返し、背を向けて兼弘の前から立ち去っていく武正。
武正を無言で見送る兼弘。

兼弘独白「十列(とおつか)に参加するだと!! こいつ 気でも振れたのか?」
あり得ないものを見たかのように動揺する兼弘。

鴨院の出入口である四つ足門(よつあしもん)を出る武正。
※四つ足門について用語説明を参照。

字幕「平安京 二条大路」
兼弘独白「右少将(成通)どのの屋敷で何があったというのだ?」
鴨院を出た武正は二条大路を東に向かって歩いていく。
大路を萎烏帽子に直垂姿の庶民や牛飼童に惹かれた牛車が行きかう。
大路は数日前から降り続いていた雨で地面がでこぼこ。
大路のあちこちで萎烏帽子に直垂姿の使役労働者が木製のシャベルで乾いた砂を穴に入れている。
築地の角に隠れながら、注意深く武正の様子を伺う兼弘。
※二条大路が競馬のレース会場であることを読者に暗示。
※二条大路について用語説明を参照。

(時間経過)

26―27ページ


字幕「平安京 二条大路末 鴨川」
擬音「ザァ」
二条大路末から東側の鴨川を見た風景。
川をはさんだ東側の白河には白河法皇が建立した法勝寺(ほっしょうじ)の八角九重塔がそびえ立っている。
鴨川の水は先日の雨で増水し水かさが多い上に流れがはやい。
※法勝寺について用語説明を参照。

武正「~~~~」
鴨川の流れを指さして、萎烏帽子に直垂姿の防鴨河使(ぼうかし)配下の使役労働者と何事かを会話する武正。
※ややフカンの構図で描く。
※防鴨河使について用語説明を参照。

右手で後頭部をかきながら、労働者たちと笑顔で談笑する武正。

労働者たちに混ざって鴨河の岸に石を積む武正。

兼弘独白「こやつ…いったい何を考えているのだ!!」
遠くから武正の様子を観察している兼弘の顔のアップ。
苦虫をかみつぶしたような苛立ちげな表情をしている。


兼弘から遠く離れて壺装束(つぼしょうぞく)に市女笠(いちめがさ)を被った女(7~10ページに登場した雑仕女A)が武正たちを見守っている。
※壺装束と市女笠について用語説明を参照。

(時間経過・場面転換)

陽が西に傾いた夕方。
東寺五重塔を東から西に向かって見た景色。

大路を屋敷に向かって歩く武正。
顔や狩衣のあちこちが泥で汚れている。

擬音「!」
雑仕女Aの声「もし…もし…」
壺装束に市女笠を被った雑仕女Aが武正の目の前に現れて声をかける。
突然女性に呼び止められて驚いた顔の武正。
※雑仕女Aの背後から武正を見た視点で描く。

武正の声「そなたは…」
武正の前に立つ雑仕女A。
※武正から雑仕女Aを見た視点で描く。

28―29ページ


雑仕女A「関白殿下にお仕えする…"はとふく秋"にございます」
澄んだ瞳で武正を見つめている雑仕女Aの上半身のアップ。

武正「おおっ…あの時の…!」
7ページ3コマ目のイラストに武正のセリフを被せる。

擬音「ザッ」
雑仕女A「ご子息の病のこと…競馬に乗尻として挑まれること…人づてにお聞きいたしました…」
真剣なまなざしで武正の前に立つ雑仕女A。
※武正の背後から雑仕女Aを見た視点で描く。

擬音「ギュツ」
雑仕女Aの声「若君の看病は私が… どうかご存分にお働きくださいませ…」
武正の右手を取り、優しく握る雑仕女Aの両手のアップ。

擬音「サッ」
武正の声「かたじけない…」
雑仕女Aの両手の上に優しく重ねた武正の左手のアップ。

お互い視線を重ねて見つめ合う武正と雑仕女A。
日没の前の光が2人のシルエットに陰影をつくりだしている。
※2人の表情がわかるように横顔を描く。

(場面暗転・時間経過・場面転換)


