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ほぼ漫画業界コラム77【売れる新人漫画家とは?】

これねー、意味としては漫画編集者の視点で“売れる”って意味ですかね。それって“売りたくなる新人漫画家”ってことだと思います。それは編集者が「この人を世に出したい、成功させたい」と思わせる新人ということです。逆にどんなに才能があろうが、関わりたくないなぁ、担当したくないなぁとなれば、少なくとも僕はその作家を売ることはできません。それは相性だし人それぞれでしょう。

では僕の場合の話をしましょう。どのような作家と出会った時に僕は担当したくなったのか。これまでのコラムにもバラバラには書いてきましたが、まず【世界観】です。僕が見たこともない、感じたこともない世界観を感じさせてくれる作家さんは売りたくなります。世界観とはその作者が世界を、人間を、物事を、どのように観ているかという意味です。世界設定じゃないですよ。そこに痺れた時「担当してぇええ」となります。僕は漫画編集者になりたての時、当時15歳の中村光先生の投稿作を読みました。窯元で陶器を焼く老人の元に、謎の青年が弟子入りするというナンセンスギャグでした。多分、選外だったかギリギリの入賞でしたが担当に手を上げました。ちょっとしたセリフや、表情、背景一つにも見たこともないセンス=世界観を感じさせてくれたからです。『荒川アンダーザブリッジ』で売るまでに随分時間がかかりました。読切や読者投稿ページのキャライラストなんかの仕事を渡して根気よく育てました。なんとかショートギャグの連載を3巻分やりました。その後ヤングガンガンで荒川UTBを開始しましたが、連載中に、なんと中村先生はモーニングでも連載を始めました。定期的に開催していたサイン会に読者のフリをしたモーニング編集者が名刺の入った手紙を仕込んでいたのです。その方も中村先生の世界観に魅了されたのでしょう。当時はSNSもなかった時代です。作家の連絡先はトップシークレットでした。そしてなんとその後、モーニングツーで連載を開始した『聖☆お兄さん』が先に大ヒットしたのです。あれは悔しかったなぁ。その後『荒川アンダーザブリッジ』が売れたので良かったのですが、僕はすぐにスクエニを辞めて小学館に転職しそれっきりです。でも、中村先生のセンスが世に認められたことは自分の果たした大きな仕事であると思っています。当時、中村先生を売ることは自分に与えられた天命だと思っていました。初版部数が少なくとも、強引に営業部に頼み込み書店に乗り込んで無理やりサイン会をやり続けました。死んでも売る。そこまで思わさせてくれた作家だったからです。それがなければ『聖☆お兄さん』もなかったはず。

その後に出会った作家さんもそうです。売りたいと思わせてくれた作家さんはたくさんいました。その全員を直接売ってあげられたわけではありません。ただ仮に僕が担当の時は売れなくても、引き継いだ誰かが売ってくれても良いと思って担当してました。その世界観が広まること自体が人類への貢献だと思っているというか。

で、結局その世界観とかセンスってその人の人間力が生み出すものなんですよ。別に良いやつって意味じゃありませんよ。もちろん良いやつであり、善人の方が良いんですがね。ただ、その人間力に編集者が惚れてしまった時(恋愛的な惚れるとは似ているようで全く違う)、この人のセンスを世に出せねばならぬって使命感が漫画編集者に宿ると思うんですよ。それが漫画編集者だと思います。まあ、最近はSNSがあるんで編集者が売らなくても、作家さんは自身の力だけで世に出ることも可能ですから、古い世代の編集者の一つの考えとご理解ください。今日のコラムでした。


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