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調査報告書『「表現の現場」ハラスメント白書2021』公開について

ネット上でざっと内容を確認した段階で「これは画期的な調査だ」と思った。

2021年3月24日に「表現の現場調査団」によって公開された調査報告書『「表現の現場」ハラスメント白書2021』のことだ。

この調査報告書は2020年12月から2021年1月にかけて「表現の自由調査団」によっておこなわれたハラスメントに関するアンケート調査をもとに作成されたもので、アート、演劇、映像、写真、音楽、文芸、報道、研究、マンガ、ゲーム、デザインといったいわゆる文化、芸術、表現の領域において仕事をする、性別年齢を問わない1449名の対象者からの回答に基づいて書かれている。

もともと第二次世界大戦後の日本社会における文化、芸術領域、特に芸術、文学、ジャーナリズムは社会的な問題に対する批判的な表現、ステートメントの発信源であり、大衆的なレベルで潜在的に存在する不満、不安を共有、共感可能なかたちで顕在化する機能をある程度担ってきた。

ところが、2000年代のインターネット環境の整備、普及以降、個人レベルでの情報発信が容易になったことで、出版、報道、放送といったメディアの制度、インフラレベルで担保されてきたいわゆる「マスコミ」の社会批判機能の正当性がネットを中心に強く疑われるようになってきている。

当初それは捏造報道への批判や既存メディアによる情報の囲い込み、寡占といった社会に対する「第三の権力」としてのマスメディア全体に対するシステムレベルの不満、批判が中心だったが、私見では、ここ10年ほどのあいだに、より個人的なレベルの不平等、不公正といった問題が明るみに出される頻度が増加し、文化、芸術系の業界、社会(表現の現場)そのものの後進性、問題点へと、この問題系そのものの焦点が遷移してきているように思われる。

そのもっとも明確な徴候が本報告書が主題とするパワーハラスメント、セクシャルハラスメントに代表される各種ハラスメント被害の顕在化である。

そもそもいまだに徒弟制的なシステムを色濃く残す芸術分野の創作者や、個人レベルでの人間関係に強く依存するかたちで業務や案件が成立している出版業界などの「表現の現場」は、これまでもコンプライアンス感覚やモラルの面で進歩的だったわけではない。

むしろ閉鎖的なコミュニティのなかでの暗黙の了解によって、外的にブランドイメージをアピールする必要のある一般企業などより、よほど封建的な男女感覚、上下感覚が温存されがちな風土がそこには存在すると考えたほうが妥当だろう。

にもかかわらず、日本国内の文化、芸術分野とその従事者が、そうした問題に対してより進歩的な感覚を持つことを期待され、私自身を含めた当事者もなんとなくそうであるように振る舞ってきたのは、じつはまったく根拠のない思い込みによるものではないのか。

たとえば私はフリーランスのライターとして活動してきた50代のヘテロセクシャルの男性であり、実例として挙げられているパワーハラスメントのいくつかは被害者として類似の経験を持ついっぽう、自分がここに挙げられたパワハラ、セクハラに類することをまったくやってこなかったと断言することもできない。

無論、美術や舞台、演奏芸術、アカデミズムなど帰属する分野(現場)、性別、立場などにより直面する可能性のある問題は異なるが、私たちは共通してまず「表現」とモラルの問題を切り離し、自分たちが置かれている環境の後進性を直視すべきではないのか。

本報告書の冒頭で荻上チキも指摘するように、「表現」するということの特殊性が日常的にハラスメントの正当化に利用されているような環境は、つくられた作品の評価と無関係に不健康なものである。

そうした問題点を浮き彫りにすることで、ハラスメント防止のための視座を提示し、フリーランスの法、制度的な保護の必要性という対症療法まで提言している本報告書は「表現」にまつわるすべてのひとがいま読むべき文書だと思う。

今後の調査活動も含め、注目し、できるだけ支援していきたい。

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