擬音「ワイワイ」
擬音「ガヤガヤ」
字幕「数日後 平安京 二条大路 朱雀門(すざくもん)前」
二条大路と朱雀大路(すざくおおじ)が交差する大内裏(だいだいり)正門の朱雀門前。
十列の競馬に出場する競馬装束姿の乗尻10人が馬に乗って状態でたむろしている。
大路の両脇には、埒(らち)という黒木の籬(ませ)の柵が設置されている。
柵と築地の間の空間には、大勢の老若男女の民衆や牛車に乗車したまま観戦する貴族たちの姿が見られる。
※朱雀門・朱雀大路・大内裏・埒・籬について用語説明を参照。

擬音「ガヤガヤ」
庶民A「二条大路を東に 鴨川を渡河して白河の法勝寺まで馬を走らせるというぞ…」
庶民B「朱雀門(ここ)から南の羅城門(らじょうもん)まで行くくらいじゃねえか…」
庶民2人が顔を見合わせながら、十列競馬の起点と終点、距離について話をしている。
※羅城門について用語説明を参照。

擬音「!」
庶民C「いや…鴨川はこの前の大雨で流れがはやく…水嵩(みずかさ)が増えたままだ」
庶民C「一度南にくだって…四条にある"鴨川橋"(かもがわはし)を渡るしかあるまい…」
庶民Cに顔を向ける庶民AとB。
2人よりも年配の庶民Cが訳知り顔で、十列競馬のポイントとなる鴨川の水の流れについて話をしている。
※鴨川橋について用語説明を参照。

平安京を上空から平面に見た地図。
※起点の朱雀門から終点の法勝寺までの経路が一本の線で描かれている。

30―31ページ


擬音「キャア」
庶民女性たち「きゃあ~! 兼弘さま~! 国重さま~!」
3人の若い庶民女性が頬を染めて競馬の乗尻たちに歓声をあげている。

やや迷惑そうな顔で視線をはずす馬上の兼弘。
兼弘の隣にいる乗尻の佐伯国重(さえきのくにしげ)は、馬上から右手をかかげて笑顔で声援に応えている。
国重は、口髭を蓄えた40そこそこの顔立ちの整った男。

字幕「左近府生(さこんのふしょう) 佐伯 国重(さえきのくにしげ) 関白 藤原忠実(ふじわらのただざね)の随身(ずいじん)」
国重「兼弘どの…せっかくの応援…そう邪険にするものでない」
年上で世知に長けた国重が、応援に恥ずかしがる兼弘を笑顔で軽くたしなめている。
※兼弘と国重を対比させて国重が落ちついた人物であることを読者に提示する。

擬音「チラッ」
国重「それにしても…武正どのまで十列(とおつか)に参加されるとは…」
背後を一瞥する国重。
右手で手綱と馬のタテガミをつかんだ武正が馬の右側から舌長鐙(したながあぶみ)に右足をかけている。
※舌長鐙及び馬の装身具について用語説明を参照。

擬音「ドンドンドン!」
国重「どういう風の吹き回しなのかのう…はっはっは!」
疾走準備の太鼓の音が聞こえてくる。
楽しそうに笑う国重。
武正をあざけるようないやらしさがないカラッとした笑い。
舌長鐙に両足をつき無事乗馬に成功した武正は、馬上でブルブルと小刻みに震えている。


擬音「ズラッ!」
乗馬し左方と右方の競馬装束を着用した乗尻たちが交互に一列なって整列している。
※武正と兼弘は目立つ真ん中に配置する。

擬音「ドンドンドン…」
疾走前の緊張した表情の武正・兼弘・国重たち乗尻の顔のアップ。

擬音「ドンドンドン…」
教壇のような低い台の上で、太鼓を打つ束帯姿の弁(べん)。
太鼓を打つ弁の隣で台の上に胡坐(あぐら)をかき、束帯(そくたい)姿でスタートの合図となる鉦(かね)を打つ機会を待つ少納言(しょうなごん)。
2人の貴族はともに左手にバチを握っている。
※束帯・弁と少納言について用語説明を参照。

擬音「ジャ~ン!!」
スタートの合図となる鉦をバチで打つ少納言の左手のアップ。
※鉦とバチを打つ左手がきちんと見えるような構図で。

32―33ページ


擬音「ワァー!」
擬音「ダッ!」
鉦(かね)の合図で一斉に10人の乗尻たちを乗せた馬が走り出す。
柵の外では大勢の観客が歓声をあげている。
※見開きページの上部3分の1をぶち抜いた大ゴマで。

擬音「ドドドド」
庶民Bの声「先頭は佐伯国重さまじゃあ!」
右手に鞭を持ったまま、手綱を両手で握り前傾姿勢で馬にまたがって疾走する国重。

擬音「!」
庶民A「優勝候補の秦兼弘さまは最後尾で様子を伺うって…うん?」
庶民たちが乗尻たちの順位をアレコレ話し合っている。
その中で庶民Aは何かに気づき、乗尻たちが走り去ったスタート地点に顔を向ける。

擬音「ヒヒィーン!」
スタート地点で前脚を高く上げている馬にまたがっている武正。
手綱を両手で握って振り落とされないように必死な表情。

擬音「フウ」
庶民C「あれは…下毛野武正さまじゃな…」
庶民B「駄目だ こりゃ…」
未だスタートしていない武正を見てため息をつく庶民C。
ガックリと首をうなだれる庶民B。

(時間経過)


字幕「堀川」
二条大路と南北に交差する堀川小路の真ん中を流れる堀川。
荷物を運ぶ小船が行き来できるくらいの大きさ。
二条大路との交差点には、木製の橋がかかっている。
※橋は馬が3頭ギリギリ通過できるくらいの幅。
※二条大路西側から堀川にかかる橋を見た構図。
※堀川及び堀川小路について用語説明を参照。

擬音「ドドドドッ」
兼弘独白「堀川橋の幅は狭い…」
右手に持った鞭で馬の尻を叩き、加速する兼弘の馬。

擬音「ヒヒィーン」
乗尻A「!」
乗尻B「うわっ!」
横1列になって二条大路を疾走してきた数名の乗尻たちが堀川橋の前で手綱を引き、馬を急停止する。

擬音「ドドドド…」
兼弘独白「ここで追いつける!」
堀川橋を馬に乗って駆け抜けていく後続の兼弘。

(時間経過)

34―35ページ


字幕「二条大路末 鴨川西岸」
解説「12世紀初頭 二条大路には橋がかかっていなかった」
二条大路末から鴨川西岸にかけて何もない岸辺が広がっている。
鴨川をはさんだ東岸の白河には、築地塀に囲まれた法勝寺をはじめとした寺院や、白河北殿・南殿といった院御所が立ち並んでいる。
その中で、法勝寺の八角九重塔が一際威容を放っている。
※二条大路西側から東岸の白河を見た構図で。
※院御所・白河北殿・南殿について用語説明を参照。

擬音「ドドドドドッ」
国重独白「この水の多さでは…やはり渡れぬか…」
先頭を走ってくる国重、国重の乗馬は大粒の汗を流しており、疲れが見え始めている。

擬音「ヒヒィーン」
二条大路末を南に折れ、交差する東京極大路(ひがしきょうごくおおじ)を川岸に沿うように南下する国重以下数人の乗尻たち。
※鴨川に沿って南下する国重たちの様子がわかるよう、東京極大路南側から描く。
※東京極大路について用語説明を参照。

擬音「フフフ」
兼弘独白「やはり…南に進むか」
不敵な笑みを浮かべて余裕の表情の兼弘。

擬音「ドドドド」
兼弘独白「国重どのも疲れが見えてきている…四条の鴨川橋で一気に…」
東京極大路を川岸に沿って南下する兼弘。


擬音「オオ~!!」
擬音「!」
兼弘の背後から見物人たちの歓声があがる。
兼弘、チラリと背後を振り返ろうとうする。

擬音「ザワザワ」
庶民の声「下毛野武正さまじゃあ! 川を…馬で鴨川を渡っていなさるぞぉ~」
西岸から鴨川の中に馬に乗って突き進んでいく武正。
馬に乗る武正の膝頭あたりまで水に浸かっている。

擬音「ヒヒィーン」
兼弘「なんだと!?」
手綱を引いて馬を急停止させる兼弘。

兼弘「まさか…あの時 石を積んでいたのはこの日のためだったのか!」
驚いた表情の兼弘。
26ページ4コマ目のイラストに兼弘のセリフと表情を被せる。

兼弘独白「おのれ~!」
武正に後れを取った屈辱に美しい顔を歪ませながら、手綱をうち、馬を走らせる兼弘。

36―37ページ


擬音「ザブーン」
兼弘も馬を鴨川に躍らせる。

擬音「オオッ!」
庶民の声「兼弘さまも川をお渡りになるぞ!」
鴨川の東岸から川を行く兼弘に歓声をあげる見物人の庶民たち。

馬に乗って必死な表情で川を渡っている武正。
その後ろを兼弘の乗った馬が必死に追いかけている。

労働者たち「武正のダンナ~!」
使役労働者たちが拳を握って西岸から声援をおくる。
※26ページ2行目に登場する鴨川修復の労働者たち。

(画面暗転・時間経過)

字幕「鴨川東岸 白河」
擬音「ワァァァァ!」
大路の左右には柵が設けられており、築地との間には大勢の見物客。
奥にはゴールとなる法勝寺と八角九重塔がそびえたっている。
鴨川東岸から法勝寺まで真っすぐのびた大路を見た構図で。


擬音「ハッハッ…」
息を切らせている馬の手綱を両手で握って懸命に走らせている武正。
武正の膝のあたりから下は馬も武正もびしょ濡れ。

武正独白「もう少しだ…こらえてくれ!」
汗だくになり無我夢中で馬を走らせている武正の上半身のアップ。

擬音「ドドドドド」
大路を走る馬の足元のアップ。
※武正を追う兼弘、あるいは武正自身どちらともとれるように。

武正独白「いける!」
勝利を確信し、今まで競馬で勝てなかった葛藤を吹っ切ってフッと表情が緩む武正。

擬音「グイッ!」
武正の首の後ろの襟(えり)に兼弘の右手がかかる。

兼弘に引っ張られてのけぞる笑顔の武正の顔のアップ。

38―39ページ


右手をのばして武正を馬上から引っ張る兼弘。
引っ張られた武正は後ろにのけぞったまま馬から落ちそうになる。
武正の両手から手綱は離れてしまっている。
※ゴール前の一瞬を切り取ったようなイメージ。

擬音「ドサッ」
背中から地面に落ちる武正。

解説「現代と違い 古式競馬において 相手への妨害行為も勝負の駆け引きとして認められていた」
庶民たち「ワハハハハ!」
ゴール直前で転げ落ちた武正の姿に大笑いする見物客たち。
腹を抱えて大笑いするもの、袖で口元を隠して笑うものなどさまざま。

大の字になって大路の真ん中に横たわっている武正。
負けたにも関わらずどこか晴れやかな表情をしている。

擬音「ワァァァ」
擬音「ジャ~ン!!」
念人(ねんじん/審判のこと)の声「勝(かち) 秦兼弘どの!!」
晴れやかな青空を見上げる武正。
兼弘の勝ちを告げる念人の声と鉦の音、見物客の歓声が響き渡る。


擬音「ザッ」
雑仕女A「武正さま!」
武正嫡男「父上!」
柵の間の通路に雑仕女Aと病気が治った武正嫡男が立っている。
2人の背後には、立烏帽子に狩衣姿の成通と範綱が立っている。

擬音「バッ」
地面に横たわったままの武正の胸に飛び込む雑仕女Aと嫡男。

擬音「!」
範綱「武正どの…」
身体を起こした武正が近づいてきた範綱と成通に顔を向ける。
笑顔の範綱と成通。

擬音「ハハハハハ」
成通「貴殿の"勝利"…たしかに見せてもらいましたぞ!!」
晴れ晴れとした笑顔の成通。
競馬の勝負では負けたが、子供の病気は平癒した上に武正の胸の中に大切な2人がいる。
成通は本当の勝者が兼弘でなく武正であったと言いたいのだ。

兼弘独白「おれは…おれは…"本当"に勝ったのか!?」
馬上から武正たちの様子を見守る兼弘の顔のアップ。
どこか納得いかないような浮かない表情。

40ページ


字幕「それからのち…武正は忠実の嫡男 忠通の随身(ずいじん)になり 終生摂関家に仕えた」
雑仕女Aと武正嫡男の肩を抱き、誇らしげな表情で立つ武正。

擬音「フッ」
字幕「兼弘は 院随身へと転じ 後年に至るまで競馬不敗の名人であり続けた…」
兼弘独白「いや…"本当"に勝ったのは…」
目を閉じ口元に笑みを浮かべる兼弘。
※武正どのあなたには負けたよ…という気持ち。

字幕「なお 現在に至るまで 武正が競馬で"勝利"した記録は発見されていない…」
武正「うわっ!」
競馬装束の武正が前脚を高くかかげた馬から落馬しそうになる。

おしまい


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